第28話 助言と不吉の予兆①
「んじゃ、詩葉。先に俺んち行って茜を適当に上げといてくれ」
放課後を告げるチャイムが鳴ってしばらく。帰る準備を済ませた詩葉と合流した奏斗は、隣に並ぶ茜を親指で指しながらお願いする。詩葉はニコッと笑って答えた。
「うん、わかったよ」
「あと、お前が俺んちの合鍵持ってたことについては、あとでゆっくり説明してもらうからな?」
「え、えぇ……? べっ、別に説明するようなことは、ないんだけどなぁ?」
視線を逃がしてとぼける詩葉に、奏斗はジト目を向けて、言い逃れさせるつもりはないことをしっかりと訴えておく。そして、詩葉は茜を連れて先に階段を降りて行った。
奏斗は二人の背中を見送ったあと、カバンからスマホを取り出して画面を見る。すると、桜花からメッセージが送られてきていたので確認する。
『三階の渡り廊下辺りで待ってんで~』
そんなメッセージのあとには、何やら可愛らしく手を振っているキャラクターのスタンプがあった。
(放課後に先輩から呼び出されるこのシチュエーションって、思いのほかドキドキするな。いやまぁ、先輩のことだから別に告白とかそう言うのではないってわかってるんだけど……)
第一奏斗は桜花ルートをそこまで進めていない。シナリオのエンドにはまだ早すぎるし、奏斗もそこまで桜花の好感度を上げた覚えはない。
そんなことを考えながら、奏斗は階段を上って二年生の教室が並ぶ三階へとやって来る。
放課後になってもまだ結構生徒が残っており、廊下や教室の中で会話している様子も見られる。しかし、桜花が待っているというメッセージが送られてきた渡り廊下の辺りにはあまり人気がない。高等部の生徒は中等部の校舎へ用事はないので、当然と言えば当然ではある。
奏斗が渡り廊下に近付いていったとき、桜花の姿が見えたので声を掛けようとするが、そんな桜花を取り囲むように三人のギャルが立っていることに気付き、反射的に身を隠す。
(あの三人、確か……)
奏斗は自分の記憶の中に三人のギャルの姿があることを思い出し、スマホを取り出しながら桜花との会話に耳をそばだてる。すると――――
「――あんさぁ? ちょっと顔が良いからって調子乗るの止めてくんない? ちょーウザいんですけど」
「すんまへんなぁ。せやけど、このあと人と会う約束してるさかい、そろそろおいとまさせとぉくれやす」
詰め寄るギャルに一切気圧されることなく、桜花はにこやかな笑みを浮かべたままこの場を抜け出そうとする。しかし、三人のギャルはそうやすやすと見逃すつもりはないらしく、一人が足を踏み出そうとする桜花の前に立ち塞がった。
「いやいや。今はアタシらと話してるんだから勝手にどっか行かないで欲しいんだけど」
そして、もう一人が自分のスマホの画面を桜花に向けてニヤリと笑った。
「ってかさ、アンタこの噂知ってんのぉ? 『日暮桜花は頼めばタダでヤらせてくれるビッチ』とか『夜に公園でオジサンとシてるの見た』とかっていうやつぅ~」
「根も葉もない噂に過ぎひん。いちいち気にしてられへんよ」
「へぇ、そうなんだ~。ま、うちらが噂流したんだけどっ!」
「あはは! 何バラしてんだよ~」
「マジウケるんだけど!」
そんな事実を告げられてもなお、桜花は眉をピクリとも動かさない。相手の心が読める桜花のことだ。恐らく最初から噂を流した出所は知っていたのかもしれない。しかし、こうして奏斗が聞いている言葉以上に、恐らくギャル三人は心の中でもっと酷いことを言い散らかしているだろう。口から吐き出される言葉と心の中で飛び交う罵詈雑言。桜花は今この瞬間、そのどちらもを気取っていることだろう。そのストレスは計り知れない。
「すみません。俺桜花先輩に用事があるので、その辺で止めてもらっていいですかね?」
奏斗が桜花と三人のギャルの前に姿を現した。そんな奏斗に、ギャルは笑いながら「何コイツ~」だとか「一年じゃ~ん」とか馬鹿にするように言いながら振り返った。
「なになに~? もしかして、この女の噂聞きつけて来た感じ~?」
「だったら何ですか?」
(……って、あれ? 前にも似たようなやり取りしたことあるよな?)
奏斗は桜花と初めて直接会ったときのことを思い出しながら、そんな冗談を言って見せる。すると、ギャル三人は「え、マジ?」と少し戸惑いの色を見せていたが、その後ろで桜花は口許を押さえて笑いを堪えていた。奏斗も、このギャル三人に本気だと思われるのは嫌なので半目で「いや、冗談ですけど」と付け加えておく。
「というか、先輩が嫌がってるので本当に止めてもらっていいですかね? まぁ、止めないならコレを職員室に持っていくだけですが――」
そう言って奏斗は片手に持っていたスマホの画面をタップする。すると、先程までのギャル三人と桜花の会話――というより、ギャル三人が桜花をイジメているような内容の発言が再生される。途端にギャル達の顔が引きつった。
「てめっ――消せよっ!」
一人のギャルが焦った様子で詰め寄り腕を伸ばしてくるので、奏斗はのらりくらりと身を捩って躱す。おまけに奏斗の方が身長が高いので、腕を伸ばして高く持ち上げたスマホが取られることはなかった。
「安心してください。これ以上桜花先輩にちょっかいかけないなら、この録音を誰かに漏らしたりはしませんから」
「はぁ!? 調子乗んなよ一年! 盗聴されたってこっちが先生に言うぞ!」
奏斗はおどけたように両手を上げて驚いたような表情を作る。
「ひゃー怖い。そうなったら俺は先生達にスマホを取り上げられることになるんですかね~? この音声データが入ったスマホを」
「っ、このガキ……!」
ギャルは鋭く奏斗を睨み付けるが、何も言えない。そして、この場では奏斗をどうすることも出来ないと判断し、舌打ちだけ残して三人は消えていった。
「大丈夫ですか、先輩?」
一呼吸置いたあとに奏斗が桜花にそう尋ねると、桜花は自分の身体を何かから守るように腕で抱きながら後退る。しかし、その顔にはからかうような笑みが浮かんでいた。
「なんや。やっぱし後輩君はウチの身体が目当てやったんやなぁ? やらしいわぁ~」
「ちょ、冗談って言ったじゃないですか!」
「ふふっ」
可笑しそうに笑う桜花に、奏斗は呆れた視線を向けつつも、早速本題に入ろうと口を開く。
「えっと、先輩。それで一体どうしたんですか? 俺に何か用事でも?」
「そや。まぁ、ここでは何やし……歩きながら話そか」
そう言って桜花はついて来いと言うようにチラリと視線を向けてから歩き出すので、奏斗は首を傾げながら後に続いた――――
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