俺はあくまで王子様の友人ポジションなんだが、いつのまにかハーレムできてた

青春詭弁

第1章 隣の王子様

第1話 男だと思ったら女だったお隣さん

「あ」


 というのは、はたしてどちらの声だっただろう。

 向かいの家の窓から見える”彼女”のものなのか、それとも……。


「あ、ああ……っ」


 みるみる赤くなっていく彼女の表情に合わせて、俺も少しずつ状況を理解していく。まるで世界の時間そのものが静止しているのかと錯覚するくらい、彼女は瞬き1つせず、俺を見ていた。


 肩口まで伸びる銀糸の髪がはらりと垂れて、彼女はサファイアが如き蒼の双眸をぱちくりとさせる。


 着替えの途中だったのだろう。まだボタンのとまっていないワイシャツから、雪のような白い肌が垣間見えていた。なにより目を引くのは、胸を覆うサラシに凹凸を作っている膨らみ――。


 さらに、下はズボンを履いてすらおらず、下着姿であった。それも、女性もののだ。見ようによっては、裸ワイシャツじみた装いだろうか。むき出しの足は、臀部から足の先にかけてまで、魅惑的な曲線を描いている。


 うん、これは完全に覗きである。


 どうしよう――と、そのタイミングで1階から「今日から学校でしょ~? そろそろ起きなさ~い」という母の声が聞こえてきた。俺はこの場から離れるきっかけを得たと思い、向かい側ですっかり固まっている”彼女に一言。


「失礼しましたー」


 俺はそこでカーテンを閉めた。


「はああぁあああぁぁぁ……」


 やってしまった。朝の新鮮な空気を取り込もうと、ただ窓を開けただけなのに。そうしたら、まさかお隣さんがお着換え中で、しかもばっちり目が合ってしまうとは。


 いや、よく考えたらカーテンを閉めていない、お隣さんに責任があるのでは? だが、見てしまったものは見てしまったわけだし……不可抗力ということで、ここは痛み分けにならないだろうか。


 そんな感じで俺が1人であれこれ考えていると、母がノックもせずに俺の自室へ入ってきた。


「ちょっとー? いい加減起きないと、遅刻するわよ~?」

「……ああ、分かったよ。今行く」


 母の言う通りだ。このままこうしていると、遅刻してしまう。


 カレンダーに目を向けると、そこには今日が登校日である旨が記されていた。それを見ると、2週間もあった春休みが、とうとう終わってしまったのだなという実感が湧いてくる。


「メンドクセー」


 正直、このまま学校を休んでしまおうという気になってきた。先ほどのことが気にかかって、学校どころではない。だが、そういうわけにもいかないだろう。


「ん、学校といえば……」


 俺は1つ思い出した。

 先ほど不可抗力で着替えを覗いてしまったお隣さんのことだ。


 つい先日、売りに出されていた二階建ての一軒家に、お隣さん一家が引っ越してきた。引っ越しの挨拶で顔合わせをしたが、なかなかに美形なご家族だった。


 優しそうなご両親と、1人息子。偶然にも、その1人息子は俺と同い年で、今年から俺が通う乙伎原(おとぎばら)高校の2年生として通うことになるとか。


 お隣さんで、同じ高校に通う同性で、しかも同い年。これはぜひ仲良くして、男同士の親睦を深めていきたいものだと思っていた。


 だが――。


「女だったよな……」


 1人息子の顔は、先日しっかり確認しているから間違いない。先ほど、俺が着替えを覗いた彼女こそ、先日の彼だった。

 一体どういうことなのだろうか。理由は不明だが、性別を偽っているということなのだろうか?


