第03話 ハッピーエンド計画考案

 奏斗が前世の記憶を取り戻してから一週間が経過していた。しかし、記憶を取り戻したからと言ってこれまでと生活は変わらない。普通に小学校に通って授業を受けて帰宅する。今日も普段通り、小学校の教室で自分の席に座っていた。そして、教壇で担任の女性教師が算数を教えているのをよそに、奏斗は頬杖をついて窓の外に視線を向けて思考を巡らせていた。


(この一週間で確信が持てた。間違いない、ここはGGの世界だ。GGの舞台である姫野ヶ丘学園がこの街の北側にあることが動かぬ証拠……んで、俺は詩葉の幼馴染として、前世と同じ名前と見た目を引き継いで生まれ変わったんだ)


 もはやそのことについて「なぜ?」は考えないことにしていた。考えたところでGGの世界に転生した原因や理由がわかるわけもないのだ。そんなことを考えるくらいなら、これからこの世界で自分がどうやって過ごしていくかを計画した方がよっぽど有意義というもの。


(前世では親に言われた通りの道を歩くだけの人生だったからな……この人生は、自分のやりたいことをやる! つまり――)


 奏斗はニヤッと口許を歪める。


(詩葉のハッピーエンドだっ!)


 この人生は、推しのために――詩葉のために生きる。詩葉に全青春を捧げる。

 ここはGGの世界。であれば、いるはずなのだ。いずれ姫野ヶ丘学園に入学して、ヒロインを攻略する存在――そう、主人公が。


(詩葉ルートは難しい……だが、絶対に詩葉を主人公とくっ付けてみせるっ!)


 奏斗は窓の外に向けていた視線を、少し離れた前の方の席に座ってノートを取っている詩葉に移す。後姿がもう可愛い。可愛すぎる。手元のノートから黒板へと視線を上げるときに揺れる亜麻色の髪が可愛い。少し難しいところがあったのか、眉を顰めて瞳を曇らせる仕草も可愛い。


(あぁ、一生見てられる……)


 思わず奏斗が顔をニヤけさせていると、教壇から「こーら」と優しめの叱責が飛んでくる。声の主は授業を行っている担任の女性教師だ。


「桐谷君、きちんと私の話聞いてましたか~?」


「あっ、はい!」


 奏斗はハッと我に返ったように教師に振り向く。すると、教師が腰に手を当てて呆れたような半目を向けてきたあと、少しからかうような笑みを浮かべた。


「ふぅん、本当ですか~? 私には、姫川さんを見詰めているようにしか見えませんでしたけどね?」


「なっ……!?」


 奏斗はカァと顔を赤くして口を開けっぱなしにする。教室の至る所から笑い声やからかいの声が飛んできて、身体の奥底から羞恥心が沸き起こってくる。当の詩葉に関しては、奏斗の方を振り返って恥ずかしそうに赤面し、物言いたげな視線を向けてきていた。


「まぁ、いいです。では、ここの問題はちょっと難しいですが、先生の話をきちんと聞いていたなら出来ますよね? 桐谷君?」


「は、はい……」


 奏斗はゆっくりと席を立ち、机の列の間を通りながら黒板へ向かっていく。途中、クラスメイトが「ひゅーひゅー」「お熱いねぇ~」などと冷やかしてきて、バシバシと背中を叩かれたりした。そして、恥ずかしい思いをたっぷり胸に抱いて、教師からチョークを受け取る。その際、奏斗は教師に恨めしい視線を向けておいた。

 そして、ため息一つ溢してから初めて黒板に書かれていた問題を見る。そこには、長方形と正方形を組み合わせて作られた歪な形の図形が書かれており、その面積を求める問題だ。


(ったく、生徒に恥をかかせるとは、良い性格した教師だなまったく……)


 と、そんなことを心の中で呟きながら、カツッ――カッ、カッ――と黒板にチョークを走らせていく。笑い声で賑やかだった教室が徐々に静かになっていき、終いには黒板に白い数式を書き連ねていく奏斗の背中に視線を集中させ、完全に沈黙していた。静まり返った教室に、チョークの硬い音が響く。


 カツッ、シャ――――


 奏斗は数式の下に求めた面積を書いて、答えだとわかるようにアンダーラインを手慣れたように引く。そして、教師に振り返って――――


「五十三平方センチメートル」


「……せ、正解です」


「――あ、やべ」


 そこまで気が回らなかった、と奏斗は恐る恐る教室を見渡す。すると、教室中から向けられる羨望や驚愕の視線。今の奏斗は小学四年生。この図形問題は習ったばかりで、もう少し苦戦するべきだったのだ。それを、思わず無意識の内に普通に解いてしまった。


「え、えっと……」


 何か怪しまれるかもしれないと身構えながら奏斗が戸惑いの表情を浮かべていると、沈黙していた教室がドッと沸いた。


「奏斗すげぇえええ!!」

「えっ、あんなに頭良かったっけ!?」

「私全然わからなかった~」

「えっ、ちょっと桐谷カッコ良くない?」


 ……等々、クラスメイトが口々に喋り出し、奏斗は苦笑いを浮かべていた。詩葉に限っては、キラキラと灰色の瞳を輝かせて見詰めており、僅かに頬を赤くしていた。

 奏斗は皆からの称賛の声を浴びながら、居たたまれない気持ちで自分の席に戻っていき、「あぁ……」と頭を抱えた。


(俺はあくまで詩葉のサポートでモブキャラだ。いや、モブというのもおこがましい、本来ゲームに登場することもないイレギュラーだ。変に目立つとシナリオに影響を及ぼすかもしれない。気を付けないと……)


 そう、自分はゲームシナリオには登場しないキャラクター。もしかすると製作陣は詩葉には幼馴染がいるという設定を持っていたのかもしれないが、表に登場しないのであれば客観的に認知されることはなく、いないも同然。そして、そんなイレギュラーなキャラクターの行動がシナリオに及ぼす影響は計り知れない。


 だから、勉強や運動においても程よく手を抜いて平均的なキャラを保たなくてはならない。しかし、いざとなったら詩葉を守れる力を持っておかなければならない。ゆえに、努力は怠らず、その実力を人前で見せないように徹しなければいけない。


(すべては、詩葉のハッピーエンドのためにッ!!)

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