催眠術師は夢を見る ~最強超能力の生徒会長は様子がおかしいようです~
@Akamine_No_NUM
プロローグ
プロローグⅠ
プロローグ
「これからは個人の時代だ」
ルーク・エイカーは演説した。
校庭に整列する百余名の新入生を前に煌めく白の歯。
目の覚めるような金髪の下から覗く深い青の双眸。
あらゆる誉め言葉が陳腐に感じるほどに、その少年は美しかった。
「君たちは強い。一人一人が、絶大な力を持っている! この私と同じように!」
あまりにも芝居がかった口調。大げさにも見えるが目を惹きつける身振り手振り。言葉の節ごとに揺れるスーツに包まれた長い手足。日本では珍しい、自信に満ちたあり様。
演説台の上に立って腕を振る様子は、あるいは傲慢と捉えられかねないものだった。
だがしかし。
その場にいる全ての人間が知っていた。至極単純な事実として、ルーク・エイカーはこの国の頂点に君臨する存在であると。
尊大、ではなく、偉大。
それは本当に、リンゴを手放したら下に落ちるくらいの自明の理だった。
堂々たる立ち姿は傲慢どころか、
「諸君も知っての通り、二十二世紀を迎えた人類は科学とは別の革新を手に入れた」
ややトーンを下げ、ルーク・エイカーは眼下に語り掛ける。
「即ち神秘。過去に消えた筈の、失われた技術。欧州では魔術師が、中国には仙人が、米国はUMAが姿を見せた。そして我が国には超能力者育成専門の教育機関が結成された。そう――つまりはここのことだ、超能力者諸君!」
抱擁を受け入れるように軽く広げられた両腕が、真新しい紺色の制服たちを示してみせる。
「
ルークがゆっくりと人差し指を持ち上げ、薄桃の唇に触れた。
彼はおどけるようにぱちりとウィンクをする。
同姓をも魅了する、とろけるような微笑を浮かべて。
「――繰り返そう。これからは個人の時代だ。組織に属さずとも、個人は力を行使できる。それだけの技術革新があった。誰だって情報を得られる。誰であろうとも繋がれる。誰もが力を持つことができる。ここに並ぶ君たちは紛れもなく天才だが、驕れば足元をすくわれることになるだろう」
新入生のみならず、教員陣もまた真剣な面持ちで彼の演説を聞いていた。
その言葉は、他でもないルーク・エイカーが口にするからこそ説得力があった。
「新入生諸君に最後の言葉を贈ろう。私は君たちに期待する。君たちのうちの誰かが……」
ルークの眉がピクリと動いた。
微笑みを消した彼はイヤホンに手を当て、何度か頷く。彼は色のない表情で目を伏せた後、再び眼前の新入生たちに向き直った。
「すまない、諸君。晴れの席に水を差して。だがしかし、どうやらそれ以上に看過できない無粋者がこの場にはいるらしい」
ルークは先程と変わらぬ口調で語りつつ、悠然とした足取りで壇上から降り、新入生の列へと近づいてゆく。思わぬことに新入生たちの顔に緊張が走る。教員やその後ろに控える報道陣からも戸惑いの声が上がった。
彼は周囲の動揺を一切気にすることなく、ずらりと並ぶ新入生たちを値踏みするように眺める。
やがて、最前列にいた一人の女子生徒の前で脚を止めた。
「君、ちょっといいかい?」
その声に、少女の身体が硬直する。
「式の前に新入生百二十六名の顔写真を確認しておいたんだけどね。どうやら君の顔には見覚えがない。私の記憶違いだろうか?」
「……」
「それと壇上から数えてみたんだけれど、妙なことに此処には生徒が百二十七人いるらしい」
「……」
ざわ、と動揺の気配が波と広がる。
端に立つ教員たちは皆、顔を強張らせている。
もしもルークの言い分が事実なら一大事だ。ここは国家直属の超能力者育成機関。新入生の数を間違えるなど、果たして数人の首で済むかどうか。
普通ならばルークの間違いを疑う所である。しかし教員や報道陣を含め、この場にそんな者はいない。あのルーク・エイカーを疑う者など、ありはしない。
「単刀直入に問う。君は、誰だ?」
パンッ、と。風船が弾けるような乾いた音。
少女が制服の内から銃を抜き発砲したのだと警備が気づいたときには、すべてが終わっていた。静かだった会場に、二つの声が響く。
ひとつは少女の悲鳴。
ひとつは彼の高笑い。
「いや、イヤァァあああああアアッッ!?!?」
「ハ! ははははは、はーっはっはっはっはァ!」
火だった。
