第三章 PinBall_Game -2
端的に言って国家の危機だった。
つまりは、治安維持隊の大敗北だった。
「……どうしてこうなった」
神社のような内装にされた本部玄関ホールで、初老の司令官が遠い目をしていた。もちろん恰好は制服ではなく、黒の半纏だった。
NAAと名乗ったふざけた連中は、嵐のように暴れ散らかし好き放題下挙句、リーダーらしき女が「飽きた」と言って帰っていった。
いろんな意味で泣きたくなった。
幸いと言うべきか、人的被害はほとんどない。
だが本部隊員のすべてが武装解除され、重火器はもはや存在しない。直接戦闘が可能な超能力者を除けば和傘を鈍器代わりに戦うくらいしか手はなかった。
「全滅の方がまだマシだ」
思わず呻く。
現状に理解が追い付かず、激しい頭痛を覚えた。司令官としてはあるまじきことだったが、彼を責める人間は一人もいないだろう。
「……」
背後に気配を感じ、振り返る。
見知った少年の姿に、老司令官は胃に鉛をぶち込まれたような吐き気を覚えた。
「ルーク・エイカー生徒会長」
「これは……どういう状況でしょうか、司令?」
静かな問いに全身が粟立つ。自分と倍以上歳が離れている学生に対し、かつて上司に叱責されたときのそれに似た恐怖を感じた。
ルーク・エイカーは絶対だった。
間違いようがなく、疑いようがない。
彼が本部にいたならば、あのふざけた軍団相手にも間違いなく勝利を収めていただろう。自分の率いる組織の無能に、司令官は臍をかんだ。
「許してくれ」
「はい?」
「許してください、ルーク・エイカー。このような不甲斐ないさまを……」
「……やめてください、そういうのは」
声に若干の苛立ちを感じ、口を噤む。
己への怒りに震える司令官に、ルークは溜息を吐いた。
「治安維持隊の実力は知っています。並みの能力者なら百人いても抑えられるでしょう。つまり……私に匹敵する、あるいはそれ以上の能力を持つ者が現れた」
「……」
「……で、話は戻るんですが、どういう状況なんですかこれ?」
「NAAを名乗る反社会的組織のリーダー、日光アケミの仕業です。その……何でしょう。すべてをCOOLにするとか言ってたな……」
「幻覚でも見ましたか」
「幻覚ならまだマシですよ。ヤツの能力行使により、本部はこのざまだ」
司令官が木製の大部屋に変貌したホールを指し示す。
受付が賽銭箱になっているのを見て、ルークもまた呻き声をあげた。
気持ちはよくわかった。
「襲撃犯については後回しにしましょう。頭がどうにかなってしまいそうだ。今の状況について話したいのですが……全体、どれだけのことがわかっています?」
ルークの問いに、司令官は小さく頷いた。
「君になら話してもいいでしょう。今日、治安維持隊は米軍とある取引をする予定でした」
「……、米軍と」
「ええ。ある機密書類と引き換えに……米軍が『捕獲』しUMAと認定した『生物』の身柄をこちらに引き渡すこと」
ピクリと、ルークの眉が上がる。
司令官は淡々と続けた。
「そのUMAは、人間だった。それも日本人です」
「……つまり、米軍は天然の超能力者をUMAと認定し拘束したと?」
「詳しいことは私にもわかりません。ただ日本政府は、そのUMAを保護することを決定した。引き換えにどのような書類を渡すつもりだったのかは私にも……」
「司令! 緊急事態です!」
元自動ドアの襖を蹴破り、隊員がホールに駆け込んでくる。司令官は舌打ちした。
「この状況がさらに悪化すると? 一体何の冗談――」
「米軍に引き渡す予定だった機密書類が見当たりません! ケースごとなくなっています!」
「な……、何をして――」
「何してやがるんです!?」
突然のルークの叫びに、司令はあんぐりと口を開ける。
そんな司令の様子も気にせず、ルークは隊員の着物を掴んでガクガクと揺らした。
「な、失くした!? 失くしたの!? 機密書類を!?」
「あ、あなた……は!? 生徒会長!? あの!?」
「機密の意味わかってる? 機を見て密するんだよ? つまり絶対失くしちゃダメなんだよ?」
「いや、機密ってそういう意味じゃ……」
「どーでもいいんだよそんなの! どうすんだよこの状況!」
ルーク・エイカーご乱心だった。あの完璧パーフェクトな超人が、完全に取り乱していた。
「落ち着いてください。ルーク・エイカー生徒会長」
「……え、ええ。すみません」
ルークは我に返ったように首を振り、隊員から手を放した。
「想定外のことが連続しましたから。少し、動揺してしまいました」
「いや。その、何だろうな。君にも年相応なところがあって安心したよ」
「あ、あはは……」
曖昧に笑うルークに微笑を返し、司令官は部下に向き直った。
「見当たらないとは、紛失したということか?」
無理もない。
本部が建物ごと魔改造され、誰もその全容を把握していないのが現状だ。いかに厳重に保護されていたものでも、それが部屋ごと変化しているとなれば探すのも大変だろう。
だが、部下の回答はその想像を上回るものだった。
「紛失、ではありません。盗難です。おそらくは、ですが」
「……まさか」
「日光アケミにNAAメンバーの一人がケースを渡しているのを見た、という報告が……」
二人の間に重苦しい沈黙が漂う。
日本政府は治安維持隊にすら書類の内容を明かすことなく、鍵付きのスーツケースに封入した形で治安維持隊に託した。
つまりは、自国の軍隊に明かせないほど重要な書類である、ということだ。
表立っては言えないが、それはある意味国民の命よりも重い。
最悪米軍がこの騒ぎに紛れて約束を反故にするとしても、書類を死守する必要がある。
だが、その書類を(おそらくは気分で)奪った日光アケミは、実質たった一人で治安維持隊を『壊滅』させた。現状、治安維持隊の戦力で取り返すことは不可能だ。
「私が行きましょう」
少年の声が、司令官の全身を粟立たせる。
彼はまだ高校生だ。だが、その能力は治安維持隊全軍、あるいはそれ以上に相当する。
「ヤツらの本拠地に繋がる情報はありませんか?」
「NAAのメンバーを一人拘束しています。トイレに入ってたら置いて行かれたなどと……」
「会わせてください。もう時間がない」
ルーク・エイカーの双眸が冷たく光る。先ほど見せた幼さは既に霧散し、悪魔の如き『最強』がそこにいた。
「彼らの本拠地を吐かせます。……どんな手を使ってもね」
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