第08話 シナリオとのズレ①
「一年一組、神代駿です」
どうも、と駿は僅かに頭を下げる。そして、鬱陶しそうな表情を浮かべる二年の先輩二人に臆することなく向き直ると、背中側に窺える校舎に指を向けて言った。
「これ以上しつこくされるなら、先生呼びますけど」
「ちっ」
「……行こうぜ」
二人は一度駿を不満げに睨みつけてからこの場から去っていった。あとに残された詩葉と駿の間に、少しの間何とも言えない沈黙が流れるが、先に詩葉が口を開いた。
「あ、あのっ。ありがとう……」
「何か、大変だったね。入学初日に上級生に絡まれるなんて」
「あはは……」
互いに初対面で、ましてや違うクラス。絶妙な気まずさを心のどこかで感じながらも、それを誤魔化すように二人して取って付けたような笑みを浮かべていた。そんな中で、駿は「えっと……」と頬を指で掻きながら言う。
「僕、これから帰るんだけど……もしよかったら一緒に帰る?」
この場面、GGでは選択肢として二つが用意されている。一緒に帰るよう誘う選択肢と、主人公が一人で帰路につく選択肢だ。後者の選択肢を選んだとしてもその後の展開次第では詩葉ルートへ入ることも出来るが、この場面で前者を選んでおくのがベターだ。そして、駿はその選択肢を間違えなかった。
そして、助けてくれた主人公からの誘い――GGであれば、詩葉の返答は一つに決まっていた。
「私――――」
◇◆◇
茜の手伝いを終えた奏斗は、詩葉と駿の展開がどうなったかを確かめるべく、中庭へとやって来た。
(主人公が選択肢を間違えなければ詩葉は主人公と一緒に帰っているはず……選択肢は二つで、何も考えなくても確率は五十パー。頼むぞ主人公――)
「――って、五十パー外してるぅうううッ!?」
奏斗の視線の先――緑の多い中庭のベンチの一つに、詩葉が座っている姿があった。思わず声を上げてしまった奏斗。その声を聞いた詩葉は顔をこちらに向けると同時にムッと頬を膨らませてスタスタ近付いてくる。
「んもぅ、カナ君のバカ! 何が『中庭のベンチで待ってる』よぉ。全然いないじゃん!」
ポコッ、という効果音が相応しいような力の籠っていない拳を奏斗の胸に叩き付ける詩葉。奏斗は「悪い悪い」と曖昧に笑って、そんな詩葉を宥めるべく頭に手を置いた。しかし、詩葉はそんな奏斗の手を振り払った。
「全然悪いって思ってないでしょ! 昔っからカナ君って『取り敢えず頭撫でとけば大丈夫』みたいなノリだもんね!」
「いや、えっと……そんなことは、ないぞ?」
「うん、カナ君。せめて目を泳がせずに言ってみようか?」
はぁ、と詩葉は呆れたようにため息を溢す。そして、拗ねたように唇を尖らせ、空気の溶けるような声量で呟く。
「カナ君っていっつも私のこと子供扱いして……全然女の子として見てくれないよね……」
「ん、何て?」
「何でもないよぉ~だ」
完全にへそを曲げてしまった詩葉に、奏斗は苦笑いを浮かべながらも流石に嘘を吐くのはやりすぎだったかなと反省する。
(けど、主人公めぇ。選択肢を間違えやがって……一緒に帰るように誘っておけば、詩葉ルートへの第一歩を踏み出せたのにっ!)
