第31話 それじゃあ、君のせいにしようかな?
「それじゃあ、あたしこっちだから!」
「私はこっちです」
重縄と姫金は各々が帰路に立つ。俺と皇はそこで2人に別れを告げて、並んで夕暮れ時の空の下を歩く。
「……ありがとう、手綱くん」
「うん? なんだ? 藪から棒に」
「司ちゃんのことで、いろいろとボクの知らないところで動いていたんだろう?」
「……」
皇にはすべてお見通しみたいだ。
「感謝しろよな、苦労したんだから」
「はは、うん……感謝しているとも。本当にありがとう」
「まあ、これでお前も、ようやくストーカーから解放されたわけだな。よかったな」
「そうだね、嬉しいよ。だけど、ボクは別に、司ちゃんから解放されて、喜んでいるわけじゃないからね?」
「そうなのか?」
「ボクは司ちゃんを騙していることに、罪悪感を覚えていたんだ。だからかな……本当は突き放すべきなのに、できなかった。ボクは……どうもみんなに悪い人だと思われたくないみたいだ」
「悪く思われたいなんて思うのは、中学生までだろ」
「そういうのじゃなくてさ……」
土手道に差し掛かり、ふと皇は立ち止まって、沈んでいく夕陽に目を向ける。瞳は眩しそうに細められ、その横顔はどこか儚げに見えた。
俺も皇にならって立ち止まり、夕陽に目を向ける。そうして、俺も目を細めながら「まあ」と口を開く。
「皇の言いたいことは分かる。誰も彼も、汚れたいやつなんていない。みんな、綺麗なままでいたいはずだ。だから、お前は間違ってない」
「……でも、正しくもないよ」
皇はそう言って、夕陽に向けていた目を俺に向けた。その濡れた瞳に、はっきりと俺の姿を映し出し、それから一瞬の躊躇いの後、続けて口を開く。
「ボクは司ちゃんのために、やっぱり突き放すべきだったんだ。他でもないボク自身が。でも、君にすべて押し付けてしまった。なんだか、それが不甲斐なくて……ね」
「気にしすぎだろ」
「気にするよ」
「繊細なんだな」
「その通り。ボクは繊細なんだ」
暗に「君と違って」と言い含めている気がするのは、多分気のせいじゃない。皇も言うようになったもんだ。
「あのな、皇。お前がヘタレで、優柔不断なやつなのは今更だろ?」
「あの……手綱くん。事実なんだけどね? でも、できればそれは言わないでくれるかな? ボクのメンタルが死ぬ」
「だけど、お前のその優柔不断さは、お前の責任じゃない。拓海のせいだ」
「え?」
皇は俺の発言に首を傾げた。意味が分からなかったのだろう。
「皇は、自分を守って死んだ兄……拓海のフリをして生きてきた」
「う、うん……そうだね」
「それが原因で、お前は今スカートがはけない」
「それがどうかしたのかい?」
「お前はさ……無意識なんだろうけど、今もなお拓海の影を追ってるんだよ」
「え……?」
「優柔不断なところとか、誰にもでも優しいところとか……まるっきり俺の知っている皇拓海だ」
「……」
皇拓海という人物を一言で言い表すなら、物語の主人公だ。
一匹狼を気取って、みんなからいじめられることとなった俺を助けるようなお人好しだ。
当然、周りの女子たちからモテモテ。妹の顔がいいことから分かる通り、拓海も小学生の癖してとんでもないイケメンだったし。
彼との付き合いはたった1ヶ月ではあったが、その間もひっきりなしに女子から声をかけられては、「あははは……」と困った笑みを浮かべるだけだった。
まさに皇尊と同じなのである。
「皇がスカートをはけるようになるには、どうすればいいか……ずっと考えていた」
「そうなの……かい?」
「ああ、具体的には3日くらい」
「ん~長いような、短いような……」
「お風呂に入っている間だけ、いつも考えていた」
「それ時間の総合計は?」
「15分」
「君の入浴時間短くない!?」
「それでだ……俺はまるっきり拓海みたいなお前を見ていて思ったんだ。お前はスカートがはけないというよりも、皇尊に戻れなくなってるんだよ」
「それって……どういう……?」
「ようするに、皇拓海として生きすぎたんだ。お前は、拓海がしないことはできなんだよ」
「……!」
たとえば、皇拓海はスカートをはかない。だから、皇尊もスカートをはけない。
たとえば、皇拓海は悪い人にはなれない。だから、皇尊も悪い人にはなれない。
まあ、水着は着れたり、下着も女物でもいけるといった感じで、ところどころで穴はあるようだが。いや、その穴こそ最後に残された皇尊の部分なのかもしれない。
「フラッシュバックは、あくまでも結果だと……俺は思う。カウンセラーでもなんでもない素人の意見だけど、あながち間違ってないと思うぜ」
「……それは……そうだと思う。ボクも、今君に言われて腑に落ちたよ。頭では、こうするべきだとはっきり分かっているのに、ボクにはそれができない。その理由は……拓海兄さんなら、絶対にそんなことしないって無意識にボクが……拓海兄さんになろうとしているからなんだね」
