第二節:燃える青春キャンプファイヤー

第36話 林間学習開始ッ!!

「――なと。奏斗ってば! 起きないともうすぐ着くわよ!?」


「ん、うぅん……?」


 眠りについていた奏斗の意識が呼び覚まされる。不規則に身体が揺らされている上、初夏でもエアコンが効いており非常に心地よかったため、いつの間にか眠ってしまっていたのだ。

 そう、ここは車内――二泊三日の林間学習へ向かうバスの中だ。


「あれ……いつの間に眠って……?」


 奏斗が目蓋を持ち上げると、少し斜めに傾いた視界。そして、柔軟剤か香水かはわからないが、とにかく爽やかで良い香りが鼻腔を幸せにしてくる。加えて、頭が良い位置で支えられており、思わず二度寝してしまいそうな…………


「ちょっと……起きたならそろそろ頭退けて欲しいんだけど?」


「えっ、あ、茜!? いやすまん!」


 窓際の席――奏斗の左隣に座る茜の言葉に、奏斗はようやく自分が茜の右肩に頭を預けて眠ってしまっていることに気が付いた。慌てて頭を持ち上げ、きちんと座り直してから視線を向けると、茜は窓の外の景色を眺めたまま振り向かない。その赤い髪の隙間から覗く耳の先端が紅潮しているようにも見えるが、果たして光の加減なのか。


「どのくらい肩借りてた? 別に起こしてくれても良かったんだぞ?」


「べ、別に大した時間じゃないわよ。起こすのも申し訳ないと思ったから、そっとしておいてあげただけ。それだけだから!」


「そ、そっか……あ、ありがと」


 やっぱ怒らせたかなぁ……と奏斗は少し申し訳なさそうに眉を寄せながら頭を掻く。すると、バスの通路を挟んで右隣の席に座っていた駿がクスクスと笑いを溢した。


「良かったね、奏斗。ここに姫川さんがいなくて」


 もしいたらまたスイッチ入ってただろうから、と駿が苦笑いを浮かべるので、奏斗も「確かに」と肩を竦める。


 このバスは一組のバスで、詩葉はこのバスの後続を走る二組のバスに乗っている。恐らく今はクラスの友達と楽しく雑談でもしているだろう。


(ってか、そういえばこの学園は初夏に林間学習イベントがあったんだったなぁ……)


 もうあまりゲームのシナリオとこの世界を重ねるのを止めていたせいで、奏斗はすっかり失念してしまっていたが、この林間学習イベントは同級生ヒロインのルートにおいて重要な役割を持つイベントの一つだ。このイベントで大きく好感度を稼ぎ次のシナリオへと移行することも出来るし、反対に選択肢をミスすれば好感度はガタ落ち。一つのミスでバッドエンドなどと言う可能性も用意されている。


(まぁ、もうあんまり気にするつもりはないけど、誰かが不幸になるバッドエンドだけはごめんだな……)


 もう下手に何かを画策するつもりはない。一人の学生として、楽しく生きると決めた。だが、先にバッドエンドが待ち構えていると知ってて見過ごすことは出来ない。もしバッドエンドに向かいそうになっていたら、それを全力で阻止する。それが今の奏斗のスタンスだ。


(とは言うものの、もしかしたらもう俺のバッドエンドに向かってるのでは……? だって、最近詩葉とギクシャクしてるし……!)


 厳密にはギクシャクと言うより、互いに気恥ずかしくてどう接したらいいのかわからなくなっているだけなのだが、その原因はやはり奏斗が自分のことを詩葉に打ち明けたあの日の夜だ。

 奏斗は雰囲気に背中を押されて思わず詩葉にキスしそうになったし、詩葉は詩葉で涙を流す奏斗を優しく抱き締めたり、「カナ君のことなら何でも知りたい」などと受け取り方によっては告白とも聞き取れる台詞を口にしたりと、互いに冷静に考えてみるとなかなか恥ずかしいことをしていたと自覚したのだ。


 しかし、そんな日々もこの林間学校でおさらばだ――と、奏斗は心に誓った。


(二日目の夜、キャンプファイヤーのときに、俺は詩葉に告白する――ッ!!)



