第二章~姉妹の絆編~

第一節:はんなり美少女と黒い噂

第19話 新ヒロインははんなり系

 時は皐月――すなわち五月。

 先月は学園への入学、綾川茜というヒロインとの接触、満月の夜にヴァンパイア化した詩葉を始末しに来た茜との交戦、そしてそれらを締めくくるかのようにGG主人公である駿を交えた遊園地イベントがあった。つまりは、物凄く忙しかったのだ。


 しかし、その苦労もすべては詩葉の幸せ――主人公とハッピーエンドを迎えるためだ。そのためなら、奏斗はどんな努力も苦労も惜しまない覚悟だった。そして、その甲斐あってか、大きくズレかかっていたGG本来のシナリオが元の路線に戻りつつある、と奏斗は思っていた。


(フッ、よくわからんが遊園地で詩葉と駿を二人きりにしたのはやはり正解だったな。もちろん勝手に観覧車に乗ったことはめっちゃ怒られたが、あれから詩葉と駿の距離が縮まってくれた気がする……)


 以前詩葉は、奏斗や茜を介して駿と話すことはあっても、自発的に駿に話し掛けたりはしなかった。あくまで友達の友達といった関係性を構築している印象だった。しかし、あの遊園地イベント以降、詩葉は自ら駿に話し掛ける機会が出来たどころか、奏斗や茜がいない場でも駿と何やら楽しそうに会話していたりする。


(この前二人きりで話してるとき、詩葉ちょっと顔赤くしてた瞬間があったからな……あれは駿に多少なりとも好意が芽生えたと言っても過言ではないな、うん)


 ――と、そんなことを考えながら制限時間十五分の数Aの小テストを配られた状態のままに机に置いて、右手で器用にシャーペンをクルクルと弄び、口角を釣り上げている奏斗。開始からすでに十分ほどが経過しただろうか。先程から奏斗の耳にはクラスメイト達が小テストの上でシャーペンを走らせる音が聞こえている。


(だから、取り敢えず詩葉と駿の関係についてはしばらく様子見で良いかなぁ。変に俺が手を出してシナリオ壊したりしたら大変だし。んじゃ、その間に俺は万が一駿が他のヒロインのルートを踏まないように、引き続き裏で主人公代行をしておきますかね~)


「……と、そろそろ解かないと時間が」


 今後の方針が定まったところで、奏斗はペン回しをピタリと止める。目の前の問題に意識が向くにつれて、周囲から聞こえるシャーペンの音が遠ざかっていく。前世で飽きるほど繰り返し解いた問題の内の一つ。そのまだ初歩の初歩。


(何の捻りも利いてない単純な確率問題……さて、今日は何点取ろうかな)



 ◇◆◇



 授業終了のチャイムが鳴り、数A担当の教師が教室から出て行く頃には、既に生徒達は好き好きに席を立って友達と話したり廊下に出たりしていた。


「奏斗、さっきの小テストどうだった? 僕七十五点だったよぉ。もうちょっと取れると思ったんだけどな~」


 奏斗が席を立ったタイミングで傍にやって来た駿が、そう話を切り出してくるので、奏斗は肩を竦めながら答える。


「俺はピッタリ七十点だった。こりゃ、駿に一問分負けたなぁ~」


「綾川さんはどうだった?」


「ん、私? もちろん百点だけど」


 休み時間になってもまだ席を立たず、次の授業の教科書やノートを机の上に並べながら答える。そして、それが終わってからようやく席を立って、奏斗と駿の元へ歩いてきた。そして、腕を組みながらどこか呆れたような半目を奏斗に向けて言う。


「というか、奏斗は成長しないわねぇ~? どの教科も毎回同じような点数で」


「あははー、それなりに勉強してるはずなんだけどなぁー」


「ふふっ、本当かしら。ならちょっと今回のテスト見せてみなさい? どこがあっててどこが間違ってるのか、どんな風に間違えてるのか……この私がしっかり確かめてあげるから~」


「いやいや、別に良いって~」


「ほらほら遠慮することはないわ~」


「あはは~」


「ふふふ」


 茜は一度奏斗と拳を交えたときから、奏斗がただ者でないことは理解してる。なので事あるごとにこうして奏斗をからかうように探りを入れてくるのだ。


「あっ、そうだ俺今日弁当持ってきてないから今のうちに食券買っとかないと~! というワケで、行ってくる」


「あ、逃げたわね」


 奏斗は茜の探りから逃げるため――もちろんそれもあるが、もう一つの重要な目的のために、教室を出た。中央階段へ向かう途中、二組の教室をチラリと覗くと、詩葉が同じクラスの友人と楽しそうに話していたので、奏斗は少し安心感を胸に抱きながら、食堂のある一階……ではなく、高等部二年の教室が並ぶ三階へと向かって階段を上って行った。


 やはりをした生徒が大半だ。誰か知り合いがいるわけでもなければ、わざわざ他学年の教室に用事などないのだから当然ではある。


 奏斗は目的の二年三組の教室の前の廊下を、僅かに歩くペースを落として通過していく。立ち止まって様子を窺うことはしない。少しでも怪しまれるリスクを少なくするためだ。


 開いた教室の後ろ扉、そして廊下側の窓のいくつかから教室の中の様子を窺う。そして、目当ての人物の姿をしっかりと確認した――――


「えぇ! もう季節限定のサクラスイーツ食べたんだ。私まだ~!」


「うふふっ、ウチは流行のもんを見逃さへん主義やさかいなぁ~」


「流石日暮さんだね~! これからは流行りのものが知りたかったら日暮さんに聞けば良いってことだねっ!」


「えぇ~、そんなんかなんわぁ~」


 ――前の席の女子生徒と話している最中の少女こそが、日暮ひぐらし桜花おうか。奏斗の目的の人物だ。


 背は平均的で凹凸のハッキリした女性らしい身体つき。手入れを怠っていないのが見て取れる白く瑞々しい肌に大きく黒い瞳はやや垂れ気味で、楚々と整っているもののどことなく幼い顔のつくりと相まって、物腰柔らかそうな雰囲気を纏っている。

 また、ふわっと緩くウェーブの掛かった茶髪や、校則に引っ掛からない程度に着崩された制服が、桜花の素材の良さを引き立てて垢抜けた感じに仕上げている。


(くっ、あの京都言葉も最高なんだよなぁ……! 詩葉と茜ももちろんだけど、マジでこうやってGGのヒロインを生で見ると、めっちゃワクワクする……!)


 不覚にも口許をニヤリと歪めてしまいながらも、そのまま何事もなかったように三組の前を通り過ぎていく。すると、その途中窓際に佇んでいた三人の男子の会話が耳に入ってくる。


「なぁ、やっぱ今日も日暮の奴可愛いよなぁ~」

「可愛いし、何かこう……エロい」

「あっ、わかる! 昨日は俺と暑くて濃厚な夜を――」

「――いや、ねぇから。誰がお前なんかと」


 その三人の視線は窓から三組の教室の中、桜花の身体へと注がれていた。


(おいおい、モブの鏡みたいな会話してんな……)


 奏斗は心の中で苦笑いを浮かべていた。


「いや、でも知ってるか? もしかするとワンチャンあるかもしれないんだぜ?」

「え、どゆこと?」


 あくまで噂なんだけどな――と一人の男子が声を潜めるので、他の二人が顔を寄せる。流石にその声量だと奏斗の耳で内容を捉えることは出来ない。しかし、当然奏斗は知っている。この姫野ヶ丘学園の一部で密かに噂されるその話。



 日暮桜花は、ビッチである――――

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