第五章 Welsh_Crusader -4



 そして。

 その戦場を一人、空から俯瞰する者があった。


 治安維持隊本部ビルの屋上に腰かけ、頬杖を付いて見下ろす少女。


「さーて、どうすっかなー……」


 異端の傭兵、御影カオリだった。

 第一高校の制服にパーカーを着た彼女は空間を歪ませてレンズにすることにより、数十メートル下の光景を目の前に映していた。


 そこにはサーベルを振るい、血液の魔弾を駆使して超能力者と戦う大尉と、幻影を多重しかけているであろうルークと、金属の武器を変形させながら振るう少女がいた。


「二対一で、更には魔術で砕かなきゃ判別できない無尽蔵の幻影……よくまともに戦えるな。化け物か、あの大尉は」


 しかも乱入したあの白髪の少女。

 第一高校の制服を着た彼女は金属を武器に変形させる超能力者のようだが、動きがとてもただの高校生のものではない。戦い方からして相当な実戦経験の持ち主だ。


「すげえな。あの二人に協力されたら俺でも苦戦しそうだってのに。まあ負けることはねえが。思ってたより倍強いな、大尉殿は。なあ――お前らもそう思うだろ?」


 カオリは後ろに向けて声を放つ。


「――おい、テメエらの大将を褒めてんだぞ。部下なら何かあるだろうが」


 異端の傭兵は屋上を振り返る。

 ヘリポートも兼ねた広い屋上には、今や大量の魔術師たちが倒れる死屍累々の惨状が展開されていた。数にして二十人近い武装した兵士たちが一人の猛威によってコンクリートの床に這いつくばらされている。


 カオリは隣を向き、十字架に張り付けられた少女を見上げる。


「悪ィなお姫さん。個人的にはアンタを助けたいところだが、そう簡単には行かなくてね」


 と、屋上の隅で立ち上がる気配がした。

「ハァ、ハァ……貴様、御影カオリッ!!」

「アンタは確か、レナード少尉か。そんな責めるみたいな目で睨まれても困るぜ。裏切ったことはもう指揮官から聞いていただろ?」

「……おおおおおおおぉッ!!!」


 もはや魔術もへったくれもなくナイフを抜いて突撃してきた青年を、カオリは指の一振りで屋上の床に叩きつける。


 屋上の縁から立ち上がり、カオリは気絶した青年の腰を探って通信機を奪い取った。

 カオリは再び屋上の端に戻り、通信機を操作する。


「さてと――よう、大尉。聞こえるかい?」




 火花が散る。

 砕かれた幻影のうしろから身を低く、敢えて小さく作った細身のナイフを突き出した少女の一撃を、深紅の刀身がその腹で受け止めた。


 サーベルで防いだ幼女は苦し気に笑い、刃を防がれた少女は怒気に顔を歪ませる。


「ははッ、今のは危なかったぞ小娘!」

「マリを、返せッ!!」

「そうはいかんな!!」


 吠えた少女の脳天に肩越しに構えられたマスケット銃が向けられる。


 弾丸が発射されると同時に、ハルは左手に持っていた金属塊とナイフを合わせて変形させ、広い盾を作る。魔弾が軌道を変える余地を残すまいと前に踏み出し、六発全てを発射直後に受け止める。


 赤弾が爆裂する。

 腕が割れんばかりの衝撃が伝わり、盾が弾き飛ばされる。すかさず突き出されたサーベルの切っ先を横に跳んで回避する。


「……ッ!」


 チャンスだ、とハルは思った。

 魔弾は六発撃ち尽くし、サーベルを振った後で隙もある。


 空中に浮いた鉄板にハルは腕を伸ばす。

 ルークが幻影を発動してくれていることを信じ、歪んだ盾に『転移転生』を使用。長大な柄を持つ戦棍メイスへと変化させ、持ち手部分を伸ばした手に届かせる。


「はぁあっ……!!」


 重い先端に引っ張られそうになる身体を踏ん張り、ハルは満身の力を込めて紺色の髪に乗っている制帽めがけて鉄塊を叩きつけた。


 避けられても構わなかった。

 隙を突き続ければいつか致命的な一撃を与えることが出来る。


 ごきん!! という鈍い音がした。


「な……」


 少し離れた場所に立つルークは、その光景を見て息を呑んだ。

 戦棍メイスを振り下ろした露藤ハルもまた、驚愕に目を見開いている。


「避けて、ない――」


 渾身の力で振り下ろされた鉄の武器を、大尉は避けなかった。頭蓋を砕いてもおかしくない一撃を受け止めた大尉は命中した戦棍メイスの持ち主を潰れた制帽の下からぎろりと睨んだ。

