第15話 騒動の終結

 昨晩、詩葉ルートにおける最大の難関と言っても過言ではない暗殺イベントがあった。GGのシナリオとは大きくズレる展開となったものの、奏斗の奮闘により詩葉は殺されることなくイベントを終えることが出来た。


 そして――――


「もぅ、カナ君起きるの遅いよぉ……」


 早く行かないと遅刻するよぉ、と不満げに頬を膨らませる詩葉が、今日もいつも通り姫野ヶ丘学園の制服に身を包んだ姿で奏斗の家の玄関前で立って待っていた。

 奏斗は玄関の扉の鍵を閉めて、詩葉に振り返り足を進めながら疲れたように返事をする。


「しょうがないだろ昨日のこともあるし……ふわぁ~。何なら今日は学園休もうかと思ったくらいだぞ。身体中痛いし……」


 休むには充分すぎる程の理由がある。睡眠不足はともかく、貧血、裂傷、打撲等々……昨晩散々茜にボコボコにされて出来た傷は、一晩寝た程度では治らなかった。


(けどまぁ、何があるかわからん……詩葉を一人で学園に行かせたくないしな……)


 我ながら過保護だな、と奏斗は自嘲気味な笑みを浮かべる。そして、詩葉と並んで学園に向かうべく足を進めていると、十字路を曲がったところで電柱に背を預けるようにして立っている茜の姿があった。


「えっ、茜ちゃん……?」


「……お前、家こっちじゃないだろ。どうしてここに?」


 奏斗は半ば本能的に詩葉を自分の後ろに隠すように立ち、茜と対峙する。昨日のこともあり、警戒してしまうのは当然のことだ。茜もそのことは承知した上で、どこか寂しそうな笑みを浮かべながら肩を竦める。


「わかってはいたけど……そこまで警戒されると傷付くわね、奏斗」


「え、あぁ、いや……すまん……」


 奏斗もあからさまに警戒心を剥き出してしまったことに申し訳なさを感じ、どこか気まずそうに頬を掻く。詩葉も詩葉で戸惑いが隠せない様子。そんな二人の前に立って一度深く息を吸って吐いた茜が、スッと頭を下げた。突然のことに奏斗と詩葉は目を丸くする。


「昨日はごめんなさい。仕事とはいえ、私は貴方達を傷付けてしまったわ……。都合よく許されようだなんて思ってない。でも、謝罪だけしておきたかったの……だから、ごめんなさい」


 そんな茜の言葉を受けた奏斗は、チラリと詩葉に視線をやる。正直奏斗自身としては別段茜を恨んでもないし、こうして詩葉もちゃんと生きているのだから咎めるつもりもない。

 何より、GGのシナリオでは今後茜が再び詩葉を襲うことはない。イレギュラーな展開も考慮してある程度の注意はしておくべきだろうが、それでも詩葉がヴァンパイア化した際に理性を失い暴れだすようなことがなければ殺したりはしないはずだ。


 故に、奏斗は判断を詩葉に任せるべく、様子を伺っていると…………


「……茜ちゃん」


 詩葉は一歩前に出て茜の前に立つと、優しく声をかけた。茜はゆっくりと顔を持ち上げるが、罪悪感からか紫炎色の瞳が揺れていた。そんな茜に、詩葉は柔らかな笑みを浮かべて言う。


「私ね、初めて吸血鬼になったとき、凄く怖くて不安で……けど、そんな私にカナ君が大丈夫って言ってくれたんだ~。凄く嬉しかったなぁ。でも、私が危険な存在であることには変わらない。私はね、私がそんなカナ君を傷付けちゃうのが一番怖いんだ……」


 だからね――と、詩葉は茜の両手をそっと包み込むように取る。詩葉と茜の視線が互いの瞳に真っ直ぐと向けられる。


「茜ちゃんがいてくれて良かった。私を止めてくれる人がいて良かったって思ったんだ。カナ君は、ほら……過保護だから。もし私が手に終えない状態になったとしても、カナ君はきっと自分の身を削ってでもどうにかしようとする。嬉しいけど、もしそれでカナ君が死んじゃったりしたら、私は私を許せなくなっちゃう……。だから約束して?」


「約束……?」


「うん。もし私が理性を失って人を……カナ君を襲うようなことがあったら、そのときは茜ちゃんが止めて欲しいの」


「それは……異能対策秘匿特務部隊への依頼かしら」


 違うよ、と詩葉は首を横に振る。そして、茜の手を包む両手にキュッと少し力を込めて、表情を綻ばせて言う。


「友達としてのお願い、だよ」


「……っ!」


 茜は一度大きく目を見開いた。

 正直、茜は今後奏斗と詩葉の友達であり続けることを諦めていた。国防のため、仕事だから仕方ないとはいえ、二人を殺そうとした自分が変わらず友達としているのは不可能だと。

