第二節:最悪なシナリオを消すために

第26話 すれ違う二人

「お、おい詩葉さん……?」


「……」


 桜花と紅葉の姉妹仲を取り戻した翌日、いつも通り奏斗と詩葉は並んで登校していたのだが、どうにも詩葉の機嫌が悪い。と言っても、理由は明白で…………


(まぁ、最近全然一緒に帰れてなかったからな。怒るのも当然……いや、登校は一緒だったんだけど。あれ? そう考えたら別に俺そこまで詩葉放ったらかしにしてなくね?)


 しかし、実際に詩葉の機嫌は悪い。最悪だ。こればっかりは理屈ではないのだろう。小学校でも中学校でも行き帰りはいつも一緒。隣に視線をやれば当然のようにそこにいる存在だ。


(……けど、詩葉は駿と――主人公と結ばれるべきだ。俺は前世で何回も見たんだ……詩葉が主人公とハッピーエンドを迎えて幸せそうに笑う顔を。あの表情に嘘はない)


 時折奏斗は揺らぎそうになる。詩葉にとっての幸せとは、本当に駿と結ばれることなのだろうかと。ハッピーエンド計画は本当に詩葉を幸せにするのだろうかと。


(いかんいかん。また変なこと考えてた……俺はGGをやり込んでる。その知識が今まで間違ってたことなんてない。だから、きっと詩葉の幸せだって駿と共にある……!)


 そう奏斗が自分に言い聞かせていると、交差点の横断歩道の信号が赤になったので詩葉と並んで止まる。いつもなら登下校中会話が絶えることはないが、今日はまだ家を出てから一度だってまともに会話していない。奏斗の隣で、詩葉はやや俯き加減で静かに佇んでいる。


 正直奏斗としては辛い。最推しキャラである詩葉にこうして悲しそうな表情をさせるのは。まして、その原因が自分にあるとわかっているから尚更だ。

 早々に謝って仲直りしたい。今まで通り笑顔で会話に花を咲かせたい。詩葉に笑顔を向けて欲しい……そんな風に次々と願望が浮かび上がってくるが、同時にこのまま自分が主要キャラの輪からフェードアウトしていくことこそが、ハッピーエンド計画においての最適解ではないかとも思う。


(どうしたもんかな……)


 両者無言のまま、妙に重たい空気が流れている。すると、そんなところへ丁度桜花と紅葉が横断歩道を渡ってきた。それに気が付いた奏斗は「おっ」と微かに声を漏らし、二人が仲良さそうに並んでいる姿を見て胸の内がじんわり温かくなるのを感じた。


「後輩君とこないなところで会うなんてなぁ~。ふふっ、おはようさん」


「桐谷先輩、おはようございます」


 柔らかな笑みを浮かべる桜花と、相変わらずきっちりした佇まいの紅葉が声を掛けてくるので、奏斗も挨拶を返しておく。


「そや、昨日はいつの間にか後輩君の姿が見えへんようにならはったから、お礼を言い忘れてもうたやないの~」


「あぁ、いや。あの場面に俺はいない方が良いだろうなぁ~と思って……それに、別にお礼なんて要りませんよ。俺は俺のやりたいことをやっただけですから」


「ふふっ、もちろん後輩君がようわからへん考え持っとって、ウチのお願いを聞いてくれたんは知ってんでぇ? そやけどな、そらそれ、こらこれや。理由がどうあれ、後輩君がウチらの仲を良うしてくれたんはほんまや」


 おおきにな、と桜花が少し照れ臭さも交えたような笑みを見せてお礼を言ってくる。そして、そんな桜花に同調するように、紅葉もキレ良く頭を下げた。


「私からも、ありがとうございました。正直最初は、どうせ姉さんの身体目当ての変態クズ野郎だと思ってましたが……」


「お前は毒を吐かずにはいられない生き物なのか?」


「ですが、先輩はきちんと私達と真剣に向き合ってくれました。ありがとうございます」


「……俺の言葉をスルーされた件は置いといて、まぁ、仲直り出来たなら良かった」


 奏斗は二人の感謝の言葉を受けて、気恥ずかしそうに視線を逃がして頬を掻いた。すると、桜花は「ところで……」と話題を変えながら奏斗の隣に先程から立っていた亜麻色の髪をセミロングまで伸ばした少女に視線を向ける。


「その子は?」


「ああ、えっと幼馴染の――」


 ――姫川詩葉です、と奏斗の言葉に続けるように名乗った詩葉が小さく頭を下げる。しかし、やけに淡々とした口調であからさまに奏斗と目を合わせようとしていないため、桜花や紅葉にも詩葉の機嫌が良くないことは一目瞭然だった。


「ウチは二年の日暮桜花。よろしゅうな~」


「私は中等部三年の日暮紅葉です。初めまして」


 詩葉と日暮姉妹との簡単な挨拶が終わった辺りで、信号が青に変わり自然な流れで四人一緒にまとまって歩き始める。ボソッと詩葉が「またカナ君が知らない間に女の子の友達増やしてる……」と呟いていたが、その声を拾えた者は誰もいない。ただ、桜花に限っては先程から詩葉の奏斗に対する不満の心の声を聞いているので、先程から苦笑いを浮かべていた。


 そして、紅葉もまたこの気まずさの原因を察していた。

 昨日の放課後奏斗を呼びに行ったときに、奏斗が詩葉やその友達と話している最中だったところを見ている。何やら大切な話をしているようだったが、奏斗は紅葉についていくことを優先したのだ。そんな奏斗の背中を見詰める詩葉の目が寂しそうに揺れていたのを、紅葉は見逃していなかったのだ。


「えっと、姫川先輩」


「えっ……な、何かな?」


 まさか直接話し掛けられるとは思っていなかった詩葉は少し驚きながらも、紅葉の話に耳を傾ける。


「その……ごめんなさい。桐谷先輩が最近忙しかったのは、私達の仲を取り戻すために協力してくれてたからでなんです。だから……」


 その先の言葉を紡ごうとしても、上手く言葉に出来ず紅葉が口ごもる。しかし、そこで桜花が助け船を出す。持ち合わせた柔和な雰囲気を活かして、クスッと笑いながら茶化すように言った。


「そやけど、ウチらの仲を良うするために自分が幼馴染みと不仲になっとったら、もともこもないわなぁ~」


「うっ……」


 奏斗はそんな桜花の言葉にぐうの音も出なくなる。すると、二人の言葉を受けた詩葉が半目で奏斗を見詰めて口を開いた。


「……本当なの? カナくん」


「え、うぅん……まぁ……」


 歯切れ悪く肯定する奏斗。詩葉はしばらくその言葉の真偽を確かめるようにジッと奏斗を見詰めたあと、「はぁ……」とため息を溢した。


「もぅ、それなら最初からそう言って欲しいよぉ……」


「ご、ごめん……」


 申し訳なさから後ろ頭を撫でる奏斗の横腹に、詩葉が優しく拳をぶつけた。そして、視線を上目遣いにして、唇を少し尖らせて呟くように尋ねる。


「……今日は、一緒に帰れる?」


 そんな詩葉の言葉や仕草に、奏斗は思わず胸の奥を跳ねさせてしまいながらも、それを悟られないように隠しながら答えた。


「ああ、もちろん」

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