第五章 Welsh_Crusader -3
それは徹頭徹尾、彼の劇場だった。
荒れ狂う黒風と大量に現れ続けるルーク・エイカーの幻覚。様々な『超能力』を使って襲い掛かってくる彼の影を赤い魔弾が撃ち抜いてゆく。
少年が取った戦法はやはりというか、自分の
(また随分と絢爛な)
目の前で派手に爆ぜたルーク・エイカーを横目で流し見、大尉は思った。
本部ビルの一階ホールで戦った時の相手に絶望を与えることが目的のような幻覚ではない。優雅さと華やかさを持ち合わせた、見世物のような幻覚だ。
「……いや」
ような、ではなく実際にそうなのだろう。
地を駆け巡る炎も空を走る雷光も、彼が人生をかけて吐き続けてきた巨大な張り子舞台の演出だ。八方から迫りくる様々な色彩を魔弾で以て打ち砕いてゆく幼女の姿もまた、演者の一人に過ぎない。
「――――!」
魔弾を撃ち尽くし再装填する僅かな隙に、鋭い熱が顔の横を通り抜けた。頬を撫でると、ぬるりとした液体が肌を濡らしている。
掠めたのは弾丸だ。
発砲音もなく、弾丸も見えなかった。
「……」
幼女は肌で感じ取った僅かな弾道から射手の方向を特定し、立て続けに六発、直線軌道の魔弾を最速で発射した。赤い閃光は幻覚を蹴散らして進み、着弾・爆発して一帯の幻惑を吹き飛ばした。
一瞬晴れた幻影の中で、拳銃を片手に持つ少年が見えた。地面を転がり、間一髪で魔弾の爆発から逃れたらしい彼は一瞬こちらを見た後、また新たに現れた分身の影に逃れた。
「なるほど。音も、視界も、感覚をも誤魔化してみせるか」
大尉は感嘆しながら血液弾を補充する。
確かに魔術に長けた自分に幻覚は通用せず、魔弾のひとつで粉々に砕け散る。
だがそれでも、
しかも精々一重二重が良い所だと思っていたら、何十、下手をすれば百に近い幻覚や幻聴を駆使し、何とか一撃を与えるための隙を作ろうとしている。
五発の魔弾で視界を埋めにかかる少年の幻影や黒風を穿ち、
「流石は『本』の悪魔。強力な訳だ、なァッ!!」
最後の一発を放った直後――勢いよく振り返った大尉は左手に顕わした血の大剣を振るった。
火花が爆ぜる。
魔術で補強した剛腕と血液で構築されたサーベル。
振り向きざま、地面を掬い上げるように振り上げられた渾身の一撃は、彼の目の前に迫った治安維持隊の車両を空に跳ね飛ばした。
前面を無残に切り裂かれたスクラップは幼女を飛び越し、後方に落下して潰れ、爆発を起こす。衝撃波でも爆風でも悪魔の幻惑は消えなかった。
だが術者はそうもいかない。
「……ッ!」
幻覚の向こう側で息を呑む気配があった。
リロードの隙を狙った自動操縦車の突撃。彼にしてみれば必殺に近い手だったのかもしれない。その一瞬の狼狽の隙を見逃すほど、大尉はお人よしではなかった。
気配がした方向の上空に左手の武器を投げ上げる。
「穿ち、爆ぜよ――
右手の洋銃をゆるやかに回転する刀剣に向け、発砲する。
弾丸は真っすぐに血液のサーベルに命中し、赤色の刀身を爆裂させた。刃の姿から解放された血液は雨となって降り注ぐ。
「私の扱う術式は血液を媒介とするもの……古い魔術だが、その分効力は確かだ!」
本人の魔力が混ざった血液の雨は届く範囲全ての幻影を削り、取り払った。
残るのは車の爆発に膝をついたルーク・エイカーただ一人。
「く……ッ」
「遅い!!」
立ち上がったルークが慌てて多重の幻惑をかけて逃げ延びようとするが、幼女が構えたマスケット銃の方が早かった。容赦なく放たれた魔弾の一発が走り出そうとしたルークの背に命中し、少年の身体はアスファルトの地面に倒れ込んだ。
「――十重二十重の幻影・幻聴を駆使した立ち回りは見事だったが、いくら策を弄そうと、実際に戦うのは生身のルーク・エイカー自身。培ってきた能力の精度に対し、戦闘技術が追いついていないのがお前の致命的な……」
苦悶の声を漏らすルークに浪々と語り掛けながら歩み寄る大尉は、はたと気づく。
(観客の声が、消えてない――?)
