第一章~学園入学編~

第一節:ハッピーエンド計画始動

第06話 いざ、学園青春ラブコメへ!

 時は現在へと戻り、私立姫野ヶ丘学園の入学初日――――


 奏斗と詩葉は共に本校舎玄関前に張り出されたクラス分けのボードの前までやって来ていた。他大勢の新入生がボードに視線を集中させる中、詩葉も眉をハの字にしながら自分の名前を探している。


「うぅん、私の名前は……」


「お前は二組だぞ」


 ほら、と奏斗はボードに人差し指を向ける。すると、詩葉は「あっ、ホントだ」と一瞬嬉しそうに表情に花を咲かせるが、同じ二組の中に奏斗の名前がないことに気付いた途端あからさまに肩を落とす。


「残念。私達違うクラスみたい……」


「っぽいな~」


「カナ君は何組だったの?」


「ん、まだ見付けてない」


「えっ、私の名前はすぐ見付けたのに?」


「いや、それは――」


 と、奏斗はそこまで言って口を閉じる。そして、曖昧な笑みを浮かべながら視線を逸らした。


(ゲームでそういう設定だったから、なんて言えない……)


 奏斗が言い淀んでいる姿を見て、何かを察したように一度瞳を大きく見開いた詩葉がじんわりと頬を赤らめる。そして、僅かに上目を向けて恥じらいながら呟いた。


「も、もしかして……私が何組か、気になってた?」


「え? いや別に」

(――だって元々知ってるもん)


「えぇっ!? 酷いよぉ~!」


「――あ、あった。俺一組か」


「んもぅ。カナ君のバカ……っ!」


 隣で詩葉が何か文句を言っているが、今の奏斗はそれどころではなかった。今日からようやくGGの舞台として描かれていた日常が始まるのだ。そして、それは前世の記憶が戻ったときから練っていた詩葉のハッピーエンド計画の開始を意味する。

 計画を実行する上でこのクラス分けはかなり重要となる。出来れば詩葉と主人公を誘導できるような位置についておきたい。そして、一組というのは間違いなく――――


「当たり、だな」


 姫野ヶ丘学園高等部一年一組。それは、GGの主人公が入学し所属することになるクラスである。


(幸先良いな……)


 奏斗はフッと口許を緩めて、隣で頬を膨らませジト目を向けてきている詩葉に顔を向ける。


「まったく、そんな顔するなよ。クラスが違っても会えないわけじゃないんだからさ。ってか、お前の場合この学園に入れただけでも良しとしろよ」


「むぅ、それはそうなんだけどさぁ……」


 奏斗は思わず苦笑い。それも仕方のないことで、当然詩葉はこの学園に入学するものだと思っていた奏斗は、中三のときに詩葉の絶望的な成績を知り、一時はハッピーエンド計画はおろか、GGのヒロインの一人である詩葉がまさかの学園に通えないという根本からのシナリオ崩壊が起こってしまうのではないかと頭を抱えていた。


(俺が勉強を見てやって何とか入学出来たが……本当に一時はどうなることかと思ったぞ……)


 GGのシナリオはこの学園に入学したところからスタートする。故に、それまでヒロイン達がどのような生活を送ってきたかが事細かに描かれることはなかった。


(もしかすると、GGのシナリオに登場しなかっただけで、ゲームの中にも俺みたいに詩葉に勉強を教えた奴がいたのかもな……)


 ともあれ、と奏斗は先程から自分の斜め後ろに立ってクラス分けのボードを確認している男子に気付かれぬよう、チラリと視線を向ける。

 奏斗と同じ茶色のブレザーに身を包み、灰色のズボンを履いている。そして、同じ新入生で新一年生であることを象徴する赤色のネクタイ。長身痩躯、長めの焦げ茶髪に同色の瞳を持つその少年こそ、奏斗の計画の最重要人物と言っても過言ではない存在。


 そう――――


(このGG世界の主人公――神代こうじろ駿しゅん、だな)



◇◆◇



「はぁ、どこの世界でも校長先生の話は長いんだな……」


 校長や生徒会長、新入生代表などのありがたいお話が大半を占める入学式を終え、新入生らは各クラスごとに教室に戻ってきた。奏斗は自分の席に座ってため息を吐くと、早速視線を主人公たる駿に向ける。


(さて、ここからだぞ。何とかしてアイツに詩葉のルートに入ってもらわないといけない。で、それと同じくらい重要なこと――)


 奏斗は教室の窓際前列で静かに座っている女子生徒を見た。

 線が細く色白で、出ているところは出て引っ込むべき箇所はしっかりと引き締まった見事なプロポーションを持つ少女。そして何より目を引くのが、その洗練された赤いロングヘア。まるで燃え上がる炎で染めたかのような鮮やかな髪と、切れ長でやや吊り気味な紫炎色の瞳が、どこか勝気な気質を漂わせている。


綾瀬あやせあかね、GGの攻略ヒロインの一人。取り敢えず主人公にコイツのルートを踏ませないようにしないと)


 奏斗が計画の方針について思考する間に、場面はどんどんと展開されていく。GGのシナリオではここまで詳しく描かれていなかったクラスメイトの自己紹介から始まり、委員会の決定。その中で、茜はシナリオ通り学級委員に立候補して受理された。

 ちなみに奏斗は何の委員会にも部活にも入るつもりはない。詩葉のハッピーエンドを叶えるために、出来るだけ自由に動けるようにしておきたいからだ。


 そして、登校初日は特に授業などは行われず昼前に解散となると、生徒達は各々席を立って好き好きに行動し始める。交友を深める者もいれば早々に教室をあとにする者も見られる。そんな中、奏斗は荷物をまとめてを待っていた。そして、はすぐに訪れる――――


「綾瀬さん。学級委員だし、早速頼みたいことがあるんだけど良いかしら~?」

「はい。先生」


 来た――と奏斗は一瞬視線を鋭くしてから荷物を肩に掛けて立ち上がる。ここがまず一番最初に重要なポイントである。奏斗が様子を窺う先で、担任の女性教師が茜に何かの鍵を渡しながら言う。


「明日から私が担当することになる国語の教材が職員室にあるのね。申し訳ないんだけど、それをこの階の空き教室まで運んでおいてくれないかな~? これ、空き教室の鍵だから~」


「わかりました」


「でも、一人じゃ大変だから……」


 教師が「うぅ~ん」と唸りながら教室を見渡す。そこで、奏斗が小さく手を挙げて言った。


「あ、俺手伝いますよ」


「おぉ、助かるよ桐谷君~」


 いえいえ、と奏斗は自然な流れで会話を進めながら、心の中でガッツポーズを決めていた。


(GGじゃここで主人公が手伝うか手伝わないかで茜ルートに入るかどうかが決まる。まだ油断はできないが、取り敢えずこのシチュエーションの選択肢は俺が潰させてもらうぞ)


 そして同時に、奏斗はスマホで詩葉にを送っておく。


(頼むぞ主人公。詩葉ルートへの誘導は済ませた。選択肢間違えんなよ)


 そんな思いが届くわけないとわかっていながらも、奏斗は帰り支度をしている駿の方を見やってから念じずにはいられなかった。そして、そんな奏斗の様子を見て、茜と担任教師は互いに顔を見合わせてから不思議そうに首を傾げていた――――

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