また別の方法で詩葉ルートに誘導しなきゃな、と奏斗は気持ちを切り替える。そして、頬を膨らませてそっぽを向いたままでいる詩葉に、奏斗が何とか機嫌を直してもらおうと試行錯誤していると、そこに――――
「あら、まだ帰っていなかったのね」
鮮烈な赤色のロングヘアーをサッとなびかせて、茜が校舎の方からこちらへ歩いてくると、奏斗の前に立った。
「そうだ奏斗。さっき手伝ってくれたお礼もしたいし、今度どこかに遊びに行かない? ふふん、何か奢ってあげても良いわよ?」
「あ、あぁ……」
奏斗の知っている台詞だった。GGの茜ルートの序盤で、茜が手伝ってくれた主人公にお礼をするために遊びの約束を取り付ける場面。奏斗としても、詩葉以外のヒロインのルートは出来るだけ自分が踏んでおくことで主人公に近付けさせないようにしたいので、こうして茜が誘ってくれるのはむしろ望むところなのだが、何せ今はタイミングが悪すぎる。奏斗は強張った笑顔を作る。
「……ねぇ、カナ君。その人は? 手伝いって何のこと?」
ただでさえ今は詩葉の機嫌が悪い。そんなときに先程まで奏斗が茜と一緒にいて手伝いをしていたことが発覚。加えてやけに親しくなっており、遊ぶ約束を取りつけられようとさえしている。完全に詩葉の瞳からハイライトが消えていた。
「え、えっと……何か目が怖いですよ?」
「どういうこと? 説明して、カナ君」
引きつった笑みを浮かべながらもおどけた態度でやり過ごそうとするものの、詩葉は奏斗を逃がさずにグッと距離を詰めて顔を覗き込む。奏斗は慌てて弁明を口にした。
「ち、違うんだって詩葉! ちゃ、ちゃんとお前を待ってたんだけど、クラスメイトのコイツが大変そうだったからちょっと手伝ってただけなんだって!」
な!? と奏斗が茜に振り向いて同意を得ようとする。しかし、茜は事実とは異なるその言い訳に首を傾げた。
「え? 奏斗は教室を出る前から手伝ってくれて――」
「――ちょぉおおおっと待て!?」
奏斗は慌てて茜の口を手で覆い、言葉を遮る。そして、詩葉に聞こえないように茜にそっと耳打ちする。
「(頼む、話を合わせてくれっ!)」
「(ど、どういうこと? 貴方まさか、この子を待たせてるのに私の手伝いしてたのっ!?)」
「(ち、違うくて……いや、違わないんだけど! 取り敢えず事情はいつか話すから、ここは話を合わせてくれ!)」
「(ま、まぁ、わかったわ……)」
奏斗と茜が潜め声で話している様子をジト目で見詰めていた詩葉。そんな詩葉に、茜はコホンと一つ咳払いを挟んでから、若干ぎこちない笑顔を浮かべて言う。
「そ、そうなの! 私先生から教材を運ぶの頼まれてたんだけど、途中から奏斗が手伝てくれてね?」
ごめんね、と茜が謝ると、詩葉はまだ完全に疑いを拭いきれていないような表情を見せつつも、「まぁ、そういうことなら……」と一応納得する。奏斗と茜はホッと胸を撫で下ろした。
「えっと、私は奏斗と同じ一組の綾瀬茜よ。よろしくね」
「わ、私はカナ君の幼馴染で……えと、姫川詩葉です」
「姫川、詩葉……?」
詩葉の名を聞いた途端、茜が大きく目を見開いて驚き顔を作る。そして、スッと真顔に戻ると、まるで何かを見定めるかのように詩葉の姿を見詰める。
「そう、貴女が……」
「えっと、どこかで……?」
茜の反応に疑問を抱いた詩葉が小首を傾げるが、茜は柔らかい表情に戻してから首を横に振る。
「ううん、何でもないわ。じゃ、私はこの辺りで。二人ともまた明日ね」
「おう」
「あ、うん……」
茜はそう別れの言葉を残してこの場を去っていく。奏斗と詩葉は遠ざかっていく茜の背中をしばらく見詰めていた。そして、奏斗は僅かに目を細めて、先程の茜の詩葉に対する反応を思い返しながら心の中で呟く。
(させないからな、茜……お前に詩葉のハッピーエンドの邪魔はさせない……)
そう、GGはただの平和な恋愛アドベンチャーゲームではない。これから先に、いくつもの難題が待ち構えているのだ――――
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