第41話 縁結びの炎②

 ――私っ、二日目の夜に……カナ君に告白するっ!


 林間学習校舎に併設された女子用の宿舎の一室で、詩葉は窓からキャンプファイアーを見下ろしながら、バスの中で自分の言ったことを思い出していた。


「ああは言ったけど……やっぱり、怖いよぉ……」


 確かに告白するつもりでいた。実際、先程までクラスメイトの友達と一緒に、キャンプファイアーが灯されている運動場にいたのだ。

 しかし、いざ告白のタイミングを目の前にすると、様々な不安がプレッシャーとなって伸し掛かってきた。


 告白してしまったら、もうただ仲の良い幼馴染には戻れない。

 フラれてしまったら、もう立ち直れないかもしれない。


 このまま告白せずにいれば、今まで通りの関係を保てる。好きという気持ちは心に秘めて、ずっと恋し続けて、仲の良い幼馴染でい続ける。


 一緒に登校して一緒に帰る。勉強を教えてもらったり、どこかに遊びに行ったり――それら全部がこれまで通り。


 今のこの関係を壊してしまうリスクを冒してまで、恋人にならなくても良いんじゃないか……そんな弱さが、詩葉の胸の内で渦巻いていた。


「たった一言『好き』って言うのが、こんなにも怖いことだったなんて……知らなかったよぉ……」


 そんな呟きが、誰もいない空間に虚しく響いた――――



◇◆◇



「って、詩葉はどこだ……!?」


 茜に背中を押された奏斗は、詩葉に告白するという固い決心を胸に抱いて、キャンプファイアーの周りを大きく一周走ってみた。しかし、どこにも詩葉の姿が見当たらない。


 そんなとき――――


「あれぇ~? 詩葉ちゃんどこ行ったの?」

「えっ、さっきまで一緒にいたのに……」


 二組の女子生徒――詩葉とよく行動を共にしている女子らが困ったように辺りをキョロキョロと見渡していた。


「んあぁ~もう、この大事なときにぃ~!!」

「キャンプファイアーが終わるまでに探さないとぉ!」


「悪い、ちょっといいか?」


 奏斗はその女子達の方へ駆け寄って尋ねる。すると、まさかここで奏斗の方からやって来るとは思っていなかったのか、女子らが一瞬驚いたような顔を見せるが、同時に何かを悟ったような表情を浮かべる。


「詩葉を探してるんだけど、お前らさっきまで一緒にいたのか?」


「あ、うん。そうなんだけど、気付いたらいなくなっちゃってて……」

「そうそう! それこそさっきまで一緒に桐谷君のこと探して――」

「――ちょ、馬鹿! それ言っちゃいけない奴!」

「あっ、ゴメン! つい……!」


 そんな女子のやり取りに、奏斗は首を傾げる。


(さっきまで、俺を探してた……?)


 林間学習二日目の夜のキャンプファイアー。そのときに女子が男子を探す理由。


 根拠はない。今、奏斗が詩葉に告白しようと思っているからこそ、もしかしたら詩葉もそうなのではないかという考えに至ったに過ぎない。


 しかし、もしそうなら――もし詩葉が今の奏斗と同じ立場なら、奏斗には詩葉の気持ちがわかった。


(怖い、よな……そりゃあ……!)


 告白は怖い。これまで培ってきた仲良しの幼馴染という関係を壊す行為に他ならない。失敗すれば、もう元通りにはならないだろう。


 奏斗だって今、気を緩めれば足が震えそうだった。


 そうならずにいられるのは、関係が崩れるリスクを冒してでも詩葉と特別な関係になろうとする思い、そして、バシッと背中を叩いて応援してくれた茜の後押しがあるからだ。まだじんわりと背中に感じる痛みが、奏斗に勇気を与えてくれていた。


(詩葉は優しい。こういうとき、友達に相談して心配掛けさせたりは出来ない性格だ……となると、どこかに一人でいるはず……)


 運動場はキャンプファイアーを眺める生徒で一杯だ。かといって、この時間帯に一人で山に入るなんて言うことは絶対にしない。となると、思い当たる場所はもう一つしかなかった。


(部屋だ! 詩葉の泊まってる女子用の宿舎!)


「な、なぁ。悪いけど詩葉が泊ってる部屋を見に行ってくれないか? 多分詩葉はそこにいる」


 奏斗がそう言うと、女子らが顔を見合わせる。そして、言葉なく何か思いを共有したように大きく頷いた。


「それは、私達の役目じゃないよ! 桐谷君が行かなきゃ」


「い、いや……女子用の宿舎は男子禁制で――」


「――んぁあああもう! そんなの無視よ無視! 今は皆キャンプファイアーに集中してる。先生だってそう。だから、バレないって!」


「そ、そういう問題!?」


「ほら、行ってあげて? 多分、詩葉ちゃんも君が来てくれるのを待ってるんじゃないかな? 愛しのカナ君?」


「い、愛しの……? よ、よくわからんが……わ、わかった!」


「詩葉ちゃんの部屋は――」


 ありがとう、と一言お礼を言ってから、奏斗は女子用の宿舎の方へと駆けて行った。聞いた部屋番号を忘れないように、二、三度心の中で反復して呟いておく。


 詩葉のクラスメイトらの言う通り、生徒の目はもちろん、先生らの注意もキャンプファイアーへと向いており、忍び込む奏斗の姿を捉えてはいなかった。


 しかし、念には念をということで、巡回している教師がいないか警戒しつつ、奏斗は宿舎の階段を上っていく。そして、目的の階について教えられた番号の部屋の前に立つ。


「ふぅ……」


 呼吸と精神を整えるように一度長く息を吐き出してから、ドアノブを回す。鍵は掛かっていない。ガチャリという音と共に少し重ための扉が開いた。


「誰……?」


 部屋の中から少し動揺が混ざったような声が聞こえてきた。その声の主を、奏斗が間違えるはずもない。


「俺だ。詩葉」


「えっ、カナ……君……?」


 部屋の窓際に佇む詩葉が奏斗に振り返った。


 照明が点けられていない薄暗い部屋の中で、奏斗と詩葉が向かい合う――――

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