 なんにしても――。


「綺麗だったなぁ……」


 それからというもの、どうにも先ほどの光景が、脳裏に焼き付いて離れてくれない。

 そのせいで、朝飯を食っている間も、妙にぼーっとしてしまった。


「ちょっと、ご飯粒がぽろぽろ落ちてるわよ?」

「ああ、悪い」

「もう、ぼーっとしちゃって。今日から2年生なんだから、しゃきっとしなさいね?」

「分かってるって」


 そう母に返事をしながらも、やはり今朝のことを考えてしまう。

 引っ越しの挨拶の時には、たしか男だと自己紹介していたはずだが――彼女の体は紛れもなく女のものだった。


 中性的な顔立ちだし、男と言われれば男に見えるが……。こうして女だと1度でも認識してしまうと、もう女にしか見えない。思い出すのは、さきほど見たあの白い肌。


「……」

「食事中になにいやらしいこと考えてるの?」

「考えてるわけないだろ」

「顔がにやけてる」

「……」

「またぼーっとしてる……はあぁぁぁぁ……本当にこの子は、いっつもぬぼーっとしていて、お母さん心配だわぁ」


 そんな母の心配をよそに、俺は2週間ぶりに登校。2年にあがって新しいクラスで緊張――などということは、特になかった。というか、頭が今朝のことでいっぱいだった。


「よ~う、2年でも同じクラスだな! よろしくな!」

「……」

「そうそう、聞いたか? 今日、うちのクラスに転校生が来るんだってよ!」

「……」

「どんな美少女が来るんだろうなぁ!」

「……」

「あれ? おーい? ちょっとー? 聞こえてるかー?」

「聞こえてない」

「聞こえてるじゃん」


 冴島(さえじま)五郎(ごろう)。

 1年の頃に同じクラスで、一番が仲が良かった友達だ。


「どうした? なにかあったか?」

「……実は今朝な。俺は美少女の着替えを目撃してしまったんだ」

「なるほど、覗きか。警察に通報しておくわ」

「違う。待て、違うんだ。わざとじゃない。不可抗力なんだ」

「いやだとしても、なんか悔しいから通報するわ」

「やめてくれ」


 だが、俺は彼女に通報されても文句が言えないのも事実。


「謝った方がいいかな」

「状況次第じゃね? 相手に覗いていたことがバレてないなら、突然『覗いてすみませんでした!』なんて言ったら、軽くホラーだぜ?」

「いや、がっつり目が合った」

「じゃあ、謝った方がいいんじゃねぇか? 通報されるかもだけど」

「やはり、謝った方がいいか。その上で、警察に通報されるのなら、それも仕方ないか」

「へっ……お前との高校生活、楽しかったぜ」

「俺はそうでもなかったけどな」


 冴島が「友達やめちゃおっかなぁー」と怒りを露わにしていた折、先生が「席についてもらおうか」と教室に入ってきた。

 先ほどまで、喧騒を作っていたクラスメイトたちも、その余韻を残しつつ、各々与えられた席に戻っていく。すぐ隣の席に戻っていった。


 今年の担任は、若い女性の先生だった。すらりとした身長に、背中をくすぐる程度に伸びた艶やかな黒髪。メガネの奥からキリッとした切れ長の瞳が、教室にいる生徒全員を見つめている。


 そんな生真面目な印象を受ける顔立ちをしているが、口元のホクロが不釣り合いなほど艶めかしい。その上、胸元まで開けられたワイシャツからは、豊満な谷間が見える。


 1年の頃から、男子生徒から人気の先生――奥田(おくだ)響(ひびき)先生。


 教師として、そんな格好で生徒の前に出ていいのかと、1年の頃に生徒間で話題になっていたものだ。

 まあ、くたびれたスーツのジャケットや、皺のついたスラックスから見るに、あまり外見に気を遣うタイプじゃないのだろう。それにしては、美形すぎるが。


 ちなみに、俺は1年の頃も奥田先生が担任だった。その時に抱いた俺の先生に対する印象は、「喫煙が似合いそうなくたびれた大人の女性」だった。

 このことを直接本人に言ったら、「私は喫煙などしない」とえらく淡泊な返しをされた。


 これだけ見ると、なかなか冷たい先生に見えるが……。


「響ちゃん先生~!」

「ん……なにかね」


 女子の言った「響ちゃん先生」という愛称にかんして、特なにも言わない辺り案外優しい先生なのかもしれない。単に、面倒だからスルーしているだけというもある――ともかく。


「今日、うちのクラスに転校生来るって本当ですか!」

「ああ、その話なら事実だ。ホームルームの時間にでも、紹介をしようと思っていたのだがね。残念ながら、転校生はまだ来ていない」

「え?」

「まったく、転校初日に遅刻とは。なかなかワイルドな転校生らしい」


 先生の話を聞いて、再び教室がざわざわと喧騒に包まれる。


「転校初日に遅刻って、もしかして不良とかなのかなぁ?」

「さあな」

「お前もっと興味持とうぜ?」


 冴島を適当にスルーしつつ、俺は窓の外を眺める。

 正直、今は不良疑惑のある転校生なんかより、お隣さんのことで頭がいっぱいだ。


 あれ? そういえば、お隣さんも今日からうちに登校してくるって話じゃなかっただろうか。


「まさか」


ガラッ!


