第37話 オリエンテーリング①

 林間学習を行う山に到着した姫野ヶ丘学園高等部一年生の生徒らが、続々とバスから降りて、二泊する宿舎へ向かっていく。部屋はクラス男女別で四人から六人部屋まであり、各々自分の部屋に大きな荷物を置いてから、体育館に集合する。


 そこで、二泊三日の林間学習の具体的な予定と、この学習を通してこんなことを学びましょうだとか羽目を外して怪我をしないようにだとかいう風なよくある感じの長い話をされたあと、皆は一旦各自の部屋に戻ってからリュックサックに必要最低限の荷物を詰めて、班に分かれて森の入り口へ集められる。


 そして――――


「さっ、オリエンテーリングで一位取るわよっ!」


 腰に片手を当ててビシッと山道を指差しながらそう宣言するのは、燃えるような赤髪を邪魔にならないように一つ束ねにした茜である。負けず嫌いな性格ゆえかやけにやる気満々な茜に、一人の女子生徒が楽しげに笑った。


「にゃっはは~。張り切るのは良いけど、運動も勉強も出来る茜ちゃんのペースについて行ける人なんてそうそういないよ~」


 その女子生徒の名前は藤堂とうどう真紀まき。普段クラスで茜とよく話しているのを、奏斗や駿も見たことがある。奏斗、駿、茜、真紀の四人でこの班が構成されている。


 ふわふわとした桃色の髪はミディアムで、両側頭部でぴょんと外に撥ねているのがまるでケモミミのようにも見える。瞳は大きく目尻がやや吊り上がり気味で、爛々と輝く翠緑の虹彩が何事にも興味津々といった風な印象を与えてくる。そして何より、体操服の上からでもその膨らみがわかるほどに胸が大きい。明るい気質のせいか良く身体を動かすので、そのたわわな実りが連動するように揺れて、少々目のやり場に困ることもある。


 そんな真紀の言葉に、茜が肩を竦めながら視線を奏斗に向けた。


「さぁ、それはどうかしらね。少なくとも、色々と実力の底が見えないそこの怪しげな男子は、私のペースにもついてこられるんじゃないかしら? この前の中間テストでも、一位だったし?」


「お、お前……何か根に持ってないか……?」


 奏斗は半目を作って茜を見詰めるが、対する茜は「別に?」とそっぽを向いてしまう。


「ふぅむ……茜の話によく出てくる桐谷奏斗君だね~? 確かに、何やら秘めた力を感じる気がしなくもない……?」


「はぁ!? 別に私コイツの話なんかしてないからっ!?」


 何か後ろで顔を真っ赤にしながら文句を言っている茜をよそに、真紀は奏斗を隅々まで観察するように、やたら近い距離で奏斗の周りを回る。

 急に至近距離に来られたら誰でもびっくりする。また、それが異性ともなればなおさらで、奏斗は不覚にも心臓を跳ねさせながらたじろぐ。


「ちょ、藤堂……!?」


「む? 何かにゃ?」


(おいその語尾なんだ!? あとその八重歯と癖っ毛……あと、立派な胸……これだけの属性を持ちながらどうしてコイツがGGではヒロインに入ってなかったんだっ!?)


 もしヒロインとして登場していたならぜひ攻略したかった、と奏斗は一人勝手に落ち込む。そんな奏斗の様子に真紀が不思議がっていると、その首根っこを茜が後ろから掴んだ。


「にゃっ!?」


「真紀ったら距離近すぎ!」


「にゃっはは~、ゴメンって茜ぇ~。奪ったりしないから安心してよ~」


「だ、誰が誰から奪うのよ!? 変なこと言ってないでさっさと離れなさいっ!」


 茜が首を掴んだまま真紀を奏斗から引き離す。

 そうこうしていると、奏斗らの班を含む他いくつかの班が出発する地点の担当になっている教師が、無線で他の地点の教師らと時間を確認してから、メガホンで指示を出した。


「え~。それでは今からオリエンテーリングを開始するが、くれぐれも怪我のないようにすること。わかったか~?」


 待機する生徒らから了解の声がまばらに上がる。そして、腕時計へと一度視線を落とした教師が合図を出した。


「十秒前だ~。九、八、七、六……」


 オリエンテーリング開始のカウントダウンが始まり、茜が「一つ目の地点まで全力で行くわよ」と奏斗らに言う。そして――――


「三、二、一、スタート!」


 合図と共に駆け出す茜。

 普通オリエンテーリングというのはもう少し和気藹々とした雰囲気で、与えられた地図を頼りに森を散策し、いくつかの通過地点を経てゴールを目指すというものだ。

 しかし、茜は本気も本気、超本気だった。地点までの到達タイムや、その地点で出される課題でポイントが与えられ、最終的に班の順位が決定されるこのオリエンテーリングにおいて、どこの班にも負けないぞという意気込みだった。


「お、おい茜っ!?」


 流石は暗殺者。背負うリュックサックの重さと山道という足場の悪さを感じさせない見事な走りだった。奏斗と駿、真紀は、そんな茜を追うように慌てて走り出した――――



◇◆◇



 同じ頃、詩葉が所属する二組の女子生徒三人、男子生徒二人というメンバーで構成される班が出発地点から一番近い位置にある通過地点を目指して山道を登っていた。

 男子二人が地図を見て先導するその後ろで、バスでも隣の席だった女子ともう一人一緒にトランプをして遊んだ女子が、興味津々とばかりに目を輝かせて詩葉に詰め寄っていた。


「私調べだと、愛しのカナタ君は第一スタート地点から出発してるはず!」


「へ、へぇ……?」


 バスで隣の席だった女子の勢いに、詩葉が少し首を引っ込める。しかし、構わずもう一人もテンションを高くして言った。


「ということは、愛しのカナ君のスタート地点から一番近い通過地点に行ったら会えるんじゃない!?」


「ばーか。私達がそこに着いた頃にはもう愛しのカナ君は通り過ぎちゃってるよ~」


「あ、そっか」


「だから、愛しのカナ君が進んで行くであろうルートを逆算して先回りしなくちゃ。ということは……うん。ここだね! 男子ぃ~! この通過地点目指して~!」


 このオリエンテーリング中に詩葉が奏斗と合流できるよう、二人の女子があれやこれやと手を打っていく。こうして自分のために協力してくれるのは詩葉としても嬉しいのだが、それ以上に…………


「んもぅ! そのって呼ぶのやめてよぉ~!」


 夏の暑さに羞恥の熱が合わさって、詩葉は今にも倒れてしまいそうだった。

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