第22話 ひたすら真っ直ぐな妹

 奏斗は今日も昼休みに食堂で、詩葉や茜、駿らと共に昼食を取ったあと、用事があると一言言って三人と別れたあと、高等部校舎と中等部校舎を繋ぐ渡り廊下を歩きながら、昨日のことを思い出していた――――


「はぁ、かんにんえ~。ウチの妹が失礼なこと言うて……」


「いや、別に俺は気にしてませんよ」


 河川敷沿いの堤防の上で紅葉が去って行ったあと、桜花が傷付いた心の内を隠すかのように作り笑いを浮かべる。しかし、どうしてもその表情の端々から切なさが垣間見える。そして、桜花はすっかり小さく見えるところまで行ってしまった紅葉の背中へと視線をやりながら、呟くように言葉を漏らす。


「一番何思うてるのか知りたい相手の心の声は聞けへんのやさかい、ほんま役に立たへん力やわぁ……」


 そう。桜花の人の心の声を聞く能力は、身近な相手へは作用しないのだ。ある程度の心理的距離が開いた人間に限って、その心の声は問答無用で聞こえてしまうのに、桜花にとって今一番知りたい妹の紅葉の心の声は聞かせてくれない。


「ほんで、後輩君は知っとんのか? ウチと紅葉が仲良うなる術を」


「……んまぁ、絶対上手くいくと断言はできませんけど」


「……ほな、手伝うてくれへん? ふふっ、この際悪魔にでも魂売ったるわ」


 奏斗は肩を竦めて曖昧に笑って答える。


「酷い呼ばれようですね。俺は悪魔じゃ――」


「――悪魔や」


 どういうことだ、と奏斗は思わず眉を顰める。視線の先で、桜花が文字通り心まで見透かすような瞳をジッと向けてきていた。


「後輩君は、何でも知っとるんやろなぁ。そやけど、まったく見れてへんわ。人を人として見てへん」


「それは、どういう……?」


 ――話はそこで終わった。桜花がそれ以上この話題について語ることはなく、昨日はその場で解散となった。


(結局先輩は何が言いたかったんだ……?)


 と、そんな疑問について考えているうちに、渡り廊下を渡り終えて中等部校舎にやって来た奏斗。一旦桜花の言葉について考えるのを中断し、今自分のやるべきことに意識を向ける。

 中等部校舎も奏斗が普段過ごしている高等部校舎と似たような造りで、二階から各学年の教室が配置されている。奏斗が階段を上って向かったのは四階――中等部三年の教室がある階だ。


(さて、どこにいるかな……、ん?)


 目当ては桜花の妹、紅葉だ。紅葉の所属する三年二組の教室を軽く見渡してみてもその姿がなかったので、奏斗は視線をあちこちへとやりながら廊下を歩いていた。すると、三階に掛かる渡り廊下の端で、紅葉が二人の男子生徒と話している――というよりは、男子生徒がほぼ一方的に話し掛けているといった方が正しいが――姿が見えたので、奏斗はそちらへ向かう。


「――で、どうなんだよ。お前の姉ちゃんマジで噂通りなのか?」

「身体売ってんだろ? いくらかな~? あははっ!」


「はぁ……いい加減鬱陶しいですね。私にあの人のことを聞かれても知らないとしか答えようがありません。そんなに知りたければ本人に直接聞いてみては? もっとも、そんな勇気がないからこうやって身内の私に人気のない場所でコソコソと聞いてきているんでしょうが」


「あぁッ!?」

「おい、日暮。生徒会役員だか何だか知らないけど、調子に乗るなよ?」


 片方の男子生徒が紅葉に一歩詰め寄るが、紅葉は一切動じることなく相手の目を見続けていた。ここは学校だ。いくらお調子者の中学三年生と言えども、今この場で紅葉に手を出すとは考えにくいが、奏斗にとってはモブ如きがヒロインの一柱に手を出すなんてことは当然許せない。


「おい、そこまでにしとけ」


「何だッ……って、高一かよ……」

「……行こうぜ」


 別に奏斗はこれと言って脅しをかけたわけでもないが、年上というのは意外と怖いものだ。男子二人は不満げな表情を見せつつも、奏斗の横を通り過ぎて中等部校舎の中へ戻っていった。そして、渡り廊下に数秒静けさが過ったあと、紅葉が奏斗に少し軽蔑の混ざったような視線を向けながら口を開いた。