少女の全身を檻のように包み、立ち上がる紫の炎。異能の火柱は標的を逃がすまいとその勢いを強め、叫びながらもがく少女の五体を拘束している。
そして壇上では、ルーク・エイカーが空を見上げ哄笑していた。
遅れてあちこちで悲鳴が起き、燃える少女の周囲にいた生徒たちは一斉に距離を取った。遠くにいた生徒たちは逆に何が起きたのか見ようと詰め掛ける。
だがそれ以上に、一部始終を目にした者たちは困惑していた。
何もかもがおかしかった。
少女の前にいたはずのルークは一瞬で元の場所に戻り、引き金を引いた少女は逆に紫炎に包まれ苦悶の叫びを上げている。
「どうした、もう終わりか? これで終わりか? この私を殺すんだ。相応の覚悟があるんだろう? 値する意思があるんだろう?」
「ぐ……あああぁぁあああ、ああああああああッッ‼」
少女を見下ろすルークの唇が歪む。少女のみならず、その場にいるすべての人間を戦慄させる微笑がそこにはあった。彼は僅かに首を傾け、彼女を睥睨する。
「反超能力主義者か、あるいは大陸からの刺客か……まあ何でもいい。重要なのは君だ。今この場で意志と凶器をその手に、この私を誅さんとする君自身だ」
「……ッ!!」
その言葉に反応してか、あるいは身に残った矜持ゆえか、少女の拳が再び硬く握られる。全身を炎に嬲られながらも彼女は歯を食いしばり、地面に伏すことを拒んだ。
ルークは笑みをさらに深いものにし、両手を翼のごとく広げて見せた。
矮小な獲物を前にした烏か。
或いは生贄を見下ろす悪魔か。
「よろしい――では、戦争だ。戦争をしよう。君の望む、戦争の時間だ」
パチン、と指が鳴らされる。紫の炎は一瞬にして消え、少女の体が解放される。だが彼女の顔には、先ほどよりもさらに大きな恐怖の色があった。
ルーク・エイカー。特別能力育成第一高等学校生徒会長。
完璧超人。天下無敵。最強にして最高の超能力者。
治安維持隊や政府とのパイプを持ち、学生にあり得ざる権力を持つ新時代の寵児。
その、天才を超えた化け物の力が、解き放たれた。
「『
太陽がかき消える。空が闇に塗りつぶされる。
夜が。星無き常夜の闇が、一瞬にして訪れた。
彼の背後にある空間が、さざめきと共に揺れ始める。やがてソラに亀裂が入り、異音を立てながら罅割れていき、奥行きの無い
「――――」
眼があった。
真っ赤に充血した、百を超える眼球が少女をじっと見つめていた。
「ひっ……!!」
「両翼は天上を覆い、夜を降ろす」
「――い、嫌! 嫌、嫌ぁああああッ!!」
「我が身は貴女に跪き」
「や、やめ、私はただ!」
「頭を垂れて許しを請う」
「私は……!」
「――君は、永久に美しい」
紅が炸裂した。
空間の裂け目から赤の光が放たれ、少女の小さな体躯を吞み込んだ。
一瞬遅れて爆発音が響き渡り、その場にいる人間全ての視界が真っ白に染め上げられた。
「…………」
静寂が訪れる。
新入生たちが立ち上がり、恐る恐る目を開ける。空は青く澄み渡り、校庭には爆発の跡もなく。そこにはただ、口から泡を吹いて気絶する哀れな暗殺者だけが残されていた。
「最後の言葉だ」
壇上のルーク・エイカーがスピーチを再開する。何事もなかったかのように飄々と。
「私は君たちに期待する。君たちの内の誰かが、私を超える存在になると」
誰もが沈黙していた。だがその沈黙は、どんな言葉よりも雄弁だった。
「私は最強だ」
淡々とした口調で彼は眼下の人間たちに向けて語りかける。
「かのジュール・ヴェルヌは言った。『人が想像するすべての出来事は起こりうる現実である』と。私の能力を語るならそれが全てだ。
「「「…………」」」
不可能だ、と全員が思った。
今の光景を見て、一体誰がアレを越えようと思うだろう。蝋の翼で灼熱の天(ソラ)に挑む方がまだしも真剣に取り組む価値があるだろう。
新品の制服を土埃で汚した新入生たちは、茫然と彼を見上げていた。
彼は最強で。彼は絶対で。
完全無敵の、超能力者だった。
どうしようもなく、受け入れざるを得ない現実。言葉なくとも、全ての新入生がそれを共有していた。そんな彼らに向けて、ルーク・エイカーはとびきりの笑顔を向けて入学式を締めくくった。
「改めて、入学おめでとう。君たちの学校生活が、実りあるものになることを祈っているよ」
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