第07話 全てはシナリオのままに

「えっと、桐谷……だっけ? 手伝ってくれてありがとう」


「別にこれくらい大したことは。あと、奏斗で良いぞ」


 担任教師に頼まれて、職員室から一年生の教室が並ぶ二階の空き教室まで国語の教材を運ぶことになった奏斗と茜が階段を登っていた。


「そう? じゃあ、私のことも茜って呼んでくれて構わないわよ」


「わかった。けどまぁ、女子を下の名前で呼ぶのってちょっと恥ずかしいな……」


「確かに奏斗って、あんまり仲の良い女の子とかはいそうにないわね」


「失礼な」


 奏斗が不満げに半目を向けると、茜はクスクスと笑いを溢す。しかし、すぐに茜は「でも……」と奏斗が教材を両手に抱えて軽々と階段を登っている様子を見て、意外そうな表情を浮かべる。


「意外と力持ちなのね。ひょろい身体してるから『俺が重たい方を持つよ』って言われたときは、正直不安だったんだけど」


「フッ、舐めてもらっちゃ困るな。この制服の下には細マッチョの美ボディが隠されているんだぞ」


「はいはい。調子に乗らないの」


 適当にあしらわれた奏斗であったが、嘘は言っていない。万が一詩葉が危険な状況に陥ったときに助けられるよう、トレーニングは欠かさず行っている。既に前世と遜色ない程度の運動能力は身に付けている。


「ここね、空き教室は」


 階段を登りきって少し廊下を歩いた先にある扉の前で、茜が先生から受け取った鍵を取り出して解錠する。そして、二人で空き教室に入り、運んできた教材を適当な場所に置いた。


「ふぅ、これでよしっと……」


「じゃ、あとは職員室で先生に鍵を返したら帰れるな」


「あ、それは私がやっておくから奏斗はもう帰ってくれて良いわよ。ありがとね」


「そうか?」


「ええ。ほら、早く出ましょ――って、きゃ!?」


「おっと」


 茜が躓いて体勢を崩す。奏斗は反射的に腕を伸ばし、茜を胸に抱くように正面から受け止める。腕の中に女性特有の身体の柔らかい感触。そして、ふわりと翻った赤い髪から仄かにシトラス系の爽やかで良い香りがしてきて、奏斗の鼻腔をくすぐった。

 画面越しにGGをプレイしていただけではここまでの情報量は伝わってこない。奏斗は改めて自分がリアルにGGの世界で生きているんだという実感を得る。


「おい、大丈夫か?」


「え、ええ……って、大丈夫じゃないわよこの状況ッ!!」


 茜がボッと火の付く勢いで顔を真っ赤に染め上げると、足をもつれさせながらも後退りして、奏斗から離れる。そして、自分の身体を腕で抱きながら奏斗を睨む。


「な、何どさくさ紛れに抱き締めてるのよ!?」


「別に抱き締めたわけじゃなくて、お前が転びそうになったから思わず……」


「それはっ……そうだけど……そうじゃなくて!」


 理屈じゃないのよっ! と一人ブツブツと何かを不満げに呟く茜に、奏斗は後ろ首を撫でながら気まずそうに謝る。


「えっと……すまん」


「い、いや……別に謝らなくても良いんだけど……」


 まだ若干赤らみの残る頬を気恥ずかしそうに指で掻いたあと、茜は気持ちを切り替えるようにコホンと咳払いをする。


「ま、まぁ……ありがと。奏斗」


「あぁ」


「ほ、ほらっ、さっさと出てよね!? 鍵が閉められないじゃない!」


「おっ、ちょちょちょ押すなって!?」


 茜に背中を押し出される形で空き教室をあとにした奏斗は、「はぁ……」とため息を一つ吐いてから窓の外に視線を向ける。そして――――


(よし、ここまではシナリオ通りだな。紛うことなく茜ルート……取り敢えず初手で主人公に茜ルートに入られることは阻止できた、と)


 奏斗はフッと口許を緩めると、ポケットからスマホを取り出して詩葉とのメッセージのやり取りをしている画面を開く。そこには、一組教室を出る前に奏斗が詩葉に送っておいたメッセージが表示されていた。


『中庭のベンチで待ってる』


 嘘だ。奏斗は今さっきまで茜の手伝いをしていた。今頃詩葉は奏斗がいない中庭のベンチ付近で困っているだろう。そして、そこで起こるはずなのだ。


(――選択肢を間違えずに上手く詩葉ルートに入れよ、主人公?)


 さて、どうなってるかな――と奏斗は、詩葉と主人公がきちんとシナリオ通りに動いているかを確認するため、中庭へと向かっていった。



◇◆◇



 時は奏斗が茜の手伝いで職員室から国語の教材を運んでいる頃。詩葉は奏斗から送られてきたメッセージを見て、中庭へやってきていた。


「って、カナ君どこにもいないよぉ……」


 中庭にはいくつかベンチが存在する。しかし、どのベンチを見やっても奏斗の姿はない。詩葉は困り顔を浮かべて手頃なベンチに腰掛ける。


(トイレにでも行ったのかな……? 取り敢えずここで待ってよ)


 戻ってきたら文句言うんだから、と詩葉は心に決めながら、学校指定のカバンを胸に抱く。すると、そんな詩葉の元に二人の男子生徒がやってくる。緑色のネクタイをしていることから、二年生であることがわかる。


「ねぇ、新入生だよね? 凄く可愛いじゃん!」


「えっ? えっと……?」


 突然のことに戸惑って灰色の瞳を瞬かせる詩葉。しかし、構わず男子生徒二人は詩葉との距離を更に詰めた。


「俺たちこのあと遊びに行くんだけどさ、君も一緒にどうかな? ほら、新入生歓迎会的な?」

「あはは、何だよお前歓迎会って! もっと誘いかたあるだろ~!」

「いや、だってねぇ?」


「あ、あの、私はちょっと遠慮しておきますね……」


 そんなこと言わずにさ~、と片方の男子生徒が詩葉に手を伸ばす。詩葉はビクッと身体を震わせて、強く目蓋を閉じる。そして、心の中で一番大切で、頼りにしている少年の名前を叫んだ。


(か、カナ君……!)


「すみません。彼女嫌がってるので、その辺にしてもらえませんか?」


(カナ君じゃ、ない……?)


 詩葉がゆっくりと目蓋を持ち上げると、視界には見知らぬ少年の姿が映った。長身痩躯で焦げ茶色の髪が特徴の少年。赤色のネクタイは詩葉と同じ新入生――高校一年生であることの証。


「いや、誰だよお前」

「うーん、お前はちょっとお呼びじゃないかな~」


 高二の男子生徒二人も、突然現れたその少年に戸惑いと苛立ちが混じったような態度を示す。そんな二人に、少年はベンチに座る詩葉を背に庇うような位置に立って言った。


「一年一組、神代駿です」

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