◇◆◇



 同じ頃、二組のバス内で――――


「で、詩葉ちゃんどうするのっ!?」


 詩葉は周りの席の女子達とトランプをして遊んでいたが、そろそろ目的地に到着するので片付けに入る。そんな中、普段から学園の教室でも仲良くしている女子生徒が、隣の席から視線を覗き込ませてきた。

 詩葉は瞳を瞬かせて不思議そうに聞き返す。


「え? どうするって……何を?」


「何をって――」

「――そりゃあもちろん愛しのカナ君とのことだよねぇ~!」


「……っ!?」


 一緒にトランプで遊んでいた他の女子が代わるように言い放つ。周りの席の女子達も興味津々なようで、まるで自分のことのように瞳をキラキラとさせながら詩葉に注目する。

 詩葉は顔をじわじわと赤らめていきながら細々と答える。


「も、もちろん今のままじゃ駄目だって思うし……そろそろ幼馴染卒業? したいなぁっては思うよ? で、でもタイミングが……」


「タイミングって言うなら、もう今回の林間学習が最高のタイミングじゃん!」


「え?」


 どういうこと? と詩葉が傾げた頭上に疑問符を浮かべるので、周りの女子が「知らないの!?」と興奮気味に説明する。


「林間学習二日目の夜の催しにキャンプファイヤーがあるでしょ? 」

「そうそう! そのキャンプファイヤーには噂があってね?」

「キャンプファイヤーを二人きりで一緒に眺めた男女は……」


 まるで皆で呼吸を合わせるかのように目配せしてタイミングを整えた女子達が、高らかに言う。


「「「将来永遠に結ばれるぅううう!」」」


「あ、あはは……ありきたりな噂ぁ~……」


 きゃあきゃあと騒ぎ立てる女子達に曖昧な笑みを浮かべながらも、詩葉は内心で焦っていた。


(でも、確かにあの夜以降カナ君とまともに目も合わせられない状態が続いてるし……そ、そろそろ覚悟決めないと、だよねっ!?)


 詩葉は自分を奮い立たせるようにギュッと両拳を握り、大きく頷く。


「わ、私決めたよ!」


 詩葉の続く言葉に、騒ぎ立てていた女子達の視線が集まる。また、密かに話を聞いていた車内の男子らも固唾を呑む。

 一呼吸の間を置いて、詩葉が宣言した。


「私っ、二日目の夜に……カナ君に告白するっ!」


「「「きゃぁぁあああああああッ!!」」」


 耳をつんざくほどにかしましく上がる黄色い歓声。その裏で、大半の男子がまだ始まってもいない恋に破れて呻き声を漏らしているが、女子達の声にかき消されて聞こえやしない。


「詩葉ちゃん頑張れ!」

「私応援してるからねぇ~!!」

「勇気出して!」

「気楽にいったらいいよ! もし駄目なら私が狙うだけだから!」

「絶対上手くいくよ~!」


「あれ? 今何か聞き捨てならないのが混ざってなかった? ねぇ?」


 詩葉が気になった台詞を口にした女子を見つける前に、バスは目的地に到着して停車した。


「ささ、降りよ~」

「林間学習たのしみぃ~」

「オリエンテーリングとかやるんでしょ?」

「あとご飯作るやつね!」

「私的には何より詩葉ちゃんの恋の行方が一番楽しみぃ……!」

「「「それは私も」」」


「ねぇ、ねぇってばぁ! ちょっと待ってよぉ~! さっきカナ君を狙うとか言ったの誰っ!?」


 詩葉の問いに答える者はおらず、皆続々とバスを降りて行った――――

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