第20話 はんなり美少女は素行不良?

 終礼のチャイムが鳴る。担任の教師が生徒達にまた明日と声を掛けてから教室をあとにすると、生徒達は荷物をまとめて好き好きに動き出す。そんな中、奏斗もカバンを肩に掛けて立ち上がると、少し遅れて教室前側の扉から詩葉がやって来た。


「カナ君、帰ろ~」


「あ、すまん詩葉。俺今日ちょっとこのあと用事があってさ……」


「えぇ……」


 小学校の頃から奏斗と詩葉は一緒に登下校している。当然詩葉は今日も奏斗と一緒に帰るつもりだったようだが、奏斗に断られたためあからさまに肩を落とす。そして、拗ねたような視線をジッと向ける。


「そんな目で見るなって。俺だって時には用事があるんだからさ」


「だってぇ……」


 仕方ないとわかっていながらも頬を膨らませて不満を訴えてくる詩葉に、奏斗は曖昧な笑みを浮かべつつ、視線を教室の後ろの席で荷物をまとめていた駿に向けた。


「駿、お前このあとなんか用事とかあったりする?」


「え、僕かい? 特にないけど……?」


「なら悪いんだけどさ、今日詩葉と一緒に帰ってやってくれないか? 俺ちょっと用事あってさ……かと言って女子一人で帰らせるのもあれだし。それにほら、お前ら最近仲良いみたいだし、頼まれてくれないか?」


「まぁ、僕は別に良いけど」


「よし決まりだ。今度何かお礼させてくれ。じゃ!」


「あっ、カナ君!」

「ちょ、奏斗!?」


 駿の返答を聞くなり早々にカバンを持って教室から出て行った奏斗。あとに残された詩葉と駿の二人は互いに顔を見合わせてから「「はぁ……」」とため息を吐いた。


「奏斗は手強いね……」


「カナ君のバカ……」


 そんな二人の気持ちなど露知らず、奏斗は階段を降り、下駄箱で靴を履き替え、ある場所へと足を進めていった。

 待ち合わせもしていない。実際に顔を合わせたこともない。しかし、それでもそこにいるはずなのだ。


 ――なぜなら、シナリオでそう決まっているのだから。



◇◆◇



 住宅街を二つに分断するように川が流れている。元の大きな川が氾濫しないために枝分かれするよう作られた人工河川――という設定がGGにあったので、恐らくこの世界でもその通りのはずだ。そして、河川には二つの橋が掛けられており、北側の住宅街と南側の住宅街を結んでいた。一つはそこそこの交通量がある橋だが、もう一つは片側一車線しかない小さな橋。


 奏斗はその後者の橋の歩道を歩いていた。足を進めていると、橋の真ん中辺りで佇む少女の姿があった。転落しないための柵に腕を置いて、下に流れる川へ何気なく視線を注いでいるようだった。目的の人物――日暮桜花だ。


「今にも自殺しそうな雰囲気ですけど、やめてくださいね?」


「ん~?」


 数歩分程度の距離を置いて立ち止まった奏斗がそう声を掛けると、桜花がゆっくりと顔を向けてきた。当然奏斗のことなど知らない。初対面の相手にそんな声の掛けられ方をしたら戸惑うのは当然で、桜花は「えぇっと……?」と小首を傾げていた。


「桐谷奏斗、高一です。初めまして、日暮桜花先輩」


「へぇ、ウチのこと知ってくれてはるんやなぁ~。そない有名人になった覚えはあらへんのやけどなぁ」


「そうですか? 色々と有名ですよ先輩は。と」


 奏斗が肩を竦めて見せると、桜花はその意味を察したのか苦笑いを浮かべた。


 ――日暮桜花はビッチである。


 一見すると、物腰柔らかそうな雰囲気を持ち、お洒落にも気を遣っている美少女女子高生だ。しかし、そこそこの頻度で学校を休んだり、登校してきたものの途中で帰ったり、夜道を一人で歩く姿が目撃されたり。そんな出来事が噂として広まっていく間に少しずつ脚色されていった。そして、男の視線を引く容姿や少し着崩された制服などがその良くない噂に多少なりとも信憑性を持たせたのだ。


 こじつけだ。完全にこじつけだが、噂というものはそういうものだ。人は真実ではなく信じたいものを信じる。普段穏やかに振舞っている美少女が実は淫乱、だったら面白いし驚愕だ。そうだったら良いなという願望や欲望がどんどん真実を置き去りにして、結果、今の桜花の噂が完成した。


「……ふふ、何やの? 後輩君も噂信じてわざわざこないなところまで?」


「その通り、って言ったらどうします?」


「せやなぁ~。いくら出してくれはるんやろかって聞き返す、かなぁ?」


「……はぁ、そんなこと言ってるから噂が本当なんじゃないかって言われるんですよ」


「ふふっ、言わへんよ。後輩君がそないなこと目当てやないなんて最初からわかっとったさかい、すこ~しいけずしたろぉ思うたけやぁ」


 桜花は口許を手で隠しながらクスクスと笑いながらゆっくりと近付いてくる。数歩分開いていた距離が、一歩足を踏み出せば身体がぶつかるような距離になる。フワッと風に茶色の髪の毛がなびき、その甘いヘアミストの香りが奏斗の鼻腔をくすぐる。そして、桜花は奏斗の顔を覗き込むように頭を傾けて、興味深そうに笑う。


「はて、ほんなら後輩君は一体何のためにウチに会いに来たんやろか……?」


「当ててみたらどうですか?」


 そんな奏斗の返しに、桜花は少し驚いたように目を丸くする。そして、少ししてからフッと意味ありげに口許を緩めた。


「ふぅん、そういうこと、なんやなぁ~」


「……」


「後輩君、何や不思議なお人や思うてたけど、知っとったんやなぁ~。ウチが――」


 桜花は一呼吸の間を置いてから、風になびく髪の毛を耳に掛けながら言った。


「――人の心の声を聞くことが出来るゆうことを」

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