「ああ、姉さんにたぶらかされている先輩でしたか。頼んでませんが助けてくれてありがとうございます」


「ここまで刺々しい感謝をされたのは初めてだな」


 奏斗は肩を竦めて見せながら紅葉の近くまで足を進め、立ち止まる。奏斗が中等部校舎の方からやって来たために、紅葉が怪訝に眉を顰める。


「お前を探してただけだ。そんな不審者を見るような目を向けないでくれ……」


「私に何か用事でも?」


「用事って言うか……ほら、昨日お前自分の言いたいことだけ言って帰ったから、誤解を解いておこうと思ってな」


「誤解?」


「ああ。俺と先輩――お前の姉は昨日会ったばっかりで、不純な関係なんかじゃない。第一、先輩の噂は全部でたらめだ」


「どうして先輩がそんなこと言えるんですか。姉さんとは昨日会ったばっかりなんでしょう? よく知りもしない人の噂がでたらめだなんて、わからないはずですよね」


 まぁ確かに、と奏斗は図星を突かれて言葉に詰まる。だからといって桜花にしたように自分がこの世界のことを知り尽くしている存在だと話しても、心が読めるわけでもない紅葉には信じさせることが出来ないだろう。


(仕方ない……本当はヒロインを傷付けるなんてことはしたくないんだが、一旦紅葉の頑固な考え方を変える必要があるな……)


 話は終わったと言うように、紅葉はサッと黒髪を手で払ってから奏斗の横を通り過ぎて行こうとする。そんな彼女に、奏斗は言い放った。


「なるほど。通りでお前は生徒会長選挙で負けたわけだ」


 ピタリと紅葉が足を止めた。僅かにピリつく空気の中、紅葉が顔だけを振り返らせて問う。


「……どういう、意味ですか?」


「お前は今年度の中等部生徒会役員を決めるための去年の選挙で、生徒会長に立候補していた。違うか?」


「……はぁ、姉さんにでも聞きましたか。で、それが何か?」


 奏斗は別に桜花からその情報を聞いたわけではなく、元々そのを知っていたのだが、特に突っ込むところではないのでスルーして話を続ける。


「生徒会長の立候補者は三人。お前はその中で一番成績も優秀だし、真面目な気質ゆえに先生たちからの信頼も厚い。けど、お前は択ばれなかった。なぜかわかるか?」


「……」


「愚直、だからだよ」


「違いますっ! 私はただ真剣なだけで――」


「――いいや違わない。確かにお前は真面目なんだろう。何事に対しても真剣なんだろうな。けど、そこに柔軟さがなければただの傲慢だ。自分の正義を振りかざすだけの自己中だ。人の意見に耳を傾けず、融通の利かない愚直な人間に、生徒会長になって欲しいなんて思う奴はいない」


「っ……!?」


「まぁ、もう一度よく考えてみるんだな。姉がどうとか考える前に、まずは自分を見詰め直せ。人生の少し先輩からの助言だ」


 奏斗はそう言い残してから紅葉と反対方向――高等部校舎がある方へ足を進めていった。


(一応桜花ルートで妹との仲を取り持つイベントでの主人公の台詞をベースに言ってみたが……なんせ俺が進めてる桜花ルートはシナリオガン無視。いやまぁ、先輩が俺の心を読めてしまう以上こうするしかなかったってわかってはいるんだけど……)


 ……つくづく俺の計画ってシナリオ通りにいかないよな、と奏斗は深くため息を吐いた。


(シナリオ通りにいかない以上、あの言葉を紅葉がどう受け止めるかは想像できない。下手するともっと先輩との溝を深めてしまうなんてことも……いや、こればっかりは心配しても仕方がないな)


 奏斗は高等部校舎に入る前に一度立ち止まって、僅かに首を振り返らせた。紅葉は未だに立ち止まったまま微動だにしていない。そんな彼女に、奏斗は半ば祈るかのように呟いた。


「……シナリオを決めるのは、お前だぞ。紅葉」

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