第25話 姉妹の本心②

 奏斗と紅葉はカフェから出たあと、桜花と合流すべく日暮家へやって来たのだが、奏斗は敷地内へと通じる門の前で立ち尽くしていた。


(GGじゃ背景のイラストとしか見てなかったけど、こうして実際に見ると……立派っ!!)


 門の前に“日暮”と書かれたその家は、外周を高い塀で囲われている。住宅街であるため敷地面積的にはそこまで大きくはないが、門の向こう側に建つ三階建てバルコニー付きの建造物を見てしまっては、立派としか言いようがなかった。

 時々住宅街を歩いていて、「この家デケェ! 家主何者!? 医者かっ!?」と思ってしまうまさにそれだった。住宅展示場と言われても違和感はない。


「そんなところに突っ立ってないで、入ってください」


「あ、あぁ……」


 奏斗は何となしに門を潜る際頭を低くしてしまった。別に奏斗の身長が高すぎるわけでもないし、門が低すぎるわけでもない。その雰囲気に負けて頭を下げさせられたといった感じだ。


「さ、どうぞ」


「お、お邪魔します……」


 紅葉が玄関の鍵を開けて中に入るので、奏斗もそれに続く。玄関を潜ると正面には真っ直ぐ廊下が続いており、その脇に二階へと上がる階段があるのがわかる。そして、奏斗と紅葉がやって来たことに気が付いたようで、桜花が廊下左手にある扉から出てきた。


「お帰り紅葉。後輩君もおいでやす」


「お邪魔します」


 奏斗は一言そう言ってから脱いだ靴を揃える。先程カフェでの会話を桜花に聞かれたこともあって、奏斗の隣では紅葉が自分の家だというのに非常に居たたまれない様子で立っている。そんな紅葉の心中を察しながら、奏斗は少し申し訳ない気持ちになりつつ、これも姉妹仲を取り戻すためだと改めて目の前のことに集中する。


「ほな、こっちで話そか」


 奏斗と紅葉は桜花に促されるまま、先程桜花が出てきた扉から入ってリビングに来る。そして、桜花がL字型ソファーの折れている部分に腰を下ろしたので、奏斗はその近くに紅葉が座るかと視線をやったが、紅葉が気まずそうにしていたので仕方なく奏斗が桜花の近くに座る。最後に紅葉が奏斗の隣に座った。形としては、奏斗を間に挟んで桜花と紅葉が座っている。


「……まずは、謝らして欲しい」


 そう口を開いた桜花が紅葉に向かって頭を下げる。


「あないな形で紅葉の気持ちを聞き出してしもうて……かんにんえ……」


「姉さん……」


「待ってくれ。勘違いしないで欲しいんだが、この方法を使おうって決めたのは俺だ。桜花先輩は乗り気じゃなかったんだけど、俺が無理言って承諾してもらったんだ。だから――」


「――わかってますよ。別にそのことはもうそんなに怒ってませんから」


 奏斗の弁明に、紅葉は少し呆れたような笑いを浮かべる。それを見た奏斗は桜花と顔を見合わせてホッと胸を撫で下ろした。


「それで、その……きちんと話してくれるんですよね。姉さん」


「……もちろん」


 紅葉が向ける視線を真っ直ぐに受け止めた桜花は、一呼吸の間を置いて気持ちを整える。そして、改めて口を開いた。


「実はウチ、人の心の声が聞こえるようになってもうたんや」


「……人の、心の声? ね、姉さん何言って――」


「――わかってる! 信じてもらえへんようなこと言うてるのんはわかかってるんや。そやけど、ほんまななんよ……」


 桜花は語った――――

 自分の意思にかかわらず問答無用で周囲の人の心の声が聞こえるようになってから、人の醜い部分や本来人前に出るはずのなかった裏の表情や感情の渦に晒され続けてきたこと。次第にそれは大きなストレスとなって、心の声を聞かずに済む時間を作るために定期的に一人になる必要があったことを。


「――そやから、ウチは別に素行不良になったわけと違うんよ」


 そんな桜花の事情説明を聞いた紅葉は、半信半疑と言う面持ちだった。こうして面と向かって話してくれているのだから、桜花の言うことは信じたい。しかし、人の心の声が聞こえるなんていう超常現象を安易に信じきることも出来ない。その二つの感情のせめぎ合いだ。


