第30話 ゲームと現実

 桜花が去ったあとも、奏斗はしばらく公園のベンチに座ったままでいた。そして、何度も頭の中で桜花に言われた言葉を反芻していた。


(……確かに俺は、ゲーム感覚だった。前世で好きだったゲームと同じ世界に転生して、詩葉の幼馴染になって……一番近くで最良のシナリオに導いてやれると思ってた……)


 そう。ゲームではそうだった。難関イベントの多い詩葉ルートにおいて、主人公の駿が親身に寄り添い手助けしながらも、共に障害に立ち向かっていくことで、次第に惹かれ合っていく。そして、ハッピーエンドを迎えた詩葉は自分の幸せを体現するかのような最高の笑顔を浮かべるのだ。


(GGでそうだったから、この世界でもそれが詩葉の幸せなんだと思った。そう、決めつけていた……)


 奏斗は詩葉の幸せを決めつけるばかりで、考えることを放棄していたのだ。こうすれば詩葉は幸せになる。こうすればきっと上手くいく。こうすれば、こうすればこうすればこうすればこうすれば――――


 奏斗にはどこかで似たような光景を見たことがあった。


(あぁ……前世の俺だ。親に言われた通り、望む通りに生きてきた。敷かれたレールの上を進むだけの人生……今度は俺が、詩葉の進む道にレールを敷いてしまってたんだな……)


 そのことに気が付いてようやく奏斗は前世の両親の気持ちがわかった気がした。


 前世の両親は恐らく本当に奏斗に幸せになって欲しかったのだろう。幸せは金で買えないとはよく言うけれど、最低限の金さえなければ幸せを掴むのが厳しいこともまた事実。だから、幸せを掴むためのスキルを出来る限り身に付けさせておきたかったのだろう。しかし、その思いが本人に伝わるとは限らないし、果たしてそれが本人が望む幸せかどうかもわからない。


(幸せなんて……本人でさえよくわからないのに、他人が勝手に決めつけて良いものじゃないよな……)


 そんな簡単なことにどうして気付かなかったんだろうな――と、奏斗はペットボトルの残りを全て喉に流し込み、自動販売機の横に置かれてあったゴミ箱に捨てた。


 そんなとき、カバンの中にしまっているスマホからメッセージの着信音が鳴った。奏斗が取り出して確認してみると、詩葉からだった。


『カナ君まだ~?』


 そんな呑気なメッセージの字面を見て、奏斗は思わず口許を緩めた。


「こりゃ、早く帰らないと拗ねるな」


 奏斗はスマホを再びカバンの中に仕舞い込み、公園を後にしようと足を踏み出す。すると、そんなところへ――――


「――あぁっ! アイツだっ! アタシらの話盗聴して脅し掛けてきた奴!」


「ん?」


 突然公園の前の歩道からそんなキンキン声が飛んできたので、奏斗が不思議そうに視線を向けると、そこには学校で桜花に詰め寄っていた三人のギャルの姿があった。そして、同じグループに他校の制服を着た柄の悪い数名の男子もいた。


「健士郎ぉ~! どうにかしてよ~!」


「あぁ、今日の放課後に何か絡まれたとか言ってたな、そういやぁ~」


 そんな健士郎らの会話を聞きながら、奏斗は三人のギャルの姿を見て納得していた。


(先輩に絡んでるときにどっかで見たことあると思ったら、やっぱりアイツの――郷田健士郎のグループの奴らだったか……)


 そんなことを考えているうちに、健士郎らが奏斗の前までやって来ていた。ギャル三人がやや後ろに隠れるように、健士郎を含めた男四人が何やらやる気満々な様子で奏斗の前に立つ。


「おい、テメェ。スマホ出せや」


 奏斗は小さくため息を溢した。


(桜花ルートで姉妹仲を取り戻したあとに待ち受ける最低最悪のエンド……それが、この郷田健士郎による寝取られだ。R18ゲームじゃないだけに直接的な描写こそなかったが、言ってしまえばレイプだ。ギャル三人の差し金で、桜花先輩はコイツに……)


 物事はシナリオ通りに運ぶ訳じゃない。このまま放っておいても、桜花は危険な目に遭わないかもしれない。しかし、既にギャル三人は桜花に目を付けているようだった。奏斗の知るバッドエンドに向かってしまってもおかしくない。


「おい、聞いてんのか一年ッ!?」


「へへっ、健士郎さん。ボコったほうが早いっしょ」

「何かこのガキ生意気だしなぁ?」

「ぎゃはっ! 今度は逆にこっちが弱味握っちゃえば良いんじゃね!?」


 そんな男達の言葉を雑音のように聞き流しながら、奏斗は心の中で呟いた。


(……これが、俺の最後の暗躍になるかな)


 これを機に、ゲーム感覚で生きるのを止める。自分もこの世界に生きる一人の人間として、周囲の人と対等に接することにする。


 けど、どうしても目の前のコイツを野放しにはしておけない。少なくとも、コイツをここで見過ごしておくことで桜花が危険な目に遭うなんてことは決してあってはならない。


(だから、これが最後――――)


「おいシカトしてんじゃ――」


 ――奏斗最後の暗躍は、一分に満たずに終わった。



◇◆◇



「わりぃ、遅くなった」


 帰宅した奏斗がそう言いながら自室の扉を開けると、既に部屋の真ん中に出された丸テーブルを挟むようにして、詩葉と茜が教材やノートを広げていた。


「んもぅ、カナ君遅いよ~! って、どうしたのその傷……?」


 不満げに膨らまされていた詩葉の頬が萎み、変わりに眉を潜めて心配そうな目を向けてくる。その視線の先は、奏斗の腕の擦り傷だった。


「ああ、いや。ちょっと転んじゃって――」


「――誰?」


「え?」


 適当に言い訳しようと思っていた奏斗だったが、やけに視線を鋭くした茜にそう問われて間抜けな声を漏らす。


「だから誰にやられたのって聞いてるの! 擦り傷の他にも打撲痕が一緒にある……ちょっと転けただけじゃそんな風にならないでしょ!?」


「お、お前の目は誤魔化せないな……」


 流石は本物の暗殺者だな……と、奏斗は苦笑いを浮かべながら降参とばかりに肩をすくめた。


「まぁ、実を言えば少し絡まれたんだ」


「ほら、やっぱり! で、どこの誰よ!? 私が殺してやるわ……!」


「ストップストップ! お前が言うと冗談じゃ済まされないからっ!」


 今まさに立ち上がろうと膝を立てていた茜を奏斗が慌てて宥める。


「この通り俺は大した怪我してないし、こうして無事に帰ってきたし、心配しないでくれ」


「……そう。それなら良いんだけど」


 茜は特にどちらが勝ったのかなんて聞いてくることはなかった。聞くまでもないからだ。こうして奏斗がこの場に立っていることが答えだし、何より武装した自分と互角に渡り合った奏斗が、そこらの有象無象に比毛を取るとは微塵も思ってないからである。


「でも、きちんと手当てしないといけないことに変わりはないよっ!」


「詩葉?」


「私、救急箱取ってくるからカナ君は大人しく待ってて!」


 そう言って詩葉は奏斗が止める間もなく、早々に部屋から出ていった。そして、聞こえないとわかっていても、奏斗は言葉にして尋ねずにはいられなかった。


「……な、なんで俺ん家の救急箱が置いてある場所知ってんの?」


 なんなら、この家に住んでいる奏斗ですら、救急箱の置場所はパッと出てこないのに…………

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