第30話 私、手綱先輩嫌いです!

「さて、目的も果たしたし、そろそろ帰るか」

「いやいや、まだ果たしてないから。ね? 重縄ちゃん?」


 姫金にそう問われた重縄は、小首をこてんと傾げた。


「はて、なんのことでしょう」

「え」

「もう今日は帰りましょうか」

「いやいや、なんのために今日いろいろセッティングしたと思ってるの? 告白のためでしょうーが」

「……やっぱり今度にしませんか」


 重縄がヘタレている。まあ、さすがに好きな人へ告白するわけだもんな。いくら重縄が激やばストーカー女だとしても、緊張しないわけがない。


「なにやら今、手綱先輩からとても失礼なレッテルを貼られた気がします」

「心の中で、激やばストーカー女ってレッテルを貼ってた」

「それならいいです」


 姫金が隣で「いいんだ!?」と驚いていたが――ともかく。

 件の重縄の想い人である皇は、現在トイレで離席中。俺たちは、皇を待って絶賛手持ち無沙汰な状態でいる。


 と、おもむろに姫金が俺の脇腹を肘で小突き、「ちょっと」と声をかけてきた。


「重縄ちゃん……だいぶ不安そうにしてる。なにか声をかけてあげたら?」

「それ、俺じゃなくてもよくね?」

「あたしは……なんというか……ここで重縄ちゃんを応援するのは、すごく複雑と言いますか……ね?」


 まあ、姫金も皇のことが好きなわけだしな。そりゃあ複雑か。

 俺はやれやれと肩を竦めて、不安げな表情を浮かべている重縄

に声をかける。


「どうした? お前らしくもない」

「……その……私は、皇先輩と付き合えるでしょうか?」

「え? 無理に決まってるだろ」


 言った瞬間、重縄が「えっ」とかたまり、背後で姫金「うわっ」と引いた声をあげる。俺は気にせずに「むしろ……」と続けた。


「なんでいけると思うんだ? 今までの積み重ねも特になく、ストーキングで迷惑をかけておいて、自分を好きになってくれる相手がいるとでも思ってるのか」

「え、え」


 姫金が「うわぁ……やっぱり生野くんだなぁ……間違いない。昔とぜんぜん変わってない」となにやらぶつぶつ呟いていたが、よく聞こえなかったのでスルーしておこう。


「俺たちも、そして皇も、お前が抱えている悩みを受け入れてはやったが。それで付き合うに足るかどうかは、また別の話だ。好きになってもらう努力もしてないのに、なんでそんな楽観的な考えができるんだ?」

「え、あ、え」


 動揺している重縄の横から、姫金が「あのー?」と見ていられなかったのか、割って入ってくる。


「手綱くん? これから告白しようって女の子に、さすがにひどくない? こういう時は普通、励ましてあげるもんじゃないかなぁ」

「知るか。潔く玉砕しろ」


 それがトドメになったみたいで、重縄が「……ぐすん」と半泣きになった。


「あ~手綱くんが年下の女の子泣かせた~。い~けないんだ~」

「どうせ振られて泣くんだ。後で泣くのも、今泣くのもたいして変わらないだろ」


 自分でもさすがにあんまりだなぁと思う発言に、重縄も「カッチーン」とこめかみをピクピク痙攣させる。


「私、手綱先輩嫌いです! ふんっ!」


 そんな捨て台詞を吐いて、重縄はのしのしと俺から離れて行ってしまった。さすがに申し訳なく――いや、思わないな。むしろ、ちょっとスッキリした。


 俺の隣で姫金は苦笑を浮かべており、しばらくして「優しいね」と聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。


「なにがだ」

「重縄ちゃんの性格だと、皇くんが振った場合、怒って皇くんになにするか分からないでしょ? だから、怒りの矛先を自分に向けるために、わざと怒らせるようなことを言った。そうでしょ?」

「俺が、皇のためにそんなことを考えたと?」

「それもあるだろうけど、重縄ちゃんのためでもあるんじゃない?」

「……」

「重縄ちゃん、自分が重いことを気にしてたでしょ? 自分の感情をコントロールできないから、たくさん悩んでた。頭では分かっていても、皇くんに振られたら、皇くんになにかしてしまうかもしれない。重縄ちゃんが、本当に不安に思っていたのは、そういうことじゃないかな。だから、その矛先を自分に向けられるように、わざとあんなことを言った。違う?」

「考えすぎだろ」

「そうかな? その証拠に、重縄ちゃんはすごく安心した顔してたよ?」

「お前は俺をいい人にでもしたいのか?」

「え? いや、ぜんぜん」


 俺は天井を仰いだ。

 違うんだ。


「仮にあたしの想像通りだったとしても、手綱くんのやり方は不器用すぎるっていうか。かっこつけすぎ? アニメとか見すぎなんじゃない?」

「ひどい言われようだ」

「でもまあ……あたしはそんなに嫌いじゃない……けどね?」

「そうかよ」


 それから間もなくして、皇がトイレから帰ってきた。俺と姫金は空気を読んで、「ちょっと今あれがあれであれだから」と適当な理由をつけて、自然な形で重縄と皇を2人きりにしてあげた。


 その後、乙伎原フォレストタウンから移り、場所はフォレストタウンのハズレになる小さな噴水公園。恋人たちの憩いの場としても知られており、告白をするにももってこいな場所だ。


「皇先輩……好きです……ずっと前から」


 そこで重縄は告白をした。俺と姫金は万一に備えて、茂みに隠れて2人を見守っていたのだが、隣で重縄の告白を聞いていた姫金がなぜか感極まっていた。意味分からん。


 そして、重縄の告白を聞いた皇の答えは当然――。


「ごめん。司ちゃんとは、付き合えない」

「……そう……ですか。あの、先輩」

「なにかな?」

「私、振られましたけど……皇先輩に憧れていて、尊敬しているのは変わらないです。だから、またこうして一緒にお話とか……してくれますか?」

「うん、もちろんだよ」

「あ、ありがとうございます!」


 こうして重縄司の恋の物語は幕を閉じた。

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