第05話 主人公以外にはやらん!②
「ひ、姫川さんっ……ず、ずっと前から好きでしたッ! 俺と付き合ってください!!」
放課後の校舎裏にとある男子生徒のそんな声が響く。彼の名は大野木康太。手紙で詩葉を呼び出した張本人である。そして、頭を下げて片手を差し出す康太の前には、困り顔を浮かべた詩葉の姿があった。
(案の定告白だったな)
と、物陰に姿を隠して二人の様子を窺う奏斗。一見ただのストーカー染みた行為だが、万が一詩葉の身に何かあってはいけないので致し方ないと奏斗は割り切っている。
そして、そんな奏斗の視線の先で、詩葉が小さく頭を下げた。
「ごめんなさい」
告白に対する答えはノー。見えていた結果だった。
康太はその返事を聞いたあともしばらく頭を下げて手を伸ばしたまま固まっていたが、ようやくゆっくりと身体を起こす。そして、曖昧な笑みを浮かべながら尋ねた。
「理由を、聞かせてもらっても良い……?」
「えっと……大野木君のことをあまり知らないから、かな」
「そ、それはっ。付き合ってから知っていけば良いよ! 全然それからでも遅くないよ!?」
康太が詩葉に詰め寄るように一歩踏み出す。それに従って、詩葉も距離を取るように一歩後退るが、何せ後ろは校舎の壁なので自然と追いやられる形になる。
今まで告白してきた生徒らは、告白の返事を聞いたあと、もしくはその理由を聞いたあとに潔く諦めて立ち去って行ったが、康太は少ししつこい。返事を聞いてもなお、まだ押せばいけると思っているのだろう。自然と様子を窺う奏斗の視線も鋭くなる。
「う、うぅん……」
「ひ、姫川さんって誰とも付き合ってないよね? じゃあ、他に好きな人でもいるの?」
「えと、大野木君ちょっと近い……」
詩葉の背中に校舎の壁が触れる。詩葉は無意識の内に自分の身体を腕で抱いていた。しかし、康太は完全に何かのスイッチが入った状態になっており、勢いは止まらない。
「俺っ、姫川さんのためなら何でもするよ! その覚悟があるよ! もし付き合ってみて満足いかなかったら、そのときは諦めるからさ……だ、だから――」
「――そこまでだ」
奏斗が物陰から姿を現した。そして、ゆっくりと二人の方へと歩み寄っていく。詩葉は安心したような笑顔を浮かべており、康太は驚き顔を向けてきていた。
「お、お前は……いっつも姫川さんといる……」
「桐谷だ。桐谷奏斗」
奏斗は名乗りながら詩葉の腕を引き、自分の背に庇う。
「一部始終を見てた、すまん。けどここまでだ。告白が済んだなら、俺達はもう帰る」
「ちょ、ちょっと待てッ!」
奏斗が詩葉の手を引いて立ち去ろうとするのを、康太が肩を掴んで引き止める。奏斗は「まだ何か?」と少し鬱陶しそうに振り返った。
「まだ告白は終わってない! 俺はまだ姫川さんに言いたいことが――」
「――少なくとも、詩葉はもうお前に言うべきことは言ったはずだが? 返事はノーだ。ここでいくらお前がしつこくごねても詩葉の想いが変わることはないと思うぞ」
「くっ……!」
じゃ、と奏斗は詩葉を連れてこの場をあとにした。詩葉は無言で自分の腕を引く奏斗の横顔を時折盗み見ては、頬を朱に染めて口許を綻ばせていた――――
◇◆◇
「んなぁ、そろそろ帰ったら……?」
「やだよぉ。どうしてそんな酷いこと言うの~」
桐谷家が住まうよくある二階建ての一軒家。その二階にある奏斗の部屋にこの光景はあった。
勉強机の上に今日出された学校の宿題を広げる奏斗と、その後ろのベッドに身を投げ出してスマホを触っている詩葉。制服のプリーツスカートが少し捲れ上がっており、下着は見えないまでも普段スカートの下に隠れているはずの白い太腿が曝け出されていて、奏斗としては非常に居たたまれない気分になる。
康太の告白の場から詩葉を引っ張り出したは良いものの、下校中詩葉が「奏斗の家寄って良い?」と言い出した流れで、かれこれ二時間はこうして詩葉が奏斗の部屋でくつろいでいるのだ。
「いや、今日ウチ父さんも母さんも帰り遅いからさ……」
「えっ」
「おいやめろ。そこで顔を赤くするな」
そういう意味じゃねぇよ、と奏斗はため息を交えながら椅子を回転させて、ベッドにうつ伏せになっている詩葉に振り返る。
「年頃の男女が一つ屋根の下で二人きりっていうのは良くないだろって話。第一お前、親には許可――」
「――あっ、今お母さんから『泊ってくる?』ってメッセージ来た」
「おばさぁぁあああああんッ!?」
奏斗は頭を抱えて項垂れた。いくら詩葉は主人公と結ばれるべきで自分はそのサポートに徹すると決めていても、詩葉が自分にとって推しヒロインであることには変わらない。二人きりの状況……それもこうして無防備にされると、一応これでも男子である奏斗にとってはキツイものがあった。
「いくら幼馴染だからってこの歳で『泊ってくる?』はおかしいだろ……いや、おばさんはそういう人だったか……」
「あはは、もうお母さんったら何言ってるんだろうね」
「だ、だよな。流石に詩葉もこれはおかしいって思う――」
「――私泊りの準備とかしてきてないのにね~?」
「違うそこじゃないッ!! 絶対にそこじゃないよねッ!?」
ダメだこりゃ、と奏斗は大きく背もたれに体重を預ける。すると、カシャ! と突然シャッター音が聞こえたので視線を向けると、ベッドの上に女の子座りした詩葉がこちらにスマホのカメラを向けてきていた。そして、再びカシャ!
