第四章 Little__Dream -2



 二人を乗せた自動操縦車は、本部ビルがある大通りに到達した途端、その速度を一気に上げていた。魔術師が待ち構えていようがなんだろうが、問答無用で突っ切るためだった。


 これは御影カオリの提案で、本部が攻められてルークに救難信号を出した以上、下層の方はもう攻め込まれた後だろうし突っ込んでも構わねえだろ、という理論だった。


 もしも治安維持隊員がいたらどうする、というルークの問いに関しては「俺の能力で車を強制停止させる」という戦法で渋々ながら合意した。


 かくして、治安維持隊のエンブレムにあるまじき猛スピードで公道を駆け抜ける車内で、いつでも能力を発動できる準備をしながら、カオリは隣のルークに声をかける。


「一応聞くがルーク、住民は全員避難してるよな」

「ああ。通信が回復した直後、ここ一帯に強力な封鎖命令が発令された。道の途中にあったホログラムのセキュリティゲートがそうだよ」


「俺たちが無視したアレか。治安維持隊の車で良かったな」

「それに薔薇十字軍が出現した段階で殆どの人が避難した後だったし、この辺はオフィスビルやデパートが中心の区画だからそもそも住んでいる人間が少ない」


「……なるほど」

「うん。そんなことよりだね、御影さん」


 風を切り、唸りを上げながら爆速で道を走る車両。

 元々、治安維持隊に扮した魔術師たちが強襲してきたときに遮蔽として利用していたので、大量の魔弾を受けてボロボロだった。


 更に今日ここまでずっと乗ってきたこともあり、車体は限界を超えたスピードにガタガタと嫌な音を立て始めていた。

 椅子の下から響く、どう考えても異様な振動にルークは隣の傭兵に質問を投げた。


「――これ、辿り着く前に車の方が爆発四散しない?」


 ばきん!! と異音を立てて外れかかっていたサイドミラーが吹き飛んだ。


「…………」

「えっ、何無言になってんだ!? 君の提案だろ、これ!!」

「…………」

「おい頼む何か言ってくれ! 冗談じゃないぞ、こんなところで――――」

「止めるぞ、ルーク!!!」


 問答無用の叫びだった。

 カオリの能力が発動し、車のタイヤが強制停止させられる。


 急ブレーキどころではなかった。甲高い音を立てながら車両が道を滑る。とてつもない急制動にルークは前につんのめり、頑丈なシートベルトで身体の全面を強圧された。


「いや止めるのは賛成だけど! 能力使うほどだった!? せめて事前に一言……」


 咳き込みながら文句を言うルークが隣に目をやると、御影カオリは既に車外に出ていた。

 明らかに尋常でない様子にルークも慌ててドアを開ける。


 途端にゴムの焼けた臭いが鼻をついた。

 後ろを見ると、アスファルトの地面にはくっきりと黒いブレーキ跡が残っており、車の下からも煙がもうもうと上がっていた。


「――御影!」


 ルークは車の前に出て立ち尽くす御影に駆け寄る。彼女は空を、厳密には眼前に聳える治安維持隊本部ビルの上空を見上げて呆然と立ち尽くしていた。


「嘘だろ大尉……まさか、本気でこの国に宣戦布告するつもりか!?」

「御影、一体何を――ッ!?」


 少女の視線を追ったルークは、中空に座した『それ』を見つけ、息を呑んだ。


率いたらもう言い訳できねえぞ……! いいや絶対、一線を越えている!!」

「あれは、まさか……」


 それは丁度、鯨の腹を見上げたような光景だった。

 それは大地に影を落とす、巨大な艦だった。

 それは流れる雲を切り裂いて空に鎮座する戦力そのものだった。


……!?」


 流体工学に基づいた細長い流線形。

 全長百メートルに達しようかという長大な艦影。今まで気が付かなかったことが不思議に思えるほどの巨大な姿を見上げ、ルークは戦慄の声を上げた。


「『元』はな。アレは使わなくなった潜水艦を魔術師たちが改造したものだ。正式名称は巡洋型魔導潜艦。大洋ではなく雲海の中を切り裂いて泳ぐ、空を飛ぶ潜水艦なんだよ」


 カオリの言葉に思わずぶるりと背筋を震わせるルーク。

 武装集団が都心に現れたという情報を聞いた時点で、相応の覚悟はしていた。相手がいかに国家に及ばぬ小規模であろうと、相手が火器と敵意を手にしてやってきたのであれば、これは戦争に違いないと。


 だが、


「――――」


 戦艦。そう、

 巨大なものが頭上にあるというものは、それだけである種の畏怖を人々に覚えさせる。空に横たわるその艦は、その存在規模で以て問答無用に伝えてきていた。


 これは戦争なのだ、と。


「連中、アレでこの国にやってきたんた。空間ステレス航行であらゆる目を欺いてな。あれだけのデカさだ、それくらいの設備は積んでんだろ」

「…………」

「……どうする、ルーク?」


 カオリの言葉に視線を下げると、彼女は前方に見える治安維持隊本部を見つめていた。

どうやら暴走ドライブによってかなり接近していたらしい。思っていたよりもビルの入口は目の前にあった。


「事前に展開したという部隊は囮。空から本隊で強襲し、上層に戦力を集中させたところで後から囮の部隊を攻めさせ挟み撃ちにした、って所だろう」


 カオリはルークの横顔に顔を向けた。


「はっきり言うぜ、ルーク。中がどうなってるか分からないが、どちらにせよ時間の問題だ。治安維持隊は本部だけじゃねえ。本気で奴らに対処したいなら一度引くのも選択だ」


 ……妥当な判断だ。ルークはカオリの提案を心の中で静かに反芻した。

 彼女の現状分析は多分、殆ど的を得ている。

 彼女は傭兵だ。自分には想像も出来ない戦場を走り、修羅場を潜り抜けてきた彼女がそう言うのだ。ルークのような詐欺師よりも余程冷静に物事を見て判断している。


「――いや、行こう」


 カオリの視線を受け止め、きっぱりとルークは言い切った。


「彼らがまだ全滅したとは限らない。彼らは助けを求めていた。なら、きっと……」


 御影カオリはルークの瞳をじっと見返している。彼女は力強い意思を宿した鳶色の瞳でルークを見つめ、やがて半ば諦めたような息を吐いた。


「俺は一応、中立として、交渉の仲介として来たつもりだったんだがな……アレじゃあ、お話出来る空気でもねえし――いいさ、俺もそろそろ連中が気に喰わねえと思ってたところだ。手伝ってやるよ」

「……御影」

「なに、今更だろ。どっちにしろ予定通りさ」


 カオリはにやりと口端を上げ、本部ビル入口へと向き直った。

 とん、とカオリが地面をつま先で蹴る。足元から風が起こり、異端の傭兵を包み始める。


「そんじゃあ行くぜ――おらァッ!!」


 カオリがサッカーボールを蹴り飛ばすかのように、『空』を蹴った。

 不可視の『空』が地面を削りながら治安維持隊本部へと飛んで行く。


 破壊は変わり果てた敷地ゲートを吹き飛ばし、そして頑丈なビルに激突した。

 爆薬も炎もない、無色の爆発が引き起こされる。入口はNAAによって建てられた鳥居ごと吹き飛び、大穴を開けていた。


 一直線に出来上がった道を前にルークは拳を握りしめた。


「――行こう」


 ルークの言葉にカオリは頷き、二人は並んで走り出した。


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