第04話 主人公以外にはやらん!①

 年月が経ち、奏斗と詩葉は中学二年生になっていた――――


 世間の幼馴染が歳を重ねるにつれてどういった関係に変化していくのかはともかく、奏斗と詩葉は相変わらず登下校をいつも共にするほどに仲良しだった。しかし、決して付き合っているわけではない。それは奏斗自身が許さない。詩葉と付き合えるのは、このGGの世界にいて、姫野ヶ丘学園に入学したら出逢うであろう主人公だけだ――それが、一貫して奏斗の考えであった。


 そして、今日も終礼のチャイムが教室のスピーカーから流れたタイミングで、放課後がやって来る。生徒らが椅子を引いて立ち上がり、早々に教室から出て行く者や友達と話す者、部活や委員会へ向かう者と様々である。

 帰宅部である奏斗も机の横に掛けていたカバンを手に取って立ち上がる。すると、丁度そこに隣のクラスに所属している詩葉が小走りで教室に入ってきて、奏斗の傍まで来る。


「んじゃ、帰るか~」


 詩葉も来たことだし、とカバンを肩に担いで一歩踏み出そうとする奏斗を、詩葉がキュッと制服の裾を引っ張って止めた。奏斗は不思議そうな表情を浮かべて「どうした?」と振り返る。すると、詩葉が少し申し訳なさそうに笑って言う。


「ゴメン、私このあとちょっと用事があって……」


「用事?」


 詩葉は奏斗と一緒に下校するために部活にも委員会にも所属していない。ゆえに、放課後に何か用事があるのは珍しい。奏斗が聞き返すと、詩葉がコクリと頷いてスカートのポケットから一枚の紙を取り出して手渡してきた。奏斗は受け取った紙に視線を落とす。


“放課後校舎裏にある銀杏の木の下まで来てください。伝えたいことがあります。 二年C組、大野木康太”


 ――と、書かれていた。

 奏斗の眉がピクッと動く。そして、紙を詩葉に返しながら言った。


「……これは、告白だな」


「う、うん……多分……」


 正直嫌だった。モブ如きが攻略ヒロインの中でも一番魅力的(奏斗目線)な詩葉に挑もうなんて身の程を知れ! というのが本音だ。しかし、これが初めてというわけではない。詩葉は小学校の頃から何度も告白されているし、思春期になって一層その魅力が磨き出されてきた最近ではかなり頻繁に告白を受けている。そして、毎回頭を下げて断っている。恐らく今回も告白を受け入れるつもりはないだろう。


「お前のことだから、行くなって言っても聞かないんだろ?」


「そう、だね……一応相手も勇気を出して告白してくれるんだろうし、私もその気持ちにきちんと向き合ってあげないといけないと思うから……」


「誠意ってやつか……」


 ごめんね、と詩葉が視線を伏せるので、奏斗は首を横に振る。


「別にいいよ。詩葉の好きなようにすればいい」


「うん、ありがとっ。えと、それでね……」


 詩葉はモジモジとして頬を赤らめると、顔の下半分をカバンで隠して奏斗に上目を向けた。もうその仕草だけで奏斗の心臓は高鳴っているのに、そこへ止めを刺すように――――


「今日も一緒に帰りたいから、待ってて欲しいなって……」


(かっ、可愛いぃぃいいいいいいいいいいいッ!!)


 奏斗は表向き静かに天井を見上げて、心の中で絶叫していた。傍から見たら、話の途中で急に天井を仰ぎ見る変な奴だ。奏斗はコホンと咳払いを一つ挟んで精神の荒振りを治めると、何事もなかったように親指を立てて見せた。


「お、オッケー。じゃ、校門の辺りで待ってるから」


「玄関じゃ駄目?」


「え? いや別に良いけど……何で?」


「えっ、だ、だって……そっちの方が、少しだけ長くカナ君と一緒に帰れるから……」


「……」

(え、待って何この可愛い生き物。天然記念物? いや、もう国宝――何なら世界遺産に登録すべきだろ。そうだ、うん。俺が決めた。今決めた。コイツは今から世界尊い遺産だ)


「カナ君?」


「あ、あぁ、わかった。んじゃ、玄関で待ってる」


 ありがと! と詩葉が笑顔の花を残して教室から出て行く。そんな詩葉の背中を見送るように佇んでいたところに、奏斗と仲の良いクラスメイト男子が近付いてきて声を掛けた。


「お前さぁ~、本当に姫川と付き合ってないのかぁ?」


「前も言ったろ。俺とアイツはただの幼馴染だ。好きは好きでも、恋とはベクトルが違う」


「うぅん、そうかなぁ。お前はそうかもだけど、姫川はどうかわかんないだろぉ?」


「は? わかるよ」


 急にキレ気味になる奏斗に少し気圧されながら、男子が「え、何でだよ?」と尋ねる。すると、奏斗は憤りを通り越してもはや呆れたように言う。


「いや、俺が詩葉のことでわからないことがあるワケないだろ」


「……どっから来るんだよその自信」


「というかお前、やたら詩葉の話題を振ってくるが、もしかして……詩葉を狙ってんじゃねぇだろうな?」


「って、近い近い近い! 近いし怖いわ馬鹿ッ!」


 奏斗が一切の表情を捨て去ったような顔をグッと近付けてきたため、男子は「断じて狙ってません!!」と首をブンブンと横に振った。「ならいい」と奏斗が離れてホッとしたところで、男子が言う。


「というか、姫川を一人で行かせたままで良いのかよ?」


「良いわけないだろ」


 奏斗は詩葉を追うように、やや小走りに教室をあとにした――――

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