第34話 君と向き合って③
詩葉の吸血衝動を静めるために血を分けた奏斗は、しばらく詩葉のベッドの上に横たわって休憩していたが、少し頭が回るようになってきたので上体を起こす。
「あっ、カナ君もう大丈夫なの?」
「あぁ、何とか。どっかの誰かさんが遠慮なく血を持っていくから、まだ少しフラつくけどな」
「だ、だってぇ……この身体になったら、血が凄く美味しく感じるんだもん……」
流石ヴァンパイアだな……と奏斗が心の中で呟きながら見た詩葉は、まだ銀色の髪をなびかせて、深紅の瞳を爛々と輝かせていた。血を飲んで吸血衝動が緩和されたからと言って、すぐにヴァンパイア化が解けるわけではないのだ。
そんなヴァンパイア詩葉は部屋の入口の扉近くにあるスイッチで部屋の照明を点け、改めて奏斗の近くに戻ってくると、その隣に腰掛ける。そして僅かに頬を赤らめながら尋ねた。
「それで、その……カナ君、私と何か、その……したいこと? あるんでしょ?」
詩葉は奏斗が横になる前に言った『俺、お前と――』のあとに続く言葉が気になって仕方なかったのだ。真夜中に男女が一つ屋根の下と言う状況であるため、詩葉は何となく察してはいるし、何なら奏斗が休んでいる間に心の準備は済ませているが、やはりきちんと奏斗の口から聞きたいのだ。
そんな期待と恥ずかしさを胸に、上目を向ける詩葉。奏斗はそんな詩葉に真剣な顔を向けて頷いた。
「ああ、そうだ。実は俺、お前と話がしたくてさ……」
「……え?」
「え?」
急に詩葉が間抜けな声を漏らすので、奏斗は逆にハテナマークを浮かべる。
「いや、何だと思ってたんだ?」
「あ、あはは! 何でもないよっ!? そ、それで話って!?」
詩葉はあちらこちらへ視線を泳がせながら、真っ赤になった顔を手で扇ぐ。無理矢理話を逸らされた感が否めない奏斗であったが、本題を見失ってはいけないと自分に言い聞かせる。奏斗は今日ここに、ただ詩葉のヴァンパイア化の対処をしに来ただけではない。きちんと、姫川詩葉という一人の人間と向き合いに来たのだ。
奏斗は勇気を絞り出すべく、詩葉から見えないところでギュッと拳を握った。そして、一呼吸の間を置いてから、唇が震えそうになるのを何とか堪えて口を開いた。
「前にさ、詩葉にとっての幸せが何か聞いたこと、覚えてるか?」
「う、うん。覚えてるよ。何か恥ずかしいこと言っちゃったよねぇ~、あはは……」
奏斗と一緒にいられることが幸せ――詩葉はそう言った。もちろんそんなことを言われて、奏斗としても嬉しくないわけがない。しかし、詩葉のそんな思いも、奏斗がこれまでやって来たことを知れば消え失せてしまうかもしれない。
なら、最後まで隠し通すことにするか?
答えは否だ。前世の知識で、ゲーム感覚で、これまで詩葉と言うキャラクターと接してきた。そんな自分に詩葉の隣にいる資格はない。自分がどういう存在で、これまで自分が画策してきたことをきちんと話す。キャラクターを攻略するのではなく、詩葉と正面から向き合う。たとえその先にバッドエンドが待ち受けているのだとしても、奏斗にはそれを受け入れる責任があった。
「詩葉が俺と一緒にいたいって思ってくれてるって知って、正直めっちゃ嬉しかった……でも、俺には、そう思われる資格なんてないんだ……」
「カナ君……?」
「俺には前世の記憶があるんだよ――」
奏斗は話した。全てを包み隠さず。
前世でこの世界とよく似たゲームをプレイしていたこと。その知識を活かして、詩葉とゲームの主人公である駿をくっ付けようとしていたこと。駿が他のヒロインのルートに入らないように妨害していたこと。そして、今までこの世界をゲーム感覚で生きてきて、周りの人をシナリオ通りに動くキャラクターとして見てしまっていたこと。
「俺は最低な人間だ……皆の気持ちを、詩葉の気持ちをわかった気になって、全部自分の思い通りになるように行動してきた! 前世の知識がなければ何にもできないくせに、皆を助けた気になってた! 皆の生きる道に、シナリオっていうレールを敷いていた……それが俺だっ!」
気付けば奏斗は声を荒げていた。本当の自分を曝け出すほど、自分に腹が立った。