「ま、こんな話、実際見てみないと信じられないよな」


「「え?」」


 紅葉の表情を見た奏斗はそう言って立ち上がると、廊下に出る。そして、紅葉を手招きして呼ぶ。


「な、何ですか?」


 廊下に出た奏斗の傍までやって来た紅葉は、訝しげな表情を浮かべていた。そんな紅葉に、奏斗は自分の考えを話す。


「これから、桜花先輩が心の声を聞くことが出来るのかを証明する」


「自分の思ってることを当てさせるんですか?」


「その通り。けど、先輩の力は誰でもに作用するわけじゃない。なんでも、心の距離が近い相手……例えば実の妹であるお前とかには効かない」


「じゃ、じゃあどっちにしろ証明できないじゃないですかっ! 私が実際に体験しないと信じる根拠にはなりえませんよ……!」


「大丈夫。桜花先輩には俺の心の声を言い当ててもらう。んで、その台詞は今ここでお前が考えたものにする」


 そうすれば、事前に奏斗と桜花が口裏を合わせているわけじゃないことも確かめられるし、紅葉の考えた台詞を言い当てられたなら充分信じる根拠になる。

 紅葉は「な、なるほど……」と言って少し考えたあと、首を縦に振る。


「わかりました。じゃあ、ちょっと耳貸してください」


「ん」


 奏斗は少し前屈みになって頭の位置を下げる。紅葉はそんな奏斗にそっと耳打ちし――――



◇◆◇



「お待たせしました先輩」


「別に構わへんけど……一体何しとったん?」


「これから先輩には、俺が何を思ってるかを当ててもらいます」


 奏斗がそう言うと、桜花は二、三度瞬きをしたあと「なるほどなぁ」と言って口許を緩める。


「それでウチがほんまに心の声を聞くことが出来るんか確かめようっちゅうことか」


「ご明察」


「……ええで」


 奏斗と紅葉が再びソファーに腰を下ろしたタイミングで、桜花がそっと目蓋を閉じる。奏斗は先程紅葉から聞いた台詞を心の中で呟いた。


「……」

「……」

「……」


 十秒に満たない程度の沈黙がリビングに流れた。そして、ゆっくり目蓋を持ち上げた桜花が奏斗に視線を向けて確認する。


「後輩君。今のは、紅葉が決めた言葉なんやんな?」


「はい」


「……そうか」


 桜花はスッとソファーから立ち上がると、後を回ってから紅葉の前まで移動する。そして、腰を下ろす紅葉と視線を合わせるように床に膝を付いた。そして――――


「『ごめんなさい』はウチの方やで紅葉っ……!!」


「ね、姉さんっ!?」


 いっぱいの涙を瞳に貯えた桜花が勢いよく紅葉に抱き付く。突然のことに動揺を隠せない紅葉だが、桜花は構わず涙に濡れた声で続けた。


「ウチがきちんと紅葉に話しとったら、こんなんにはならへんかった! 心の声が聞こえるようになってしもうたなんて言うても信じてもらえへんって決めつけて、紅葉と向き合うことを諦めとったっ。昔から紅葉がウチのことを目標にして追い掛けてとったことは気付いとったのに……ウチは紅葉から逃げてしもうた! ほんまかんにんえぇ……!!」


「……ね、姉さんっ!」


 紅葉の目尻にもじわじわと涙が溜まっていき、やがて大きな雫となって頬を伝った。

 長いすれ違いの末、本音を明かし合ったことにより再び絆を取り戻した姉妹は、このあとしばらく涙を流しながら身体を寄せ合っていた。


 奏斗はこの場に自分がいては邪魔だと思い、二人を残して静かに帰路についていた。傾いた太陽が作る茜色の空の下で、奏斗はふぅと息を吐く。


(これで一件落着だな。けど、あくまで一件済んだだけ……桜花ルートの難所はここじゃない)


 奏斗は横断歩道の信号が赤になったので立ち止まった。そして、対面側で同じく信号を待っている数人のグループがいた。


「でさぁ、マジでウザい女がいてさぁ~? ちょっと可愛いからってマジ調子乗ってんのぉ」


 髪を金に染め上げたそんなギャルの言葉が、奏斗の耳にまで届く。着ている制服は姫野ヶ丘学園でリボンが黄色なので、桜花の同級生だ。しかし、奏斗が悟られないように意識を集中させるのはそのギャルではない。ギャルの話に耳を傾ける、グループのリーダー格らしき男子だ。


 背が高く筋肉質で、側頭部の髪は刈り上げられているのに対して、他の長く伸ばされた紫色の髪を後ろで一つ括りにしている。耳にはピアス。姫野ヶ丘学園のモノではない他校の制服を着崩して身に纏ったその男子の名は、郷田ごうだ健士郎けんしろう


「健士郎ぉ~。私絶えらんな~い!」


「ククク。お前はいちいち大袈裟なんだよ。が、まぁ……お前が嫉妬するぐらい美人なら、一目見てみてぇなぁ?」


「別に嫉妬じゃないし! 私の方が可愛いしぃ~」


 信号が青になり、そんな会話を繰り広げる健士郎のグループと奏斗がすれ違う。奏斗は尻目に健士郎の姿を捉えながら、無意識の内に殺気を滾らせていた。表情はどこまでも無機質だが、その瞳の奥には冷酷な光が揺れていた。


(郷田健士郎……お前はこの世界の、シナリオの害でしかない。俺の自己中心的で一方的な感情で申し訳ないが……お前には消えてもらうぞ)

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