 しかし、詩葉はそんな自分を受け入れてくれた。それどころか友達として、その信頼から命を預けるとまで言っている。


 気付けば、茜は詩葉の手を握り返していた。


「ええ、わかったわ。約束する。もしそのときが来たら、私が貴女を止めてみせる。友達としてね」


「えへへ。ありがとっ!」


「ううん。私こそ……ありがとう」


 サッと吹いた春風に、亜麻色の髪と赤い髪がなびく。そして、二人の少女の顔に、パッと花を咲かせた。


 そんな二人の様子を一歩後ろから眺めていた奏斗は、フッと口許を綻ばせてズボンのポケットに片手を突っ込み、青い春空を見上げた。


(美少女同士の友情……あぁ、尊い……っ!)



◇◆◇



(――と、いかんいかん。あたかも一件落着みたいな気分になってたが、ハッピーエンド計画の方も進めないとなぁ……)


 奏斗は自分の少し前を仲良く並んで歩く詩葉と茜の後ろ姿を見ながら考える。


 本来の詩葉ルートであれば、主人公である駿がヴァンパイアとなった詩葉を守りながら茜から逃走していき、自分の血を捧げることによってイベントを締めくくることになっている。ここで大きく詩葉の好感度が上げられるチャンスだったのだが、残念ながら現状、詩葉と駿は顔見知り……まぁ友達と言えなくもない程度の関係性に留まっており、今回のイベントに駿を登場させることは出来なかった。


(引き続き他のヒロインのルートを駿に踏まれないように俺が動きつつ、何とかして詩葉と駿をくっ付けたいんだが……)


「――あっ、そうそう。今度の休みにどこか遊びに行かない? ほら、前に私、奏斗に教材運んでもらったときにお礼したいからって、そんな話してたでしょ?」


「ん? あぁ、そう言えばそうだったな」


 歩きながらこちらに振り向いてそう話を切り出す茜に、奏斗は思考を中断して顔を上げる。


「それにやっぱり、まだ昨日の夜のことは詫び足りないの。だから、何か奢らせてほしいし……ダメ、かしら?」


「え、お詫びなんて別に――」


 いやちょっと待てよ、と奏斗はそこまで言って言葉を止めた。今自分は茜のシナリオを主人公に代わって進めている状態。それなのに昨晩は詩葉を守る――まるで詩葉ルートの主人公のような立ち回りをしてしまったから、すっかり本来のGGのシナリオから大きく外れてしまってわけがわからなくなっていたが、茜が遊びに誘うこのシチュエーションは…………


(遊園地デートイベント、なのか……!?)


 本当なら二人きりの状況で誘ってくるところ、この場に詩葉がいることがイレギュラーではあるものの、これは間違いなく遊園地デートイベントへの導入だ。


(このイベント、上手く利用すれば詩葉と駿の関係を進めることもできるんじゃ……?)


 奏斗の中で、見失いかけていたハッピーエンド計画の方針が定まった。


「……いや、何でもない。茜がそう言うなら、俺は別に構わないよ」


「なら決まりね。もちろん詩葉ちゃんも一緒よ?」


「えっ、本当? ありがとう茜ちゃん!」


「ちょ、急に抱き付かないの!」


 えへへ、と甘えるような笑みを浮かべて茜に抱き付く詩葉と、それに戸惑う茜。奏斗はそんな二人の姿を微笑ましそうに見詰めながら、心の中でグッと拳を握り締めた。


(よしっ、案の定詩葉も一緒に遊ぶことになったな。これであとは駿も誘って、遊んでる最中に詩葉と二人きりになるよう状況を持ち込めば――イケる! まだハッピーエンド計画は終わってないっ!!)











【作者からメッセージ】


 これを読んでいるということは、皆さん15話分も読んでくださっているんですよね。作者は涙と鼻水が止まりません……!(か、花粉症じゃないからねっ!? ホントだからね!?)


 さて、詩葉が実はヴァンパイアだったり、茜がそれを殺しに来た刺客だったりと、なかなかに賛否両論なビックリ展開を繰り広げてしまいましたが、一応行き当たりばったりに話を書いているのではなく、こういうファンタジー要素を含むラブコメを書くというのは最初から決めていたことなので、ご安心を!


 そして、今後の予定ですが、数話程キャラの関係性を深掘りするお話を投稿したあと、新章に突入してまた新しいイベントが起きたり!? というのを書いていこうと思っています。ですので、是非今後ともお付き合いいただければなと思います!


 ではっ!

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