引いた戦闘音に代わり、わあ、と色めきたった群衆の声が幅広い大通りを満たしている。
戦っている最中は聞こえなかったが、押し寄せた観客たちは皆ルークの華々しい演出――幻影に胸を躍らせ、最強の超能力者の戦闘にずっと声援を送っていたことだろう。
それは分かる。
だが、こうして無様に地を這う彼に何の栄光を見ているのか。
「……まさか、」
大尉は信じられないという顔で倒れるルークを見やった。
ぎり、と奥歯を噛み、幼女は忌々し気な表情で銃口を突き付けた。
「なんのつもりだ――見苦しいぞルーク・エイカー!」
「…………」
殺気を滲ませて吠える大尉の視線を、ルークは擦り切れた手で地面をついて見返した。その瞳には寄せ集めの誇りと劣等感と、そして大尉には解せぬ『何か』が鈍く光を放っていた。
その目は勝利者のものでなく、しかし敗者の陰は断じてなく、
「――
ぎり、と奥歯を噛み、大尉は煮えくり返った苛立ちを少年にぶつけた。
ルークは彼の咆哮を聞き、ゆっくりと身を起こした。今にも頽れそうな身体を叱咤して膝を上げ、少年は目の前の軍人に顔を向けた。
「……『ルーク・エイカー』は、僕が始めた嘘だ。小さな夢から始まった、分不相応の誉れ。本来得るべきでない栄光」
ルークが張っていた幻影は二種類あった。
ひとつは大尉と戦うために繰り出していた様々な分身や騙すための幻聴。
そしてもう一つは――観客に向けた、『ルーク・エイカーと大尉の戦闘』だった。
前者は戦場に範囲を限定し、後者は大通り全体に広くフィルターとして設定した。
だから大尉が戦場の幻覚を消そうとも、未だ観客からは演出たっぷりの華々しい『最強』と魔術師の殺陣を見ることが出来る。
「きっと、僕が背負うにはあまりにも大きすぎる。敵が多い道のりだった。失敗ばかりで……どうしようもないことも、たくさんあった。お前たちを止められなかったのもそうだ。何度も潰れそうになったけど……でも。僕が一番守りたいモノだけは、絶対に。僕の友達。僕を思ってくれる人たち。僕が見せた夢だけは。だから……僕は……」
立ち上がる。
それは最強でなく、絶対でなく。
どこにでもいるような、どこにもいない一般人だった。
「……なるほど。ならば確かにお前はこの国の英雄だろうよ。極東最強でも、まして超能力者でもないにも関わらず、それでも私の前に立つなら、それは勇士に違いない」
激高した表情から一転、歴戦の魔術師は落ち着いた様子でそう口にし、マスケット銃に血液弾を装填させた。すると、何かに気づいたように彼は口端を上げた。
「そしてルーク・エイカー。お前には友がいると言ったが――どうやら随分と物騒な輩と仲良くなったらしいな」
大尉は素早く振り返り、六発の魔弾を扇状に発射する。六発中、五発はそのまま空を切り、
「……ッ!!」
中央右の一発のみが悔しそうな気配と共に弾かれる。
幻覚が解除される。現れた姿に幼女はコートを舞い上げて突貫し、左手に出現させたサーベルを振り下ろした。乾いた金属音が鳴る。
「――初めまして、お嬢さん」
「……どうも」
赤い刃を盾で受け止めているのは赤眼白髪の少女、露藤ハルだった。奇襲が失敗した彼女は盾を振り上げてサーベルを弾き、一度後方に下がる。
「マーキュリーから話は聞いている。長い白髪をもつ強力な超能力者がいると」
「それはどうも。こっちは『大尉』がこんなに小さな子供だとは思わなかったよ。どうして私が後ろに居ることバレたの?」
「何、いつまで経っても能力を再発動させないルーク・エイカーが気になってな。逆に考えたよ。『既に発動している』とな。まさかこんなに近づかれてるとは思わなかったぞ」
ひゅん、と左手のサーベルを払い、幼女は悠然と目の前の超能力者に相対してみせる。
強い、と白髪の少女は思った。
魔術だの何だの以前に、そも個人としての戦闘能力が非常に高い。特殊戦闘員として日夜活動してきた露藤ハルよりも一、二枚は上手だ。
(――だけど、)
「ハル!!」
呼び声があった。瞬間、露藤ハルは目の前の幼女に向けて走り出した。両手で持った盾を『転移転生』で刀に変形させて小さい体躯に向けて振り下ろす。
大尉は銃を構えようと右手を上げ、直後に後ろに飛び退いた。
「ちっ……」
刀を地面に振り下ろした七人の少女の姿を見て、彼は舌打ちをする。
ちらりと後ろに視線をやってみても、既にルーク・エイカーの姿は無かった。ついでに白髪の少女の姿も消えている。
バチバチバチ! という電光の演出を伴って軍服幼女の周囲に複数のルーク・エイカーと露藤ハルの分身が現れた。
否、もう本当に分身なのかは分からなくなったのだ。
「…………」
これは厄介になった、と大尉は思った。
今までルーク・エイカーの幻影が脅威で無かったのは、ルーク・エイカー自身に戦闘能力がまるで無いからだ。だからいくら豪勢な分身を出されようとただの目くらましにしかならなかった。
だが露藤ハルの参戦によって、その能力の脅威は一気に跳ね上がった。
分身の内、どれが本物か。それとも姿を消す幻覚でその後ろに隠れているか。或いはルーク・エイカーの幻影を纏っているか。
悪魔の幻惑。
聴覚も視覚も感覚も誤魔化せる、ルーク・エイカーの能力。一人では役に立たないそれは、仲間の到来によって戦場におけるジョーカーと化した。
一気に不利な状況に追い込まれた幼女は、
「――フ」
それでいてなお、笑みを浮かべた。
(成程、これが超能力者。一人の怨念より始まった、次の世代か!)
軍服を纏った幼女は青く光る長い紺色の髪を翻す。左手のサーベルで幻影たちを両断し、右手のマスケットで魔弾を放ち、誇り高き一人の魔術師は再び、高らかに宣言する。
「良いだろう! 私を打ち倒してみるがいい、超能力者たちよ! 極東に生きる
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