第四章 Little__Dream -3



 本部の大広間は薄暗闇に支配されていた。


 照明は悉く破壊され、光源は割れた窓から差す陽光のみ。

 と言ってもそもそも一階は窓が多く、また正面玄関の壁が殆どガラスで出来ているため、二階との吹き抜けになった広間の空間全体を把握できる程度には明るさがあった。


 NAAの襲撃と薔薇十字軍ローゼン・クルセイダーの侵攻。

 あらゆる意味で破壊され尽くしたであろうエントランスロビーを見渡し、ルークが呟く。


「誰もいない……」


 てっきり入った途端に両組織の死体が出迎えるかと身構えていたがそんなことはなく、それどころか交戦の形跡すらほぼ見られない。壊された設備などもNAAによるものだ。


「潜空艦の襲撃があった段階で、殆どの人員が上層階に割かれたんだろうな。後から挟み撃ちに来た先行部隊はこの辺を素通りしたと考えるべきだ」

「……そう、か」


 死体がないことにほっとしている自分に気づき、ルークは改めて気を引き締めた。

 この先にあるのは間違いなく戦場だ。NAAのようなふざけた民間組織との衝突とは比べ物にならない惨状が待っていることだろう。

 ルークは壁際を見回し、臨戦態勢を取っているカオリに声をかける。


「どうやって上階に行く?」

「エレベーターは使えない。密室な上、途中で切られたら終わりだ。多少遅くはなるが階段を使うしかない」

「そうか……」


「だがルーク、大広間がカラなのは良いことかも知れねえぞ」

「……どういうことだ?」

「ざっと確認しただけでもこのエントランスロビーには幾つも監視カメラがある。そうでなくても入口を吹き飛ばしたんだ。俺たちが突入したことは筒抜けのはずだぜ」


 御影の言葉にルークははっとする。


「――薔薇十字軍は、この建物を落としきっていない……?」

「その可能性は低くない。つーか、監視カメラなんて無くたって見張りを数人位配置しても良いだろ。なのに、さっきから見てもそんなのが居た形跡もない」


 つまり、


「治安維持隊は、まだ戦ってる?」

「もしそうだとすれば、挟み撃ちしている魔術師部隊の片翼を俺たちが撃破すれば、治安維持隊と合流して相手の本隊を一気に叩ける。この頑丈なビルに閉じ込められてんのは奴らも一緒なんだからな。まずは戦力削いで、交渉はそれからゆっくりしようぜ」

「……!」


 希望に目を輝かせるルークに、カオリは冷静な口調で諭す。


「期待に水を差すようで悪いが、これはあくまで希望的観測だからな」

「ああ、だけど」


 それでも、これから向かう先は絶望だけでない。ルークは突入段階で知れず揺らいでいた己を再確認し、改めて意思を固めた。

 自分は確かにある望みを目指して、走ることが出来る。


「行こう、御影さん。奴らを、今ここで確実に撃破する!!」


 ルークの言葉にカオリは頷き、大広間の正面にある大階段へと走り出した時、



「――そんなことをされては困る。私の部隊が全滅してしまうだろう」



 浪々とした声が、広い空間内に響き渡った。


「「……ッ!!」」


 ぞぐん、と駆けだそうとした二人の背筋が震える。

 声を聞いた瞬間、それが誰のものなのか、脳髄が思い出すよりも先に二人の身体は思い出していた。この戦いを始めた張本人。

 たとえ声を聞いたのが音質の悪い通信機越しのものであったとしても、はっきりと確信できる。


 力強く、年期を感じさせる低い声。

 よく通る声量は、長く多くの者を率いてきた年月を確実に伝えていた。


 二人は同時に視線を上げ、二階に顔を向ける。

 声は上から届いたものだった。また、その男が自分たちに語り掛けるなら、それは同じ高さの目線では断じてあり得ないと悟っていた。


 なぜなら、彼は『大尉』なのだから。

 この戦乱を巻き起こした部隊を従える指揮官に他ならないのだから。


「お前たち二人に勝てるような人材など、私は連れてきてないからな。というよりそんな者、この世界を探しても果たして両手に届くかどうかといった所だろう」


 こつ、こつ、こつ、こつ。

 リノリウムの床を叩く靴底の硬い音が鳴り響く。


「大尉……」


 カオリがややトーンを落とした声で彼を呼ぶ。


「御影カオリか。こうして対面するのは初めてだな」


 薄暗闇の中、ぐるりとロビーを囲む二階の吹き抜け回廊を歩む影があった。影は靴を鳴らしながらゆっくりと歩み、やがて正面の大階段へと向かってゆく。


「――そして、ルーク・エイカー。極東最強の超能力者」


 ルークとカオリは無言でその姿を目で追い、彼の大仰な登場を待った。

 声しか聞いたことのない、この馬鹿な侵攻を開始した指揮官がどんな男なのか。


 ルークは両手を握り、カオリはすぐにでも能力を発動できるよう、身構えた。かつん、と階段に差し掛かった陽光を軍靴が踏む。


「私としても、お前たちとは話がしたかった。本来なら使者でも送りたいところだが、今のお前たちにそんな者を寄越しても口を開く前に殺されかねん」


 喋りながら悠々と階段を下りる大尉。

 一段降りる毎にその全身が段々と陽の光に現わされていく。使い込まれた軍靴、年期の見える黒ズボン、羽織った海軍の分厚いコート、そして斜めに被った制帽。

 そうして海軍服に身を包んだその姿は敵ながら威厳に満ち、まさに指揮官と呼ぶに相応しい、


「よって、私自らこうして馳せ参じたという訳だ」



 ――――幼女ロリだった。


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