第10話 計画の方針変更!

(駄目だ……計画に一切の進展ナシ……)


 学園に入学してから早数日。詩葉ハッピーエンド計画を叶えるべく、奏斗は様々な手段を講じてきた。だが、それら全てがシナリオ通りにいかない。詩葉と駿を一緒に帰らせようとするも、詩葉は自然な流れで「カナ君帰ろ~」と奏斗の方に寄ってくるし、体育の授業中に軽く怪我をした駿を詩葉に保健室に連れて行かせるも、何のイベントも起こさず戻ってくる始末。


 GGの中で詩葉のシナリオは一番難しい。しかし、それはルートに入ってからの話だ。詩葉ルートに入るためのイベントや選択肢はきちんと用意されており、目立つ失敗をしなければルートに入ること自体はそう難しいことではない。だというのに、未だ詩葉と駿の関係性は進展せず、知人以上友達未満と言った程度。


(ここは確かにGGの世界のはずだ……シナリオ通りの出来事も何度か見てきたから間違いない。けど、なぜか詩葉がシナリオ通りに動かない……なぜだ!?)


 もうすぐ四時間目の授業が終わろうとしていることにも気付かず、奏斗は右手で巧みにシャーペンを高速回転させながら思考を巡らせていた。


(いや、今考えるべきはシナリオ通りに事が運ばない理由じゃない。どうやったら詩葉と駿がくっ付くかだ)


 キーンコーンカーンコーン――と四時間目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。教壇に立っていた教師も「じゃ、宿題は次の授業までな~」と言いながら教材をバインダーと一緒に抱えて教室から出て行く。他の生徒もガラガラと椅子を引いて、弁当を取り出したり一階の食堂へ向かったりし始める。

 そんな中で、奏斗はパタンと教科書を閉じると、一人静かに立ち上がった。


(今まではシナリオに影響を及ぼさないようにと思って控えていたが、仕方ない……俺が直接駿と接触して、詩葉と無理矢理にでもくっ付けてやるッ!)


 本来奏斗はGGのゲームシナリオでは登場することのなかったモブ以下の存在だ。そんな奏斗が主要キャラと関われば、一体シナリオにどのような影響や変化をもたらすかは想像もつかない。前世で培ったGGの知識を活用するためには、出来るだけこの世界でもシナリオ通りの展開を保っていてもらいたかったのだが、既にシナリオ通りとは言い切れない状況になっている。

 であれば、今後はシナリオとは異なるイレギュラーな展開で行き当たりばったりになるとしても、奏斗を介することで多少強引にでも詩葉と駿の距離を縮めた方が良い。


 奏斗は今まさに席を立つところだった駿の前に立ち、手に持っていた弁当を見せながら言う。


「なぁ、一緒にご飯食べないか?」


「別に良いけど、えっと……」


「桐谷奏斗だ。奏斗で良い」


「了解、奏斗。じゃあ僕のことも駿で良いよ」


 オッケー、と奏斗は気さくにサムズアップして見せる。そんなとき、奏斗は急に後ろから肩をポンと叩かれたので、驚きながら振り返ると、茜の姿があった。


「何だ茜か、ビックリしたぁ」


「何よ、そんなに驚くことないじゃない」


 茜は不服そうに頬を膨らませるが、奏斗の反応も無理はなかった。前世で武道を習っていた奏斗は人より気配というものに敏感だ。微かな足音や衣擦れの音、呼吸やその者の向ける意識などを無意識の内に感じ取れるレベルには達している。しかし、そんな奏斗が背後から近づいてくる茜の気配には気付けなかった。思わず驚いてしまうのも当然の反応である。


「それより、奏斗これから食堂でしょ。どうせ詩葉ちゃんも一緒なんでしょう?」


「まあな」


「なら、私も一緒して良いかしら?」


「別に構わないけど……」


 駿はどうだろうかと奏斗が視線を向けてみると、頷きが返ってきたので奏斗は三人で既に詩葉が待っているであろう食堂へ向かうことにした。一年生教室がある高等部校舎二階から階段を下りて、本校舎から体育館とは逆の方向にある渡り廊下を歩いていった先に食堂はある。入学式当日に、一面ガラス張りで何に使う建物なのだろうかと不思議に思っていたのが、食堂だった。


「詩葉、お待たせ」


「あ、やっと来た~。私もうお腹ペコペコだよ……って、あれ? 茜ちゃんと、神代君?」


 詩葉が食堂にやって来た奏斗の両隣りに立つ二人に視線を向けて、パチクリと何度か瞬きを繰り返す。


「いつも二人だけじゃ寂しいだろ? コイツらも一緒にどうかと思って」


「まぁ、そういうことなら私は別に良いけど……それなら先に言って欲しかった感は否めないなぁ~」


 ジト目を向けてくる詩葉に、奏斗は「すまんすまん」と曖昧に笑って謝りながら、詩葉と机を挟んだ対面に腰掛ける。そして、駿は奏斗の隣に、茜は詩葉の隣に座った。


「それにしても、まさか姫川さんがいるとは思わなかったよ。もしかして、前言ってた幼馴染って……」


「多分俺のことだろうな」


 自分の知人と知人同士も知り合いだった、という学校入学初期によくある出来事を前に、駿が「世間は狭いね」と笑っているのを横目に、奏斗は心の中で「まぁ、お前らを引き合わせたのは俺なんだけどな」と呟く。


「ってか、全員弁当なら教室で食べればよかったな」


 そんな奏斗の言葉に、駿は自分の弁当を開きながら答える。


「でも、僕はここの食堂で食べるの結構好きだよ? 何と言うか、昼食休みになった実感が得られる感じ?」


「あ、それ私もわかるわ。勉強は教室で、食事は食堂で取る。場所を変えるとスイッチが切り替えられる感じがするわ」


 そんな何気ない会話を繰り広げながら、四人で各々の弁当を食べ進めていると、詩葉がふと口に運ぼうとしていた箸を止めた。よく見れば、僅かに顔色が悪い気もする。詩葉は箸を置くと、半ば無理矢理に笑みを作って立ち上がる。


「ゴメン、ちょっと」


「ん」


 奏斗が頷くと、詩葉は席を離れていった。女性が席を立つ理由をわざわざ尋ねる野暮な者はおらず、駿も特に気にした素振りを見せずにおかずを口に運んでいっていた。だが、茜が密かに視線を詩葉に追わせていたことに、奏斗は気付いていた。そして、ポケットからスマホを取り出して、慣れた手つきで月の満ち欠けを調べる。


(……明日が満月か)


 学園に入学して最初の満月の夜。それは、GGの詩葉ルートにおいて最重要イベントである。奏斗は、改めてGGがただの平和な恋愛アドベンチャーゲームでないことを思い出しながら、静かにスマホをポケットに仕舞い込んだ。

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