第二節:月光に照らし出される秘密

第11話 満ちた月の下で①

 今日もこれと言って特に代わり映えのしない、ハッピーエンド計画にもほとんど進展のない普段通りな学園での一日だった。強いていつもと違う点を上げるとするならば、詩葉の体調が悪かったことだ。昨日辺りからその兆しはあったのだが、今日は一段と顔色が悪く、病気というわけでもないのに苦しそうにしていた。


 そんな今日の出来事を思い返していた奏斗は、自室の窓から外を見る。既に住宅街は闇に沈んでおり、点々と建物から零れ出る照明と、住宅街の道に等間隔で設置された街頭だけが唯一の明かりだ。否、今日に限ってはもう一つ明かりを振り撒くものがあったのだった。


(……満月、か)


 漆黒の天蓋に瞬く星々の煌めきを喰らうかのように、圧倒的な存在感で浮かぶ欠損のない月。前世の奏斗であれば、夜空を見上げて満月が見えたとしても、そういえば今日は満月だったかと思う程度だっただろう。しかし、このGGの世界に生きている今、毎月訪れるこの満月の夜は非常に重要だった。


 ピコン、と机の上に置いてあったスマホが通知を知らせる。奏斗がスマホを手に取り確認すると、案の定詩葉からだった。ついでに時間を確認すると十一時四十八分。もうすぐ日付が変わる。


『今、家出たよ』


 そんなメッセージを見るなり、奏斗はスマホをポケットに仕舞う。そして、手近なところに置いてあった薄手の上着を羽織って、既に就寝している両親を起こさないようにしてひっそりと家を出た。

 向かうは詩葉の家。といっても、道路を挟んだ向かいという超ご近所なので、家を出てから徒歩三秒だ。


「詩葉、大丈夫か?」


「えへへ……大丈、夫……」


 心配そうな奏斗の視線の先でそう答える詩葉は、そのまま寝間着として使っているようなルームワンピースの上から、薄手のカーディガンを羽織っただけの格好だ。そして、上手く身体に力が入れられずふらついているのは、決して寝る準備万端で睡魔が襲ってきているからでない。

 奏斗は詩葉の背中に腕を回し、自分の身体に詩葉をもたれ掛からせる。


「よし、まだ時間はあるな」


「いつも通り……公園、に……?」


「ああ。ここじゃ誰かに見られるかもしれないし、それに――」


 ――いざとなったときに対処できないからな、という言葉は、言わなくても詩葉も理解しているので、奏斗は飲み込むことにした。


「歩けるか?」


「うん……」


 奏斗は詩葉の体重をその身に預かりながら、詩葉の苦しくないペースで足を踏み出していく。目指すのは、二人の家からそう遠くない場所にある住宅街の公園だ。奏斗にとっては、小学四年生のとき、その公園の木に登っていた子猫を助けようとして木から落ち、前世の記憶が蘇ったという因縁のある場所でもある。


(けど、今回ばかりはそう簡単に辿り着けそうにないな……)


 奏斗がふと歩みを止める。自分に身体を預けるように立つ詩葉が不思議がっているのをよそに、そこにいる誰かに向けて言った。


「まさかターゲットがこんな時間に俺と一緒にいるだなんて思わなかっただろ?」


「か、カナ君……急にどうしたの……?」


 傍からは奏斗が急に一人で喋り始めたようにしか見えず、詩葉も戸惑いの色を浮かべる。しかし、奏斗の問い掛けが夜完全に闇に溶け込んだ頃、人影が一つ、先程二人が通り過ぎた十字路から現れる。


「よく私に気付いたわね――」


 そう言いながら、人影は街灯の明かりの下に足を踏み入れた。照らし出されるその正体。夜闇の中、街灯に照らされて本物の炎のように鮮烈な赤い髪は、後頭部の高い位置で束ねられており、紫炎色の瞳には怪しい光が灯っていた。いつもと纏う雰囲気が異なるが、紛うことなく綾瀬茜その人だった。


「――奏斗」


「まぁな」


 本当は茜の気配を察知できたわけではない。GGのシナリオであらかじめ茜が潜んでいることを知っていただけだ。しかし、今は理由がどうなどと気にしている場合ではなかった。奏斗は詩葉の腕を引き、自分の背に庇うようにして立つ。そして、茜を油断なく見据えながら対峙する。


「……奏斗、貴方一体何者?」


「何者、とは?」


「前から不思議だったのよね。どこか真意が読み取れない怪しさがある。前に奏斗のテストを盗み見させてもらったことがあるんだけど、これと言って特に代わり映えのしない平凡な点数だった」


「そりゃまぁ、平凡な人間だからな」


「違うわね。手を抜いてるからその点数なんでしょう? 問題の間違え方がおかしかったからすぐ気付いたわ。この問題を正解しているならそれを利用して簡単に解けるはずの問題を空白にしていたり――」


「――わからなかったから空白なんだろうな~」


「逆に捻りの利いた応用問題は綺麗に解けていたり――」


「――前日徹夜して勉強したところが運よくそのまま出たんだろうなぁ~」


「体育でも注目されるような動きはしていなかったけど、それも手を抜いているからよね? その証拠に、息が上がっているところも汗を垂らしているところも見たことないもの」


「運動音痴がバレたくなくて、あまり動かないようにしてるんだ」


「……そう。まぁ、どちらにせよ私のやることは変わらないわ」


 茜が奏斗の方へ――正確には、奏斗の背中に隠れる詩葉に向かって、一歩足を踏み出す。


「一度だけ忠告してあげる。何も見ず、聞かず、言わず……そこを退きなさい奏斗」


「断る」


 奏斗は詩葉を背に庇ったまま、警戒の色をありったけ出して一歩後退りながら断言する。そんな奏斗の返答に、茜は「そう、残念」と無機質な声色で反応すると、後腰のホルダーに納めていたサイレンサー付きのハンドガンを慣れた手付きで構え、銃口を奏斗に向ける。


「貴方となら、良い友達になれると思ってたんだけど――さようなら」


「――ッ!?」


 奏斗は大きく目を見開いた。


 そう。綾川茜……彼女は、詩葉を殺しに来た暗殺者なのだ――――

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