第3話 普通にセクハラしたかっただけだ
「えっと、まあゆっくりしていってよ」
「お邪魔します」
学校の案内を終えて、俺はさっそく皇の家に招かれていた。
目的は――女の子っぽい格好をするための協力だ。
「もっと女の子っぽい部屋だと思った?」
ふと、皇が苦笑ぎみに訊いてきた。
「じっと部屋を見てるからさ」
「ああ、悪い。不躾だったな」
部屋の間取りは、俺の部屋と大差ない。2つの窓に、黒のカーテンがかけられ、白の勉強机、黒い椅子、白黒のベッド、白いテーブル――モノトーンな部屋だ。
たしかに、女の子っぽい部屋ではないかもしれない。まあ、だいいち女の子っぽい部屋ってなんだという話なのだが。
皇は自分の部屋を改めて見回して、顎に手を当てる。
「男でいる時間が長いからかな。可愛いものよりも、シックで落ち着いた感じの方が好みなんだ」
「ふーん? まあ、別にいいんじゃないか? 部屋の好みなんて人それぞれだし」
そもそも、以前に窓からちょっとチラ見したしな。それを言うと、間接的に俺が皇の下着姿を見たことを掘り起こして、大変気まずくなるので言わないが。
「それにしても、同級生の女子の部屋に入ってしまった。緊張するな」
「やめてよ……ぼ、ボクだって同級生の男の子を部屋に入れたの初めてで緊張してるんだから。余計に緊張しちゃうじゃないか」
「なあ、タンスの中を見てもいいだろうか」
「ダメに決まってるよね!?」
「勘違いしないで欲しい。俺は決して、よこしまな気持ちで言っているわけじゃない」
「ほんとうに~?」
「嘘だ」
「潔い」
「下着類は女もので平気なんだろ?」
「まあ、そうだね……」
「なら、下着姿で過ごしてみるというところからリハビリをしてみるのもいいんじゃないだろうか」
「本音は?」
「俺が見たいだけ」
「お帰りはあちらでーす」
「冗談だ」
「言っていい冗談と悪い冗談があるって知らないの? だいいち、ボクと君はまだ会って間もないのに、そんな冗談言い合う仲じゃなくない?」
「今はラインを見定めている最中なんだ。お前がどこまでなら踏み込んでも許してくれるのか、というな」
「だったら、もっと慎重に進もうよ? 今の君は、地雷原の中を全力疾走してるようなものだよ?」
閑話休題。
「さて、そろそろお前の部屋に来た目的を果たすか」
「う、うん……そうだね……」
今、皇の手には1着のスカートがあった。あまり詳しくないが、大胆に足が晒されるミニ丈のフレアスカートだ。落ち着いたベージュ色で、高身長な皇がはけば、大人っぽい印象が出るだろう。
部屋の内装から見ても思うが、どうやら皇は全体的に落ち着いた感じが好きらしい。
皇は緊張した面持ちで、手にしたスカートをじっと眺めている。その額には汗を滲ませ、スカートを握る手に力が入っているのが分かる。
「いつまでスカートと睨めっこしてるんだ?」
「わ、分かってるよ。今、はくさ……」
「ひとまず、ズボンの上からはいてみよう」
「そ、そうだね。分かった」
皇は生唾を1度吞み込むと、意を決したかのようにスカートをはく。するすると、ゆっくりとスカートをはくさまは、どこか艶やかで目を奪われた。
そして、彼女がスカートを腰まではいた次の瞬間――。
「ゲロゲロゲロゲロゲロ」
「じーざす」
皇にぶっかけられた。
「きちゃない」
「あ、ご、ごめん! 手綱くん!」
皇がぶちまけたものを片付けた後、皇はとてもしょぼくれていた。
「ううう……ぐすんぐすん……やっぱり、ボクはもう一生スカートをはくことができないんだ…代わりに吐くのはゲロ……」
「誰がうまいことを言えと」
「ゲロはすっぱいよ」
「やめてくれ。思い出しゲロゲロしちゃうだろ」
