第27話 乙伎原フォレストタウン

「ここが乙伎原フォレストタウンか……」


 複数の商業施設、レジャー施設まで兼ね備えた乙伎原随一のショッピングモール。ここに来たらだいたいなんでも揃ってるが売り。土日は買い物客で賑わっており、乙伎原で最もホットなスポットとなっている


 ただ1つ歩くには広すぎるという点を覗けば、大変素晴らしい場所だ。俺はあんまり来ないが。


「目的のアクセサリーショップは、迷いの森エリアにあるよ!」


 先頭はよくここへ来るらしい姫金で、その後ろに俺と皇、最後尾に重縄の布陣となっている。


「迷いの森エリアってなんだ」


 俺の素朴な質問に皇が口を開く。


「この広さだからね。フォレストタウンは、いくつかのエリアで区画分けされてるんだよ」

「ふーん?」

「アクセサリーとか、小物を置いたお店が多いのが迷いの森エリア。迷路みたいになってて、迷ってしまうからそう呼ばれてるらしいよ」

「それ、商業施設としては欠陥だろ」


 まあ、細かいところはどうでもいいが。


「ここは服が多いな」

「そういうエリアだからね。ここを抜けると迷いの森エリアなんだけど……」


 と、皇が足を止めた。後ろを歩いていた重縄は首を傾げつつも、皇を追い抜いていく。どうせなら、「どうかしました?」とか声をかければいいのに。その勇気はないらしい。

 ストーキングする熱を、少しでも勇気に分けてあげて欲しい。


「皇、どうかしたか?」

「え? ああ、別に……」


 どうやら皇はなにか目を奪われているようだ。皇の視線の先に、俺も目を向けると、そこには1着のワンピースがあった。白色でフリルのついた可愛らしいワンピースである。


「もしかして着てみたいのか?」

「別に……」


言いながら、皇はずっとチラチラとワンピースを見ていた。めちゃくちゃ来てみたいんだろうなぁ……。


「……俺が2人の気をそらすから、いまのうちに試着してこいよ」

「え?」

「着てみたいんだろ?」

「で、でも……ボク、絶対吐いちゃうだろうし……」

「着られなくても、服を自分の前に持って合わせるくらいはできるだろ」

「い、いや……今日はあくまでもアクセサリーを買いにきたわけだし!」

「だけど、本来の目的はお前に女の子っぽい格好をさせることだ。お前が着てみたいなら、着てもいい」

「ふ、2人にバレたら誤魔化せないし……」

「俺がなんとかするよ」

「……どうしてそこまで」

「言っただろ。協力するって。だから、お前はお前のやりたいことをやれ。サポートは任せろ」

「……手綱くん」

「いいからはやく行ってこい」

「う、うん! ちょっと行ってくる!」


 皇はそう言うと、嬉しそうな顔でワンピースを手に取り、試着室へと駆け込む。ちょうどそのタイミングで、「あれー? 皇くんは?」と姫金が重縄をつれて戻ってきた。


「ちょっと気になる服を見つけちゃったみたいでな。気になるなら試着してみろよって、俺が言ったんだ」

「あ、そうなんだ? それならそうと、声くらいかけてよねー? 重縄ちゃんが教えてくれなかったら、あたし1人ではぐれてたところなんだけど?」

「悪い悪い」

「それにしても、皇くんどんな服着てるんだろう……さっき着てた私服もよかったけど……」


 姫金は頭の中で、皇に似合う服でも妄想しているのか、「ふへへ」と恍惚な笑みを浮かべた。さらにそんな姫金に触発されてか、「皇先輩ならこういう服が……じゅるるっ」と重縄がヨダレを垂らしていた。


 やばい女が2人ほど誕生してしまった。


 と、ここで試着室から「げろげろげろ」という皇の苦しむ声が聞こえてきた。多分、合わせてたらトラウマが発症して吐いちゃったんだろうなぁ。


 試着室が大変なことになっていそうだ。なーんてことを考えていたら、姫金が「今の皇くん?」と心配そうな表情を浮かべた。


「中でなにかあったのかな? ちょっとようすを見に……」

「え? いや、ちょっ」


 それはまずい!

 今の皇の状態は分からないが、手にはワンピースを持っているのだ。それを見られるだけなら、皇の性別まで行きつくことはないだろう。しかし、無用な疑いをかけられる事態にはなる。


 それは阻止しなければ。


「待て待て待て」

「え、でも」

「もし、今あられもない姿だったら問題だろ?」

「あ、たしかに! ごめんごめん」


 姫金は納得したのか、それで止まってくれた。だが、その隣で「皇先輩のあられもない姿!」と目をキラキラさせて、試着室へ突入しようとするアホがいた。


 重縄である。俺は先へ進もうとする重縄の首根っこを掴んだ。


「待て」

「ちっ」

「え、今舌打ちした?」

「してません」

「……」


 こいつ、油断も隙もないやつだな。

 俺はため息交じりに、「皇のことは俺に任せろ」と2人に店の外で待っているよう言い聞かせた。


 2人とも――重縄は渋々だったが――大人しく店の外に出たのを確認した後、俺は試着室のカーテン越しに、皇へ声をかける。


「おい、大丈夫か?」

「うん……あらかじめポリ袋を用意しておいてよかったよ……」

「用意周到だな」


 試着室の掃除をしないで済んでよかった。


「で、どうだった?」

「うん……なかなかよかったよ。ありがとう、手綱くん」

「気にするな」


 そんなこんなで、ひと悶着あったがなんとか2人にバレずに済んだ。


「さっきは本当にありがとう、手綱くん」

「だから気にするなって」


 俺と皇が並んで歩いていると、ふいに背筋に悪寒が……!

 い、一体なんだ……?


 そう思った折に、「ああっと~!」と姫金が俺と皇の間に割って入ってきた。そして、そのまま俺の腕を掴むと、俺を皇から引き離す。


「お、おい……急にどうした?」

「しっ……! 今、重縄ちゃんがめちゃくちゃ手綱くんのこと睨んでる……!」

「え?」


 言われてちらりと重縄に目を向けると、恐ろしい形相で俺を見ていた。

 こわっ。


「一体どうして」

「手綱くんと皇くんが仲良くしてるからだよ」

「え?」

「自覚ないみたいだけど、2人ともすっごく仲良さげだったよ? それで、重縄ちゃんが嫉妬しちゃったんじゃないかな」

「……」


 言われてみればたしかに。皇を気に掛けるあまり、重縄へのケアを怠っていた。


「ありがとう、姫金。気づいて俺を助けにきてくれたんだな」

「ま、まあ……偽とはいえ、恋人だしね……? とにかく、重縄ちゃんにはバレないように、買い物中は皇くんの隣じゃなくて、できるだけあたしの隣にいること! いい?」

「ああ、悪いがそうさせてもらえると助かる」

「ん……」


 なにはともあれ助かった。


「……手綱くんと姫金さんの距離が……なんだか近いような……?」

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