皇にも心当たりがあったのか。
「まあ……だから、お前のせいじゃない。全部拓海が悪い」
「いや、それは暴論すぎじゃないかな?」
「暴論でもなんでもいいんだよ。全部自分のせいだと思って抱え込んでしまうよりも、責任転換した方が世の中生きやすいだろ。たとえば、俺の出来が悪いのは、親の遺伝子のせいだーとか」
「最低だなぁ……君は」
「褒め言葉だ」
「ぜんぜん褒めてないよ!?」
皇は勢いよくツッコミを入れた後、ため息を吐く。そして、少しスッキリした顔つきで再び歩き出した。
「それじゃあ、君のせいにしようかな?」
「……」
なるほど。責任転換する側は楽になるが、される側はとてもいやな気持ちになるな。また1つ勉強になった。
皇は苦虫を噛み潰したような俺の顔を見てけらけら笑う。それから、「そういえばさ」とわざわざもう1度歩みを止めて、俺の顔を窺いながら、探るような目つきで続ける。
「……君と姫金さんは」
「うん? 俺と姫金がどうしたって?」
「あ、や、やっぱりなんでもない!」
「そうか?」
「うん……あはは……」
その誤魔化し方も拓海っぽい。
本当は聞きたいことがあるんだろうが、大方聞くのが怖くなったのだろう。
俺と姫金のことで、はたしてなにを聞きたいのだろうか?
うーん……分からんから、別にいいか。
※
そんなこんなで翌日。
「んーーーー」
「じー」
登校中、ふと見上げたらカーブミラーに悪魔が映っていた。というか、重縄司だった。
「お前、暇なの?」
「暇ではありません」
「じゃあ、朝からなんだよ」
「朝の日課です」
「へーどんな?」
「ストーキングですが」
そんな日課、初めて聞いたなぁ……。
「手綱先輩が、そう仕向けたんじゃないですか。だから、手綱先輩の考え通り、先輩を恨んであげます。感謝してください」
「ひどい逆恨みだ」
「頭では分かってます。でも、心が手綱先輩絶許なので、仕方ないです」
「頭で分かってるなら、なんとか我慢して欲しいもんだぜ」
というわけで、重縄司が俺のストーカーになった。怖いぜ。
今朝からこんなことがありつつも、学校では久しぶりの平穏が訪れていた。
ここ最近は、重縄に俺の学校生活をひっかき回されていたからなぁ……。
ゆっくりとお昼ご飯を食べられるのが、こんなに幸せなことだったとは。幸せってのは、失ってから気づくもんだと、はっきり分かんだね。
プルルルルル。
「……」
平穏も束の間、スマホがバイブレーションした。画面を見ると、皇からの着信であった。
今度は、どんな面倒ごとなんだろう……。
これ出るのいやだなぁ……。
だいがい、なにかがひと段落した後には、また新しい厄介ごとが舞い込んでくるもんだ。
でも、これ出ないとダメだよなぁ……。
「……もしもし」
『手綱くん!? 助けて!』
「どうかしたか」
『トイレットペーパーがないんだよ!』
俺は電話を切った。
プルルルルル。
「もしもし」
『なんで切るのさ!? この一大事に!』
「一大事だぁ? トイレットペーパーがないだけだろ?」
『十分一大事だよ!?』
「分かった分かった。今、どういう状況だ?」
『そ、その……お花を摘みに、トイレに入ったら……紙がないのに気づいて……』
「で、俺にどうしろと」
『トイレットペーパーを持ってきて欲しいんだよ!』
「それ俺じゃなくても、トイレに入ってきた人に頼めばよくね?」
『君は忘れてるのかな!? ボクは男なんだよ!?』
「いや、女だろ」
『いや、そうだけど、そうじゃないじゃん!?』
「ふむ……そういえば、お前トイレどこ使ってるんだ?」
『え? それは、ほら……君が紹介してくれた西校舎3階の使われていないトイレだけど』
それで俺は思い出した。
皇、女子トイレ使ってるんだわ。
そりゃあ、他の人には頼れないはずだ。頼れば、皇尊の正体がバレてしまう。
そもそも、あそこはほとんど人も来ないしな。
「まあ、事情は分かった。でも、俺が女子トイレにトイレットペーパーを配達するのは、さすがに問題があるんじゃないか?」
『い、今は緊急事態だし!』
「……はぁ、分かったよ」
仕方ない。トイレットペーパーを配達してやるか。
俺は昼食もそこそこに、えっちらおっちら西校舎の3階まで移動して、周囲の安全を確認してから女子トイレへ突入する。
「ういーっす、ペーパーイーツでーす」
「は、はやく……! ボクはここだから!」
「またのご利用をよろしくお願いいたしまーす」
俺は空いている個室の上からトイレットペーパーを皇に渡し、女子トイレを後にする。
「え゛……な、なんで女子トイレから男が……!?」
「あ」
あ。
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