第29話 俺と重縄は、案外似てるのかもな

「迷った」


 さっきまで姫金と一緒にいたはずなのだが、はぐれてしまった。ついつい、艶めかしいマネキンを見ていたばっかりに。


「それにしても、どうしてマネキンってのは、ああも艶めかしいんだ」


 見ていると、妙にそそられる。さきほど、親と一緒にやってきていた小学生くらいの少年も、とても興味津々な目でマネキンを見ていたし……男ってのはシルエットさえよければ、あとはなんでもいいのかもしれない。


 これが男の性か。


 それはともかくとして、迷いの森エリアとはよく言ったものだ。姫金たちと合流するために、あちこち歩き回っているのだが、さっきから同じところをぐるぐる回っている。


 とても艶めかしいマネキンを目印に歩いているから間違いない。


「困ったなぁ……」


 そういえば、皇と姫金は連絡先を交換していたっけなぁ。思い出した俺は、さっそく連絡を取うとスマホをポケットから取り出す。だが、タイミングの悪いことに、スマホの充電が切れていた。


「どうしよう……本当に困った……おや?」


 ふと、視線を横へずらすと、そこには重縄がいた。

 俺には気づいていないようで、おばあさんと一緒に下りのエスカレーターに乗っている。


 ひとまず、ようやく1人合流できそうだと思って、俺もエスカレーターを使って下の階へ移動する。すると、エスカレーターを降りたすぐ横で、重縄とおばあさんが話していた。


「ありがとうねぇ……お若いのに、親切なのねぇ」

「今度からはエレベーターを使うことを勧めます」

「そうしようかしらねぇ……」

「それじゃあ、私はこの辺で」


 と、重縄が振り返って、俺と目が合った。


「あ、いたんですか。お前」

「さっきのおばあさんとは、えらい扱いに違いを感じるな」

「ご老人は今の世の中を作ってくれて先達です。敬うのは、当然ではありませんか?」

「意外だな。その敬いの一部でも、先輩に分けて欲しいもんだ」

「お断りです。どうして、手綱先輩を敬う必要があるんですか?」

「……」


 少しは心を開いてくれたと思っていたのだが、あくまでも俺は皇尊の友人Aといったところだろうか。


「まあ、まったく敬っていないわけではありませんが」


 重縄が吐き捨てるように言った言葉に、俺は苦笑した。

 とてもそうは思えないが、重縄がそう言うなら、そうなのだろう。


「で? 他の2人は?」

「はぐれてしまいました……ここはとても迷いやすいようで」

「商業施設として欠陥もいいところだよなぁ」

「そうでもないですよ。大型迷路みたいで楽しいと、子供から大人まで大人気だそうです」

「嘘だろ」

「恋人たちにも人気みたいですね。一度はぐれたカップルが、再び再会することで、これからもずっと一緒にいられるとかいうジンクスがあるとか。アホらしい」

「一度はぐれて、再会するとずっと一緒か……じゃあ、俺と重縄はこれからもずっと一緒ってことか?」

「は?」


 マジトーンが返ってきた。ただの冗談だったのに。


「カップルが、と言いましたよね?」

「はいはい、俺が悪かったよ……それで、お前は2人と連絡を取れないのか?」

「スマホの充電が切れてしまいました」

「重縄もか」

「手綱先輩もですか。使えないですね」

「お互い様なんだが? だいたい、なんでお前充電切れてるんだよ?」

「皇先輩をたくさん写真におさめるべく、カメラを常時起動していたら充電が切れました」

「相変わらずだなぁ……」

「そういう手綱先輩はどうしてですか」

「普通に充電し忘れてた」

「使えませんね」

「だから、それはお互い様だ」


 それから俺と重縄は、姫金と皇に合流するべく、迷いの森エリアを彷徨った。


「なあ、重縄。このまま黙って並んで歩くのも暇だし、世間話でもしないか」

「天気の話でもするつもりですか? 不毛ですね」

「今日は天気いいよなぁ」

「本当に不毛ですね……」

「じゃあ、お前がご老人に優しい理由とか」

「それを聞いて、なんになるんですか?」

「ただの好奇心。いつもトゲトゲしい重縄が、ご老人にだけは優しいんだ。なんか理由があるんだろ?」

「理由がなければ優しくしてはいけないんですか?」

「うん」

「そこで頷きます? 普通」

「俺は下心のない善意なんて信じない。善意の裏には、利己的な下心があるものなんだよ」

「……手綱先輩こそ、過去になにかあったんですか?」

「いや、漫画でそういう台詞があったから」

「薄い……手綱先輩はうっすいんですね」


 すごくひどいことを言われた気がする。

 重縄はため息を吐くと、「たいした話じゃありませんよ」と話し始める。


「ある日、円満だった家庭に、ヒビが入ったんです。原因は父の不倫。父は不倫がバレると、私や母を置いて夜逃げ。母はそんな父を追いかけるために、私を祖父母の家に預けてすぐ、いなくなりました」

「……」


 軽い世間話という空気ではなくなってしまった。


「周りからは両親に捨てられた可哀想な子と、同情されました。親戚の人たちには、父や母の悪口をよく聞かされたものです」

「お前は……そんな両親のこと、どう思ってるんだ?」

「好きですよ? 私は今も変わらず両親のことが好きです」

「……そうなのか?」

「父のせいで、こんなことにはなりました。けして立派な人ではありませんでしたが……それでも私は父が好きでした。それに、父を追いかけていった母も、私は好きです」

「そっか」

「母は常々言っていました。裏切ったら、絶対に父を刺し殺してやると。父もそんな母に、その時は刺し殺していいよと言ってました」

「ふーん……ん?」

「私はそんな2人のような関係が……すごく羨ましかったんです」

「んーーーー」


 なるほど。親と子は似るというが、これはひどい。


「私も皇先輩とそんな関係になりたいものです」


 皇! 逃げて!


「まあ、それから私は預けられた祖父母の家で、何不自由なく育てられました。祖父母の家は名家の家で、とても裕福だったんです」

「名家ねぇ」


 重縄は育ちがいいと思ったが、そういうことか。


「ちなみに祖父母も、父と母と同じ関係でした」

「そっちもかぁ~」

「だから、私はおばあちゃんも、おじいちゃんも大好きなんです。突然、預けられた私にいやな顔1つせず、大事に育ててくれた……私はいつか大きくなったら2人に恩返しがしたいと思っていました。でも……おじいちゃんは、私が小さい頃に亡くなって……」

「……そうなのか」

「私が道端のご老人たちに親切なのは、おじいちゃんに返せなかった分の恩を返したいから……なのかもしれません」

「恩返しか。俺と重縄は、案外似てるのかもな」

「え? 手綱先輩も私の父と母のような関係に憧れが?」

「そこではない」


 と、そのタイミングで「あ!」と姫金がこちらを指さして、小走りでやってきた。その後ろのは皇もいて、安堵の息を漏らしている。


 こうして俺たちは再び合流することに成功した。


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