第五章 Welsh_Crusader -2
「――やあ」
本部ビル前の大きな瓦礫に座った大尉は、気さくに手を軽く上げてみせた。
夕陽に浮かぶ明るい青の双眸。
涼やかな風に揺れる紺の長髪。
全身を固く覆う海軍服。
そして、とても戦場に立つのに相応しくない幼い体貌。だがそれでいてなお、部隊の指揮官であることを文句なく伝えてくる風格を彼は確かに持っていた。
雷撃の余韻、という設定だった。
全身に電光の幻覚を纏わせたルークはゆっくりと彼の方に歩み寄り、十数メートルの距離で立ち止まった。大尉は年寄りのような動作で腰を上げる。彼は視線の先に立つルークを見やり、沈黙を破った。
彼は遥か頭上、治安維持隊本部の屋上を指さす。
「見ての通りだ、ルーク・エイカー。例の少女は我々が確保している。『本』を引き渡せば大人しく彼女を解放しよう」
「…………」
「元々そういう手筈だったのだろう? 米軍が我々に、治安維持隊が君に代わった。ただそれだけのことだ」
「……、もし」
ルークは大尉からふと目を逸らし、口を開いた。どこか遠い過去を振り返るような面持ちで、少年はゆっくりと喋り始めた。
「――もしもこんな状況じゃなかったら、私は取引に応じていたかもしれない。たとえ貴方が『本』を使って何をしようと、彼女を救う為に『本』を渡していたかもしれない」
「……ほう」
遠まわしな拒絶に、軍服幼女は口端を上げる。硬い軍服に覆われた細い腕を腰に当て、前に立つ民衆の代表に向けて問いかける。
「では、なぜ戦う。最強の超能力者よ。今お前がそこに立つ所以は、一体どこにある」
「取るに足らない理由ですよ。きっと貴方の野望と比べれば、遥かに。どこにでもある、この戦いと被害にとても見合わない、自分勝手なものだ。それでも――」
ルークは顔を上げ、目の前にいる敵を真っすぐに見据える。
偽りの能力を発動させる。おおよそ一切の力が通じない相手に、それでも戦いを挑む。
「ここで
轟、と少年を中心に吹き荒れた黒い嵐が二人の周囲に展開される。
闇の欠片で構成された雷雲は高速で渦を巻き、幾つもの紫電を走らせていた。夕刻の地上に発生した黒い渦に、戦場を囲む群衆は歓声と恐怖の悲鳴にざわめいた。
「ルーク・エイカーの能力だ!」「初めて見る……これが……」「凄い力だ! こんな遠くからでも伝わってくる!」「でもちょっと怖い……」「何言ってんだ、こんなすげえ力なら相手も簡単に倒せるよ!」「行け、最強の超能力者!!」「ルーク・エイカー!!」
古びたマスケット銃を取り出し、大尉は周囲を見回した。
「紫電の雷撃と黒い風……趣向を変えたな、生徒会長。まあ、あんな化け物を出したら確かに見栄えがよろしくないが」
紺の長髪が青白く発光し、銃身に血液の弾丸――ザミエルの魔弾が装填される。
彼にはこの劇場の舞台裏が全て見えている。辺りを囲む嵐が偽物であることも、ルークが最強でないことも。
銃が構えられ、六発の赤弾が回転を始める。
軍服姿の幼女は己を睨む少年に相対し、心底楽しそうな、まるで旧友に再会した時のような笑みを浮かべ、銃口を向けた。
「さあ来い、ルーク・エイカー!! 詐欺師の力がどこまで通用するか、ただの愚者でない事をこの私に証明してみせろ!!」
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