この世界のことをあらかじめ知っていたから自分を特別な人間だと思い込んでいた。何でも自分の思い通りにしようとしてきた。茜と仲良くなれたのもシナリオ通りに動いたから。駿と友達になったのも詩葉と近付けるため。桜花や紅葉を助けたのだって、間違って駿が彼女らのルートに入らないようにするためだ。
「だから……詩葉が抱いている気持ちも、俺が作り出してしまったものかもしれない。俺が勝手やったから……本来あるべき生き方を、変えてしまったんだ……!」
「そう、だったんだね……」
奏斗は全部言った。全部話した。あとは詩葉の反応を待つだけだ。ただ、結果は見えている。こんな最低なことを続けてきたんだと知って、嫌いにならないわけがない。奏斗は覚悟を決めていた。ここで詩葉にもう関わらないで欲しいと拒絶されても、奏斗はそれを受け入れるつもりだ。
「……ふっ。あはははははっ!」
「詩葉……?」
少し待つと、自分の隣から予想外の反応が返ってきた。戸惑いながら視線を向ければ、詩葉は瞳の端に浮かんだ涙を拭いながら笑っていた。
「なぁんだ、やっと納得したよぉ~!」
一通り笑い終えた詩葉が、奏斗の方に顔を向ける。
「私ね、昔からカナ君ってなぁ~んか大人っぽいっていうか、本当に同級生? って思ってたんだぁ~。でも、そっか~。前世では高校三年生だったんだね。納得だよぉ」
「い、いや……そこ!? 俺結構今まで酷いことしてきてて……それを話した今、もう嫌われてもしょうがないって思って……」
「私がカナ君を嫌う? どうして?」
「え、だって俺は、自分の都合で皆を動かそうとしてきたんだぞ? 詩葉のことだって、俺はわかった気になって、勝手に駿とくっ付けようとしてきた……」
「そんなの、多かれ少なかれ皆やってることだよ」
詩葉は珍しく真剣な表情で奏斗を真っ直ぐ見詰める。
「他の人だって行動の裏には打算があるよ。相手と仲良くなりたいから近付く。好きになって欲しいから優しくする。こうしたら相手が喜ぶからする……皆そんな風に考えてるでしょ?」
まぁでも――と詩葉は曖昧に笑って続けた。
「確かに打算が行き過ぎて、相手を無意識の内に単なるキャラクターって思っちゃってたのは良くないけどね~。けど、カナ君はそんな自分を変えようとして、こうして話してくれたんでしょ? それならもう、そのことで何かを言うことはしないよ」
「詩葉……」
「それに、カナ君は私のことを思って動いてくれてたんだよね? 何より私の幸せを――ハッピーエンドを思ってくれていた。たとえカナ君の思う私の幸せと、私が思う私の幸せが違っていたんだとしても、カナ君が私を幸せにしようと頑張ってくれていたことに変わりはないよ」
膝の上で固く握り締められていた奏斗の拳に、詩葉がそっと優しく手を添えた。そして、温かな微笑みを浮かべる詩葉の髪が、徐々にいつも通りの亜麻色を取り戻し、瞳も深紅から見慣れた灰色へと変わる。
「そんなカナ君のことを、私が嫌いになるわけないよ」
「……っ!」
奏斗は自分の視界が歪むのがわかった。胸の底から湧き上がってくる数多の感情が涙となり、溢れ出た。思わず声が漏れそうになるのを、肩を震わせて必死に堪える。そして、詩葉がそんな奏斗の背中に両手を回し、自分の胸に抱いた。
「間違えない人なんていないよ。大事なのは、間違いから何を学んで次にどう活かすかでしょ? カナ君はそれが出来る人だって私は知ってるよ。だって私は、ずっとカナ君を傍で見てきたんだから」
「う、詩葉ぁ……!!」
奏斗が詩葉の幸せのために必死になって周りの人が見えていなかった間も、詩葉はずっと奏斗を見てきていたのだ。だから、詩葉のことなら何でも知っているという気になっていた奏斗以上に、詩葉は奏斗のことを知っている。
「カナ君はよく頑張った。だから、これからは自分の幸せのために頑張って良いんだよ。カナ君が幸せなら、私も嬉しいからね~」
――それで、カナ君の幸せが私の幸せと同じだったら良いな。とは、詩葉は口にしなかった。今ここでそれを言ったら、雰囲気に背中を押されて勢い任せのようになってしまいそうだったから。自分のこの気持ちは、奏斗がこうして自分に秘密を打ち明けてくれたように、きちんと正面から伝えたい。
このあと、詩葉は奏斗の涙が枯れるまで、優しく胸に抱き締めていた――――
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