第三章 PinBall_Game -3



「――という訳だ。現在ルーク・エイカーは治安維持隊本部内を捜索している」

『なるほど結構。ほぼ、手筈通りという訳だ』


 血液が踊り、コンクリートの外壁に文字を描く。カオリは血文字を横目で見ながら声を聞いているであろう男に語り掛ける。


「ああ。それはそうと悪かったな、ルーク・エイカーを騙すためとは言えアンタの部下を傷付けちまって。殺しちゃいねえから、車の近くで伸びているはずだぜ」

『構わん。彼らもルーク・エイカーの能力を測るための行動であることは了承済みだ。攻撃よりも防御術式を多く持たせている』


 道理でやたらタフだった訳だ、とカオリは倉庫裏での戦闘を思い返す。

 罠にかかったと報告されてから御影が到着するまで少し時間があった。てっきり秒で全滅するかと思っていたが、魔術師達は意外にも半数が生き残っていた。

 防御に専念すれば、あのルーク・エイカーの時間稼ぎという難行もこなせるということだろうか。


(――――本当に、そうか?)


 入学式の様子はカオリも遠くから観察していた。

 あの絶望的なまでの能力。

 悪夢をそのまま現世に呼び起こしたかのような圧倒的な力。


 魔術師の軍隊。当然強かろう。

 だがそれでも、『あの』ルーク・エイカーを相手取って、五分と立っていられる方が不思議ではないのか。

 ……いや待て。それ以前に、自分が到着した時彼は、


「ルーク・エイカーについて、少し気になることがある」


 御影カオリは現場の風景を思い出しながら慎重に口を開く。


「大尉。アンタの事前調査によると、ルーク・エイカーは一国の軍隊に匹敵する超能力者であり。各国の軍総帥にすら警戒されている最強の超能力者、ってことだったよな」


 一瞬の沈黙の後、赤い液体は壁面をするすると這い、文字を連ねた。


『――続けたまえ』


 その言葉を肯定と受け取り、カオリは言葉を繋げる。


「だが俺が現場に到着した時、ルークは治安維持隊の車を遮蔽物にして銃弾を防いでた。その時点で強襲隊の半分くらいは倒れていたが、もう半分とは交戦していた」

『…………』

「つまり、戦闘していたってことだ。あの、ルーク・エイカーが。あの調子だったなら、俺が来るまでの時間たっぷりで倒したのが半分ってのも頷ける」


 あるいは、とカオリは考える。

 あまりに楽観的かつ希望的観測であるがゆえに口には出せなかったが、つまり。

 あるいは、彼はあの時、と。


「…………」


 どうだ、とカオリは沈黙で向こう側に問う。

 しばらくして、壁の血液はゆっくりと文字を並べ始めた。


『君ひとりの観測ではまだ断定する訳にはいかないが――』


 当然のことだ、と頷く。

 指揮官ならばただ一人の、しかも観測手でもない人間の情報をアテにしたりはしない。


『少なくとも、我々が想定しているような存在ではない可能性がある、と判断しよう。そのまま継続して彼に同行し『本』の情報の獲得、可能なら現物を奪取したまえ』

「……了解」


 文字はずるりと壁を滑り、今度は側溝の中へと消えていった。

 ため息を吐き、顔にかかった髪を耳に引っかける。


 映画やドラマであったら懐から煙草でも取り出すんだろう、とカオリはなんとなく思った。生憎そういったものは嗜まないが、彼らがどうして吸いたがるのかは分かった気がした。

 頭だけ無駄に動いていて手持ち無沙汰な時、気持ちを落ち着かせるために必要なのだ。


(めんどくせえことになってんな……)


 今までの傭兵稼業では中々ないシチュエーションだ。

 潜入は幾度となくあったし、目的のために人を騙すこともあった。だが、


「――御影さん」


 肩に手がかかる。

 ビクリと体を震わせて振り返ると、ルーク・エイカーがすぐ後ろに立っていた。


「いきなり触んじゃねえよ。びっくりしたじゃねえか」

「すまない。こちらに気づかない様子だったからね。何か考え事をしてたのかい?」

「……いや。大した事じゃない」

「そうか、私はこれからここを襲撃した集団、NAAの本部に向かう」

「NAA?」

「ここを襲った反社会的組織らしい。メンバーの一人を少し脅したら場所を吐いた」


 ルークは真っすぐにカオリの目を見つめながら続ける。


「彼らは治安維持隊を襲撃して混乱させた挙句、国家に関わる重要な機密書類を盗んだ。敵が求める『本』の可能性が高い。これからそれを取り返しに行く。君にもついてきて欲しい」

「待て、オイ。それって機密情報じゃないのか」

「ああ。だから必ず取り返さなくちゃならない。君の助けが必要だ」

「……、分かった、協力しよう」

「……ありがとう」


 了承すると、ルークは嬉しそうな笑顔を浮かべて乗って来た車の方へと歩み始めた。カオリは壁から起き上がり、内心に困惑を抱えながらその後ろ姿を追った。


(……マジで変な気分だな、オイ)


 カオリはルークの隣、車の助手席に乗り込み、窓枠に肘をついた。

 あっさりと自分に機密情報を明かし、簡単に助けを求める。そんな、人懐っこい笑顔を浮かべる『最強』に困惑しつつ、同時に興味を示しつつあることを彼女は自覚していた。

 これまでにない仕事だ。おまけに状況も面倒極まりない。


(ま、それもあと少しだろ)


 自分の思考を振り払うようにカオリは心の中で嘯く。

 治安維持隊が保有するという一冊の魔導書。それをあの指揮官に届ければ今回の仕事は完了するのだから。



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