第23話 亀裂の修復と、新たなヒビワレ

(もうすぐ中間テストか……)


 奏斗は教室の自分の席に座って、肘を付き手を組み合わせていた。


 桜花との仲を戻すため紅葉に直接会いに行った翌日、今日もそれとなく授業を受けて、気付けばもう放課後になっていた。


(まぁ、特にテスト勉強は必要ないかな。それより、今は日暮姉妹を仲直りさせることが最優先。そして、その先に起こるであろう最悪なシナリオを何としてでも回避しないと……)


「――なと。奏斗ってば!」


「は、はいっ!?」


 思考の世界にのめり込んでいた奏斗は、横から自分の名前を叫ばれて意識が現実に引き戻される。驚きながらそちらへ視線を向けると、茜が不満げな顔を浮かべていた。


「まったく……やっと気付いたわね」


「す、すまん……ちょっと考えごとしてて……」


「ここ数日、貴方変じゃない? いや、前から変ではあるけど……最近は特に。用事があるとかですぐどっか行っちゃうし、それに……」


 茜が気まずそうな面持ちで顔の向きを変えるので、奏斗も促されるままにそちらを見てみると、丁度教室の前の扉から詩葉がこちらに歩いて来ていた。ハの字になった眉や不安に揺れる瞳と言い、あまり元気がなさそうに見える。


「カナ君、今日は一緒に帰れる……?」


「えぇっと……」


 最近詩葉を放っておき過ぎた自覚は奏斗にもある。どうしたものかと返答に困っていると、茜が耳打ちしてきた。


「(帰ってあげなさいよ。最近詩葉ちゃん、貴方に構ってもらえなくて元気ないんだから……)」


「(わ、わかったよ……)」


 本当はこういうとき詩葉の傍には駿がいて欲しい――それがハッピーエンド計画に基づく奏斗の本音だ。学園入学後、つまりGGのシナリオが本格的に始まってもなお、詩葉は奏斗に依存している。それでは詩葉と駿の関係の進展に悪影響を及ぼすのは考えるまでもない。

 しかし、今日は特に用事も入っていないので、詩葉の誘いを断る理由もない。奏斗は机の横に掛けていた自分のカバンを手に取って立ち上がる。


「よし、んじゃ一緒に帰――」


「――桐谷君~。呼ばれてるよ~」


「ん?」


 教室の出入り口近くに立っていたクラスメイトの女子がそう声を掛けてくるので、奏斗がそちらへ視線を向けると、その女子の隣に紅葉が立っていた。そして、奏斗と目が合うと僅かに頭を下げてくる。


「あ~、すまん詩葉……今日も帰れそうにない……」


 また今度な、と伝えた奏斗は紅葉の方へ向かおうとする。しかし、キュッとブレザーの端を詩葉に摘ままれてたので足を止める。振り向くと、詩葉が捨てられた子犬のような表情を浮かべていた。


(そんな顔しないでくれよ……)


 奏斗としても辛い。自身の最推しヒロインに、目の前でそんな悲しい顔をされたら胸が痛い。それこそどんな用事より優先して詩葉に構っていたい。しかし、ハッピーエンド計画はそれを許さない。


「か、カナ君……私、待つから。カナ君の用事が終わるまで待つから、一緒に帰ろう……?」


「詩葉……」


「僕からもお願いするよ、奏斗」


「駿……」


 教室の後ろから奏斗達の話の流れを窺っていた駿がこちらにやって来て、優しい笑顔を浮かべながらそう頼んでくる。


「先輩、何か用事があるようでしたらまた今度でも――」


「――いや、今行く」


 教室の扉で待つ紅葉が何となく事情を察してそう提案してくるが、奏斗は言葉を被せて断る。そして、奏斗は茜と駿に申し訳なさの拭いきれない作り笑顔を向けて「詩葉を頼む」と伝え、紅葉の元へ向かった。


(大丈夫、大丈夫だ……詩葉が辛そうな顔を見せるのも今だけだ。俺に依存するのを辞めて、ちゃんと駿と向き合うことが出来たら、GGで何度も見たあの最高に幸せそうな笑顔をしてくれる。最終的に詩葉が幸せになれるなら、それでいいんだ……)



◇◆◇



「良かったんですか? 何か取り込み中のようでしたが」


「……問題ない。それより、お前こそ俺に用事があるんだろ?」


「……はい。ですがその、ここでは人も多いですし、ゆっくり話したいので……移動しても良いですか?」


「わかった」


 ――シナリオ通り。と、奏斗は心の中で頷いた。そして、奏斗は紅葉に連れられるまま学園を出て、特にこれといった会話も起こらないまましばらく歩くと、とあるカフェの前までやって来た。最近クラスの女子が期間限定で発売されたスイーツの話をしていたのを奏斗は思い出す。確かここのカフェの商品だったはずだ。


 店内に入り、紅葉は件の限定スイーツの一つであるサクラシフォンとカフェラテを、奏斗はブレンドコーヒーを注文して受け取ってから手近な対面式の席に座った。そして、奏斗は一度カバンからスマホを取り出し、少し操作してから机の端に置いた。


「それにしても、季節限定のスイーツとか食べるんだな。少し意外だった」


 今まさにシフォンケーキへフォークを切るように下ろそうとしていた紅葉に、奏斗がそう言うと、紅葉は一度手を止めたがすぐにシフォンケーキを一口大に切ってフォークで刺し、口に運ぶ。何度かもぐもぐと咀嚼して口の中にモノがなくなってから半目で答えた。


「私みたいなのが限定スイーツを食べていたら変だと言いたいんでしょうか」


「いやいや、別にそう言う意味じゃ。ただまぁ『限定スイーツ? はっ、そんなものに目を輝かせている暇があったら参考書に目を血走らせなさい』ってイメージだったから」


「……蹴って良いですか?」


「……確認と事後報告の違いって知ってる?」


 奏斗は自分の左脚の脛に少しの衝撃と鈍痛を感じながら紅葉を見るが、紅葉は澄まし顔でカフェラテのカップを口許で傾けていた。そして、スイーツを味わうのもそこそこに、奏斗は本題に入ろうとする。


「で、話って?」


「……昨日先輩に言われたことを私なりに考えてみたんです」


 なるほど、と奏斗は相槌を打つ。紅葉は視線を奏斗から目の前の丸テーブルへと落として続ける。


「正直先輩の言葉を聞いたとき私は、何でほとんど面識もない高々一個上の先輩にこんなに偉そうに説教されないといけないんだと思いました。皆がよく口にする『ウザい』とはこういう場面で使うんだなとも思いました。それに、わざわざそんなことを言うために中等部の校舎に来てまで私を探すなんてストーカーか何かなんじゃないかと疑いも――」


「――ちょ、ちょっと待って? その俺に対する罵詈雑言まだ続きそうですかね?」


 たまらず奏斗が話を遮ると、紅葉は一度肩を竦めて見せた。そして、再び口が開かれる。


「ですが、的を射ていることも確かでした。私はいつも正しくあろう、真面目に真剣にいようとしていたんです――」


 紅葉は窓の外へと遠い視線を向けながら、一呼吸の間を置いて言った。


「――昔の姉さんのように」

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