第32話 君と向き合って①
奏斗がこの世界をゲームのように見て、人をシナリオ通りに動くキャラクターと見ることを止めると決めた翌日。今日も学園の授業はつつがなく終わり、放課後のチャイムが鳴った。そして、いつもなら「一緒に帰ろ~」と詩葉が一組にやって来るところだが、今日は違う。奏斗は手早く荷物をまとめて担任の教師が教室を出るより先に早足で退出し、詩葉のいる二組へ向かった。
二組でもすでに終礼が終わっており、生徒が好き好きに動いている中、まだ詩葉は席に座ったままでいた。また、顔色が悪く、額には変な汗が浮かんでいるため、友達と思われる女子生徒が「詩葉ちゃん大丈夫?」「保健室いく?」と心配そうに集まっていた。
「ちょっとゴメン。そこ通してくれ」
詩葉を心配して机の周りを取り囲む生徒らの中を通り抜けて、奏斗は詩葉の隣まで来る。
「詩葉、大丈夫か?」
「あ……カナ君、来てくれたんだね……」
「まったく……だから朝、学校休めって言ったんだ。今日こうなることはわかってただろ?」
「えへへ……」
今日の夜は満月だ。つまり、詩葉の中に流れるヴァンパイアの血が活性化され、詩葉がヴァンパイア化してしまう日。奏斗はもちろん、当人である詩葉も今日体調が悪くなることはわかっていた。
ただ、今はそれを咎めている場合ではないなと判断した奏斗は、詩葉に「立てるか?」と聞くと首を縦に振ったので、少し詩葉の身体を手で支えながらゆっくり立たせる。机に掛けてあった詩葉のカバンは、奏斗が持った。
そんな二人の様子に、周りの女子らが黄色い叫び――とまではいかずとも、瞳を輝かせてざわつき始めるが、奏斗は無視して詩葉を連れて教室を出た。
「奏斗っ!」
廊下に出たところで茜の声がしたので振り返ると、茜と駿がこちらに駆け寄ってきた。
「ひ、姫川さんどうしたの!? 凄く体調悪そうだけど……」
奏斗に半ばもたれ掛かるようにして立つ詩葉の姿を見た駿が、心配そうな表情で事情を尋ねてくるが、奏斗は「えぇっと……」とどう説明したらいいのかと戸惑う。
すると、唯一二人の事情を理解している茜がコホンと咳払いを一つ挟んで助け舟を出してくれた。
「神代君? 女の子に体調が悪い理由を聞くのは野暮ってものよ。察してあげるのが紳士ね」
「……あっ、そ、そうだよね! ゴメン、姫川さん」
保険の授業を受けたことがあるなら誰でも知っていることだ――と、詩葉の体調不良はそれが原因であるかのように言って見せた茜。見事に駿は勘違いしたようで、それ以上踏み込まずに謝る。
そして、茜は奏斗の隣まで移動してくるとそっと耳打ちしてきた。
「(わかってるでしょうね? 立場上、もしものときは私も動かないといけなくなるわ)」
「(……わかってるよ。けど安心しろ。いつも通りサクッと落ち着かせるよ)」
「(頼んだわよ)」
それだけ確認すると茜は奏斗から視線を外し、一度詩葉の手を取って優しい声色で言う。
「詩葉ちゃん、早く良くなりなさいよ?」
「ありがとう茜ちゃん……あと――」
「――それ以上言わなくて良いわ。約束のことでしょ? もちろん覚えてるし、そうならないように奏斗に看病してもらいなさい?」
「へへへ……」
奏斗と詩葉に言いたいことは言ったとばかりに、茜が両腰に手を当てる。
「ほら、早く帰って安静にしなさい」
「おう。ありがとな」
奏斗はそう一言礼を言ってから、茜と駿に見送られて詩葉と共に学園をあとにした――――
◇◆◇
「取り敢えず、詩葉は帰って休んどくこと。夜になったらいつも通りこっそり家を抜け出して――」
「か、カナ君……今日、家人いないから、さ。出来れば、一緒に部屋にいて欲しい、んだけど……ダメ……?」
(いや、俺の方は今日家に父さんも母さんもいるんだけどなぁ……)
確かにこれまで外に出て詩葉のヴァンパイア化の対処をしていたのは、万が一詩葉が暴れ出した際にどうすることもできないからだ。家で暴れてもし自分の家族を傷付けようものなら、詩葉は一生立ち直れなくなってしまうだろう。
しかし、それ以外にも理由はある。どちらかの家でヴァンパイア化の対処をするとなると、家族に説明するのに困る。友達の家に遊びに行くと言って家を出るには、夜中なので使えない。
では、素直にどちらかの家に行ってくると説明するか? 無理だ。いくら幼馴染とはいえ、夜中に異性の家に行ってその部屋に上がり込むなんて、そういう関係なのかと誤解される。というか、普通に考えて許されないだろう。
(んまぁ……うちの親も詩葉の親も、全然オッケー出しそうで怖いんだけど……)
ただ、詩葉の家に誰もいないのであれば、どうにか奏斗は言い訳を考えて親を説得して家を出ることは出来なくもない。それに、こういう不安なときには、傍に誰かいる方が安心するというものだ。
「わ、わかった。なら、ちょっと準備したらお前ん家に行く」
「えへへ、ありがと……」
詩葉は体調が悪いながらにそう笑って見せると、家の中へと消えていった。奏斗はそれを見送ってから、自宅に帰る。そして、手早く数分程度で学校の荷物を整理したり、服を着替えたりする。
「よしっ、準備完了っと」
奏斗は荷物をまとめて自室から飛び出し、階段を降りる。そして、母がキッチンで夕食の支度をしているのを見つける。
(さて、どう説明して家を出るか……)
友達の家に遊びに行く、というのはのは日が暮れたら帰ってこないとおかしい。詩葉がヴァンパイア化するのは深夜十二時丁度で、とても人と遊んでいるような時間ではないから無理だ。
詩葉の家で夕食食べることになって~、というのも厳しい。夕食に誘われた流れで夜遅くまで居座ってしまったと持っていくことは出来るかもしれないが、奏斗の親と詩葉の親は仲がとてもいい。この言い訳をしておいて、実はその日詩葉の家に両親がいなかったということをあとから奏斗の親が詩葉の親から聞いたりしたら大変だ。
(となると、こんなのしか思いつかん……!)
「か、母さん。今日俺、男友達の家にお呼ばれしててさ~? 夜ご飯振舞ってくれるらしいから、帰り遅くなるかもだけど心配しないでくれ~」
奏斗は友達が男であることを多少強調しながらそう言うと、母が目を丸くする。
「あらそう? 奏斗が誰かの家で夕食取って来るなんて珍しい~。姫川さんのところじゃないのよねぇ~?」
「あ、あぁ……男、友達だからな!」
「別に良いけど、あんまり遅くならないようにしなさいよ~?」
「う、うんまぁ……善処はする……」
何とか説得に成功した奏斗は、ふぅ、と一度息を吐いてから玄関を出た。
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