「はあああぁぁぁぁああぁ……やっぱり、ダメかああぁぁぁあ」
「いつもあんな感じになるのか?」
「うん。フラッシュバックでね……」
「結構、辛いか?」
「そりゃあ辛いか、辛くないかで言われたら辛いよ」
「悪い。ちょっと、軽々しくはいてみればなんて言って」
「これはボクも望んでいることなんだ。それは気にしないでもいい」
「そうか」
「はああぁぁぁ……でも、協力してもらったところで、こればっかりはどうしようもないかもしれないね」
「いや、そんなことないはずだ。1人よりも、2人の方がいい知恵が出るかもしれないだろ?」
「それは、そうかもしれないけど。なにか考えが?」
「頭にかぶってみるのはどうだろうか」
「え……? スカートを?」
「イエス」
「頭にかぶるのかい?」
「イエス」
「……なんで?」
「はいてダメなら、かぶれいいじゃない」
「君って、突拍子もないこと思いつくね」
「褒めるなよ。照れるだろ?」
「褒めてないよ」
皇は文句を言いつつも、せっかくだからとスカートをかぶった。
「はい、これでどう?」
「おお、かぶれたな」
「そりゃそうだよ。ボクが吐いちゃうのは、女の子っぽい格好をしたらだからね……スカートかぶっても女の子っぽい格好になるわけじゃない」
「だから、吐かないわけか」
「そういうこと」
「なら、そこに突破口があるかもしれないな」
「え?」
「まあ、とりあえずスカートは一旦置こう。実は、もう1つ思いついたことがあってな」
「なに?」
「お前、下着は大丈夫なんだろ?」
「う、うん。そうだけど」
「なら、水着はどうだ?」
「んーーーー」
「なんだその疑わしい目は」
「それ手綱くんが見たいだけじゃない?」
「そうだけど」
「欲望に忠実すぎじゃない……?」
「だけど、行けそうじゃないか? 水着」
「……」
皇は少し悩んだ後、タンスからモノトーン調のビキニを引っ張り出した。
「これで……いけるかな……?」
「なんでそんなの持ってるんだ?」
「……い、いつか着てみたいと思って、買ってただけだよ。どうせ着られないと思って、タンスの奥にしまったままだったけど」
「そうか。なら、着替えてみてくれ」
「わ、分かった」
「……」
「……」
「ねえ、なんでいるの?」
「え? 着替えを見るためだけど?」
「だから欲望に忠実すぎじゃない?」
皇に部屋を追い出された。それから、待つこと数分。中から「た、手綱くん! 来て!」と呼びかけられたので、部屋に入ると――。
「おお」
「やったよ! 着れたよボク!」
そこには爆弾があった。着やせするタイプ――いや、サラシで潰していたのか。こんな爆弾をサラシで潰せるものなんだな。
「ふーむ……しかし、これはなかなか……」
「どこ見てるのかな」
「顔」
「胸を顔という人は滅びた方がいいと思うよ」
皇は言って、ため息を吐いた。
「あのね、手綱くん? ボクだからいいけど、そういうこと女の子に言ったら嫌われるよ?」
「それだ」
「え?」
「女の子はいやがるけど、お前はいやがらない。まあ、下ネタの好き嫌いは個人差があるが、お前は平気に見える」
「まあ、男子に混ざってると、そういう話になることが多いから慣れてるのかな?」
「そういうところも原因なんだろうな」
「どういうこと?」
「ようするに、お前は男でいる時間が長いから、思考までも男に寄りすぎてるんだ。だから、過去のトラウマだけじゃなくて、お前の心そのものがスカートを拒絶しているのかもしれない」
「……もしかして、わざとセクハラ紛いの発言を?」
「いや、それは普通にセクハラしたかったからだな」
「最低じゃん」
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