「お、遅れてすみません!」


 教室の扉を勢いよく開けて現れたのは――美しい銀髪をなびかせる男子生徒だった。そう、男子生徒である。


「っ……!」

「か、かっこいい……」


 彼の登場で、女子たちがいっきに色めき立った。それくらい、彼は美男であった。


「ごめんなさい先生……遅刻、してしまいました」

「一応、遅刻の理由を訊いておこうか」

「困っている女の子がいたので助けていたら、遅れてしまいました」

「なら、いいだろう」

「あ、いいんですね……」

「では、ちょうど転校生も来たことだし、自己紹介をしてもらおう」

「はい」


 彼は頷いて、チョークを手にする。黒板に、一画ずつ丁寧に線を引く。


「ボクの名前は、皇(すめらぎ)尊(みこと)です。ちょっと人見知りなところがありますが、仲良くしてくれたら嬉しいです」


 にこっ。

 アルカイックスマイルよろしく、イケメンスマイルにより教室の半分(女子)のハートが打ち抜かれた。


「それじゃあ、皇の席は……あの空いている席だ。座りたまえ」

「はい」


 そうして、彼は俺の隣の席までやってきて――気づいた。


「え゛っ……き、君は……」

「……よろしくな、皇尊。俺は手綱(たづな)白(しろ)だ」

「……っ」


 そう、なにを隠そう――皇尊は今朝、俺が着替えを覗いてしまったお隣さん、その人なのである。



 ホームルームが終わった直後。早速女子たちが、皇を取り囲んだ。


「皇くんどこから来たの!?」

「皇くん髪綺麗だね~染めてるの~?」

「皇くん連絡先交換しようよ!」

「ちょっと! 抜け駆け禁止でしょ!」


 集まる女子の群れ。その中心で、「あはは……」と困った笑みを浮かべている皇。俺はそれを隣の席から、「大変そうだなぁ」と内心で皇に同情した。

 それにしても、まさか同じクラスとはなぁー。


「おいおい、イケメンの転校生とかずっこいなぁ。羨ましぜぇ」


 言いながら、冴島は女子に囲まれている皇に、羨望と嫉妬が入り混じった視線を向けている。他の男子たちも、冴島と同様の視線を向けていた。

 まあ、たしかに皇はかっこいい。間違いなく並みの男よりも、イケメンだろう。


「……イケメンねぇ」

「ん? どうかしたかよ?」

「いんや、なんでも」


 ただ、あのイケメンが本当は女の子だと知ったら、みんなどんな反応をするのか気になっただけである。今度は女子の代わりに、男子たちが群がるのだろうか。


「あ、そうだ! 皇くんがよかったら、校内の案内してあげよっか? 今日は始業式とホームルームだけだし!」

「それいいね! 私が案内してあげるよ!」

「じゃあ、あたしも!」

「いやいや、そんなにいても仕方ないでしょ? ここは私が」

「そんなこと言って抜け駆けしようとしてるんでしょ!」


 なにやらお隣さんが盛り上がってきているな。皇を見ると、「落ち着いて落ち着いて」となだめようとしているが、そんなことで女の戦いが収まるわけがなかった。


「さっきからでしゃばりすぎじゃない? 私が先に言ったんだから、後出しは引っ込んでてよ!」

「はあ!? そういうあんたこそでしゃばりすぎでしょ!」


 徐々にヒートアップしていく恋の炎。傍観を決め込んでいた男子たちは、「喧嘩か喧嘩か!?」と外から煽る。俺はというと、中心でおろおろ困っている皇をぼけっと見ていた。


「あ」


 ふと、皇と目があった。その瞬間、皇は席を立って俺の側に歩み寄る。


「あ、あのさ? 手綱くん……だよね?」

「ん? なんだよ? お前、皇と知り合いだったのか?」


 冴島に尋ねられて、俺は頷く。


「実はボクと彼はお隣さんなんだ。こっちへ引っ越してきた時に、挨拶させてもらってね」

「そうだったのか? なんではやく言わなかったんだよ?」

「別に言う必要がなかったから言わなかっただけだ。で? どうかしたのか、皇?」

「君さえよかったらなんだけど、案内役頼まれてくれないかな?」

「……」


 言葉自体は控えめだったが、俺の目には「案内してくれるよね?」と圧力をかけてきているようにしか見えない。引き受けなかったら、なんだかえらい目に遭わされそうである。

 さきほどまで、皇を囲んでいた女子たちを見る。


「「……」」


 そちらからも、ものすごい圧力を感じる。引き受けたら、えらい目に遭わされる予感がする。うん、どうしよう。どちらを選んでも、なんだか詰んでいる気がするのだが。


「……はあ、分かった。引き受けるよ」

「ありがとう、手綱くん」


 そう言って、にっこりイケメンスマイルを浮かべる皇。それを見て、女子たちが「どきゅん」と胸を抑えて倒れた。

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