第21話 姉妹の亀裂

 奏斗と桜花は橋の上から移動して、堤防を歩いていた。そして、堤防から河川敷へと降りる階段を見付けた桜花が数段降りて腰を下ろし、隣をポンポンと手で叩いてきたので、奏斗はそれに従って座る。


「さてと。ウチは人の心の声が聞けるゆうことを誰にも話したことあらへんのやけど……後輩君は一体どこで知ったんやろかぁ。もちろん話してくれるんやろ?」


「……どうせ先輩に隠し事は通じないですから、話しますよ。けど、その内容が信じられるかどうかは保証できませんよ?」


「ふふ、ウチに嘘は通じへんからなぁ。口から出た言葉と心の声を照らし合わせるだけやさかい」


 奏斗のスタイルは基本GGのシナリオのままに、だ。なぜなら、その方が自分の持つGGの知識を活かして動きやすく、予測不可能な事態を避けられるからである。しかし、桜花には嘘が通じないどころか心の声までが筒抜けになる。故に、奏斗は最初から桜花と対面するときにシナリオ通りに事を運ぶことを諦めていた。ならどうするか。答えは明白。


 ――ありのままを曝け出す、だ。


「俺には前世の記憶があります。そして、ここは――この世界は、前世にあったガールズ・ガーデンという恋愛アドベンチャーゲームの舞台そのものです」


「ちょい待って……つまり後輩君は、ウチらが暮らしとるこの世界はゲームの中……って言うてるん?」


「ゲームの中、という表現が正しいのかどうかは俺にもわかりませんが、少なくともこの世界はガールズ・ガーデンの舞台と酷似していることは確かです。世界観はもちろん、街も、人も……そのすべてが」


「あ、あはは……にわかには信じられへんけど……」


 信じられないが、嘘じゃない。それは奏斗の心の声を聞ける桜花が一番わかっていることだった。もし奏斗が嘘を口にしているなら、必ず心の中でこれは嘘だと自覚している旨の呟きをする。


「なら、初対面のはずの俺が、先輩について知っていることを話しましょう」


 真実なのだろうとわかっていてもなかなか信じきれずにいる様子の桜花に、奏斗はそう切り出す。奏斗は前を向いたまま遠くを眺め、頭の中にある桜花ルートに記憶を掘り起こす。


「先輩が人の心の声を聞けるようになったのは中学生の頃。理由は元々人付き合いが苦手で、常日頃から相手が何を思ってるかがわかるようになりたいと願っていたから。けど、実際その能力は思っていたような便利なものではなく、問答無用で周囲の人の心の声が聞けてしまった。人間関係を構築する上で、本音と建前は重要です。けど、先輩は本来伝わるはずのない相手の本音を聞いてしまう。そして、良いことばかりじゃない――むしろ人の醜い部分が露わになる心の声が常に周囲から聞こえてくるのが大きなストレスとなるため、時々授業をサボったり早退したり、夜に散歩に出掛けたりして一人でいられる時間を作る必要がある……とまぁ、こんな感じですかね」


「……ほんま、本人の前で本人の秘密を流暢に話すんやから、後輩君はいけずなお人や……」


 桜花は降参だというように乾いた笑いを浮かべると、短くため息を吐いたあと堤防の下に流れる川を見詰めながら言う。


「ま、ウチ以上にウチのこと知ってる風やし……後輩君の話、信じるしかあらへんなぁ~」


 二人の間に沈黙が流れる。桜花は奏斗の話を改めて自分の中で咀嚼して理解・処理するために必要な無言。また、それをわかっている奏斗も口を挟むことはしなかった。

 そして、互いに無言を維持したまま数分が経過した頃、桜花が沈黙を破った。


「……で、後輩君は結局何が目的なん?」


「目的……は、もう割と達成されてはいるんですよねぇ」


「え?」


 主人公である駿には詩葉にだけ集中していてもらいたい。故に、奏斗は駿に他のヒロインのルートを踏ませないために自分が先にヒロインと接触するのだ。その点で見れば、もう奏斗は桜花というヒロインと関わりを持つことが出来たので、目的の一部は達成されたと言っても過言ではない。


「……うぅん、ようわからんけど、後輩君はウチをある人から遠ざけたいんやな?」


「あれ、聞かれちゃいました? なるべく心の中で呟かないように気を付けてたんですが……」


「まぁ、ぼちぼち聞き取れたくらいやけどなぁ。心の声が聞ける言うても、人はいつもいつも心の中で鮮明に言葉を発してるわけやあらへんやろ? そないなときは籠ったような、ノイズが混じったような感じにしか聞き取れへんのや」


「なるほど」


(ということは、こうやって心の中でしっかり喋らなければ先輩に聞かれないってことですかね?)


「あ、あはは……まぁその通りやけど、わざわざ心の声で確認せんでもぉ――」


「――こんなところにいたんですね」


 突然背後から凛とした声が掛かり、奏斗と桜花は同じタイミングで顔を振り返らせた。すると、数段上がった先――堤防の上で、一人の少女がカバンをスカートの前で両手に持って立っていた。


 線が細く色白で、精緻に整った綺麗な顔をしている。また、風になびく長い黒髪には癖一つなく艶やかで、どこかクールな印象を感じさせる黒い瞳が真っ直ぐとこちらに向けられている。あまり表情が豊かな方とは思えないが、それでも声のトーンや視線から心穏やかでないことは容易に察することが出来た。


「……紅葉くれは


 奏斗の隣で、桜花がそう彼女の名を呟く。日暮紅葉――現在中学三年生の彼女は、桜花の妹である。そして、状況の通り二人の関係は良好とは言い難い。


「姉さん……自分が学校でどんな噂をされてるか知ってますよね? 私何度も注意しました。日頃の行いには注意してくださいって……でも、やっぱり姉さんは聞かないんですね。何ですかその隣の男の人は。手頃な年下の男子捕まえて遊ぶだなんて、落ちるとこまで落ちたんですか」


「ちょ、ちょぉ待って? なんや勘違いしてるみたいやけど――」


「――言い訳なんて見苦しいですよ。それに、学校サボったり早退したり遊んでばっかりの素行不良になった姉さんの言うことを聞く耳なんて持ってませんから、私は」


「く、紅葉……」


 取り付く島もないといった感じの紅葉を前に、キュッと唇を結んで悲しそうな表情を浮かべる桜花。それを見た奏斗が、ため息を吐きながら立ち上がり、お尻についた少しの土を手で払いながら言う。


「部外者が二人の関係に口出すのはどうかと思うが、もうちょっと自分の姉の言い分も聞いてやったらどうだ?」


「そうですね。自分の姉がこんな風じゃなかったら聞いていたところですが……残念ながら、不良の言うことなんて信憑性に欠けますし、聞くだけ無駄と判断しています」


 桜花を突き放すようにそう言うと、紅葉は背を向けた。


「お、おい――」


「――最後に一つだけ」


 今にもこの場から去っていきそうな紅葉を呼び止めようとした奏斗だったが、紅葉はそれを無視して言葉を被せるように言った。


「先輩が姉さんにたぶらかされていようがいまいが私には関係ありませんが、不純異性交遊は生徒会役員である私が許しませんから」


 では、と自分の言いたいことだけ言って立ち去っていく紅葉。そんな彼女の背中を呆然と見詰めたまま固まっていた奏斗と桜花だが、少しのタイムラグを置いてから、二人の叫び声が河川敷にアンサンブルした。


「してないからっ!?」

「してへんわっ!!」


 このあと、残された二人が微妙に気まずい雰囲気になったのは、また別の話である――――

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