「……おい、なに許可なく撮ってんだよ」
「えへへ、良いでしょ別に」
「良くない。ほら、さっさと消せ」
奏斗は椅子から腰を上げて、詩葉が構えるスマホを奪い取ろうとするが、詩葉がひょいっと躱した。そして、詩葉が悪戯っぽい笑みを浮かべてくるので、可愛いとウザいが入り混じった妙な感情が奏斗の胸の中に渦巻く。
「ったく、あとで消しとけよ」
「んもぅ、仕方ないなぁ……」
「――なんてなっ! 隙あり!!」
一度背を向けて油断させておいてからの不意打ち。伸ばした奏斗の手は詩葉のスマホをしっかりと捕まえる。しかし、ここで問題が二つ。奏斗が想定より勢いよく手を伸ばしてしまったことと、詩葉が咄嗟に回避しようとしたこと。これら二つの要因が相まって、詩葉は体勢を崩し、奏斗は勢い余って――――
「きゃっ……!?」
「っててぇ……」
奏斗が目蓋を開けると、目の前に――というより自分の下で仰向けに倒れる詩葉の姿があった。そして、詩葉もこちらを見ており、互いの視線が絡み合う。詩葉は頬と耳を紅潮させ、灰色の瞳にも熱を帯びさせる。潤んだその瞳には何かを期待するような光が灯っており、いつもより呼吸が早いことが成長途中の胸の膨らみが上下するペースから窺える。
部屋に妙な沈黙が流れ、互いの呼吸の音だけが静けさの中に霧散する。
少し手を動かせば詩葉の身体に触れられる。その色付いた頬にも、形の良い桜色の唇にも、細い首筋にも、もちろん胸や脚にだって。詩葉の着ている制服を脱がし、秘匿されるべき生まれたままの姿を晒して、本能と欲望に従って今ここでその穢れを知らぬ無垢な果実を
しかし――――
「ね、ねぇ……カナ君……」
詩葉がゆっくりと手を持ち上げてきて、奏斗の頬に触れようとする。奏斗の心臓の鼓動は指数関数的に上昇していった。
(ヤバい……!)
奏斗は理性の蓋で一気に欲望を押し殺し、自身に伸ばされようとする詩葉の手から逃れるように起き上がって、ベッドの上から退く。そして、何事もなかったように振舞いながら先程奪った詩葉のスマホを操作して、アルバムから取られた自分の写真を削除。
「よし、削除完了っと。はいコレ返す」
「……」
奏斗はベッドの上にスマホを置き、再び椅子に腰を下ろして机に向かった。その後ろで、ゆっくりと上体を起こした詩葉が、奏斗の背をジト目で睨んで不満気に唇を尖らせていた。
「……意気地なし」
そんな詩葉のほぼ吐息のような呟きは、誰へ届くこともなく空気に溶けた――――
【作者からメッセージ】
ここまで読んでくださりありがとうございます!
そして、この五話を持ちまして過去編が終わり、次話から本格的に奏斗による詩葉ハッピーエンド計画が始まっていきます!!
まだこの先も読みたい! 続きが気になる! と思ってくださった方は、是非☆☆☆評価やフォローをお願いします!
ではっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます