第18話 二人の少女の胸の内②

 奏斗と茜が観覧車に乗っているのと同時刻。詩葉と駿は手頃なベンチに腰掛けて、二人がトイレから帰ってくるのを待っていた、のだが…………


「うぅん……遅いっ!」


「あはは……」


 これで四度目くらいだろうか、奏斗と茜が戻ってくるのを待つ詩葉が文句を溢すのは。隣に座っている駿も苦笑いを浮かべながら、流石に長くないかと不思議に思っていた。


「二人揃って苦戦してるのかなぁ? ううん、それにしても長すぎるよね。ま、まさか……」


 スッと詩葉の瞳からハイライトが消え失せる。そして、やや俯き加減になった詩葉は怪しく口角を持ち上げながらブツブツと呟くように言葉を連ねる。


「ふ、二人ってもしかして何かこう爛れた関係だったりするのかな。皆で遊んでるときでも我慢できなくなって人気のない場所に行って密かに何かしてたりナニかしてたり……って、まさかねそんなワケないよね。あははっ、私ってば何考えてるんだろうすぐこういう風になっちゃうんだからもぅ……でも、こんなに私を悩ませるあの二人もちょっとは悪いよね。いや二人というか主にカナ君だったりカナ君だったりカナ君だったりするんだけど――」


「――ひ、姫川さん?」


「――っ!? な、何?」


 変なスイッチが入って自分の心の奥底のドロッとした世界に入り込んでしまっていた詩葉だが、駿の呼びかけで一気に意識が現実に引き戻される。そして同時に、ビックリしたように目をパチクリさせて、駿の方に向いた。


「い、いや。妙なスイッチ入ってそうだったからね、あはは……」


「あ、あぁ……ごめんね。私時々凄く不安になっちゃうときがあって……」


「主に奏斗のことになると?」


「うん、そうなの。主にカナ君のことになると――って、えぇっ!? な、何でわかったの!?」


 逆に何でわからないと思ったのかな、と駿は曖昧に笑って反応しつつ、折角二人でこうして話せる状況になっているため、ほぼ確信に近い疑問を投げかけてみる。


「姫川さんってさ、奏斗のこと好きなんだ?」


「………………」


「えっと、姫川さん?」


「…………」


 完全にフリーズしていた。まるで詩葉だけ時間の流れが停止したかのような錯覚を覚えるほど微動だにせず、見事なまでに完全停止。しかし、そんな詩葉の顔が徐々に赤みを帯びていき、遂に耳の先まで朱に染まった瞬間、こんどは高速で首と両手を横にブンブンと振り始めた。


「すっ――好きとかっ、そう言うんじゃないよっ!?」


「えぇ、別に隠さなくていいのに。というか隠せてないしね……」


「ううぅ……」


 詩葉は両手で顔を隠して背を丸くする。亜麻色の髪の隙間からチラリと見える真っ赤な耳の熱が冷めることはない。そして、しばらく呻き声を漏らしていた詩葉は、ゆっくりと頭を持ち上げてから熱くなった顔を手で扇ぐ。


「……そ、そんなにわかりやすい、かな?」


「ま、まぁね?」


「う、うそぉぉ……!」


 自分がそんなにもわかりやすく感情が表に出やすい人なのだと初めて自覚した詩葉は、どうせ知られているのなら言い逃れは出来まいと観念して、短くため息を溢す。そして、横に垂れる髪を人差し指で巻き取りながら呟く。


「もしかして、カナ君にもバレてるかな……?」


「うぅん、奏斗は気付いてないんじゃないかな」


「ほ、ほんと? それなら、まぁ、良かった……」


 詩葉はホッと胸を撫で下ろす。そして、両手の指を膝の上で絡め合わせながら、恥じらい混じりに語り始める。


「私、物心ついたときにはもうカナ君と一緒にいて、いつも一緒に遊んでてね? その頃からカナ君のことは好きだったけど、その好きって言うのは恋愛的なものじゃなくて、親しい関係の中に生まれる、それこそ家族に向ける愛情と同じものだった。はずなんだけどなぁ……」


 詩葉は目前で行き交う人々へと視線を向ける。

 同年代くらいの兄妹が母親と手を繋いで、仲良さそうに笑いながら歩いている。そして、そんな家族連れとすれ違うように、一組のカップルが腕を組みながら次のアトラクションを目指して足を進めていた。


「……いつからかな。中学……いや、小学校? ううん。その頃にはもう完全に恋してた気がする。これと言って特別な切っ掛けがあったわけじゃないんだけどね、カナ君っていつも私のことを第一に考えてくれるって言うか、ちょっと過保護だって思うこともあるけどやっぱり優しくされるのは嬉しくて、困ったらいつも助けてくれて……」


「気付いたときにはもう好きになってた、って感じかな?」


 うん、そんな感じだね――と、詩葉が照れ笑いを浮かべて頷くと、駿は少し呆れたように表情を綻ばせて「まったく、奏斗は罪深いなぁ……」と言葉を溢す。そして、そんな駿に詩葉は、自分の唇の前に人差し指を立てて言う。


「こ、このことは秘密だからねっ!? 誰にも言っちゃダメだよ!?」


「あはは、誰にも言わないよ」


「そ、それからその……」


 言って良いのだろうかどうだろうかと口をモゴモゴさせて躊躇ってから、詩葉が若干抑え気味の声を出した。


「時々で良いから、相談とか……乗ってもらって良いかな? ほら、このこと知ってるの神代君しかいないし……」


「うん、もちろん。出来る限り協力するよ」


「やたっ、ありがとう!」


「となると、目指すは打倒奏斗――かな?」


「そ、そうだね――って、えっ!? ほ、本気っ!?」


「もちろんだよ。姫川さんも、そんなに奏斗のことが好きなら付き合いたいって思ってるんでしょ?」


「ま、まぁ……うん。そうだけど……」


「なら、頑張ろうよ! 青春しなきゃ!」


「……そう、だね。うん、その通りっ! 私、頑張るよぉ~!」


 遊園地のとあるベンチにて、打倒奏斗の旗が掲げられた。その下にいるのは、主人公の少年と攻略ヒロインである。そして、ここから始まるのだ。本来シナリオに描かれすらしなかったモブ以下キャラに転生した奏斗と、GG主人公の駿と攻略ヒロインの詩葉による、激熱な互いの攻略戦が――――


 ――ピロリン♪


「あ、カナ君からだ。もぅ、返信遅いんだからぁ…………え?」


 着信音が鳴ったためスマホの画面を開いて確認した詩葉。画面に映し出されるのは奏斗からのメッセージのポップアップ。


『すまん。流れで茜と観覧車乗っちゃった。そっちも好きに遊んでてくれ。あとで合流する』

『いやぁ、正直観覧車舐めてたわ。景色凄いな。写真送っとくぞ』


 ――観覧車の円周の最高点から撮影された、それはそれは美しい夕日の風景。


「姫川さん? 奏斗から何て……ひ、姫川さん……?」


 駿の視線の先で、詩葉がスマホを両手に握り締めて小刻みに震えながら、瞳の奥に混沌を渦巻かせていた。


「あ、あはは……私もう駄目だぁ。前言撤回。カナ君は私のことを第一に考えてくれる? あはっ、どうやら私の勘違いだったみたい。カナ君にとって私より観覧車の方が優先順位上ってことだもんね、というか観覧車じゃなくて茜ちゃんかなやっぱり茜ちゃんなんだねぇ~。そりゃそうだよね、スタイル良くて髪綺麗で胸もしっかりあって私とは大違いだよね。あはは納得ぅ~。この夕日の写真もってことを伝えたいんだね。わかるよ仕方ないよねカナ君は悪くないよ全部私のせいカナ君が好きなのに今まで何のアピールもしてこなかった私が悪いんだよ――」


 と、ブツブツとまるで呪詛を吐くかのように止まることを知らず羅列し続けられる言葉は、駿の中で詩葉をヤバい奴認定させるのには充分過ぎるほどの材料であった――――














【作者からメッセージ】


 ……詩葉こっわ。


 次回、新章開幕っ!!

(新ヒロイン、出るのか? 出るのかぁあああ!?)

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