 呆気に取られた少女は、銃口が向いているのに一瞬気が付かなかった。


「――朱の魔弾Freikugel!」


 螺旋を描き、六つの魔弾が飛翔する。

 少女は不覚に唇を噛んで飛び退き、ルークは慌てて幻影を作る。しかし避け切れず、二発の魔弾が露藤ハルの利き腕に命中した。


「ハルっ!!」

「来るな馬鹿! 幻影の後ろに隠れて……!」


 地面に倒れた少女に、ルークが駆け寄る。仰向けから瞬時に起き上がるハルだったが、腕を抑える顔は苦悶の色をみせている。

 大尉は、と二人が顔を上げた。


「…………」


 ぱさり、と海軍の制帽が落ちた。


 紺色の前髪の隙間から一筋、血が涙のように顔を伝う。やはりあの一撃を受けて無傷なはずは無かった。いくら魔術で強化していようと、本来は避けて然るべきだった。


 しかし、その代償に彼はハルの利き腕を穿った。

 爛々と光る白青の両眼に、ルークはぞくりと背を震わせた。


「どうして――」


 その鬼気迫る立ち姿に、ルークは場違いにも問いかけたくなった。

 どうしてそうまでするのか。


 小さな身体に乗り換え、巨大な潜空艦と部隊を率い、首都に攻め入り、治安維持隊本部を陥落させてまでなぜ、と。疑問の言葉が喉まで出かかった時。


『――よう、大尉。聞こえるかい?』


 大尉の腰に付いた通信機から、少女の声が響き渡った。


「御影……!?」


 ルークは驚いて声を出す。戦場にこんな荒っぽい口調で通信する者など一人しかいない。


「御影、カオリか……」


 頭から流血する大尉はやや弱くなった声を返す。戦棍によるダメージは防げても、脳が揺れれるのまでは防げなかったらしい。よく見ると身体も少しふらついている。


『本部ビルの屋上に涼みに行ったら、アンタのとこのレナード君が歓迎してくれてよ。小隊規模で出迎えてくれたもんだから、全員床に寝かせた。後は磔になった姫さんだけだぜ』

「――!」

「御影……っ!」


 屋上を制圧した、という言葉にぱっと顔を明るくさせる露藤ハル。特にルークは、御影がそこまでしてくれたという事実に涙ぐみそうになった。


「……なるほど。やってくれたな、異端の傭兵。それで? なぜ少女を解放せずにいるのだ。嫌がらせのつもりか?」

『俺はな、大尉。別にこの国がどうなろうが、知ったこっちゃねえんだよ』


 通信越しに御影カオリはさらりと言った。


『だからな、大尉。俺は正直、アンタに付いても良いと思っている』

「……!」


 カオリの言葉にさっと青ざめるルーク。たしかに、彼女は屋上を制圧しただけで、味方に付くなど一言も言っていない。


『そこでアンタにひとつ、訊きたいことがある。単刀直入に訊くぜ――大尉、アンタはなぜそこまでして本を求める?』


 放たれたカオリの言葉に、ルークは内心の焦燥も忘れて大尉の顔に目を向けた。それは、先ほど自分が思わず質問しようとしたことだ。

 血を流す幼女は静かに佇み、そしておもむろにルークの方へと顔を向けた。


「な、なんだ……!」

「……ルーク・エイカー。お前は、あの本を如何なるものと認識している?」


 静かながら力を持った低い声での問いは、まるで長年教えてきた歴戦の教師のもののようだった。反射的に身を固くしたルークはごくりと唾を呑んでから答える。


「……悪魔と、契約できる本だ。もしくは、悪魔が封じられていた書……」

「半分は正解だ。だが、その程度ならその辺の魔導書でも変わらん。この国で使うのは不可能だろうがな。例えばルーク・エイカー。お前は、自分の悪魔の名前を知っているか?」


 思わぬ質問にルークは少し考え、素直に喋ることにした。


「――、いや、知らない」

。私も知らん。お前の悪魔は幻しか作れないが、それでもかなり強力なものだ。そんな悪魔なら名無しなどありえん。つまり――お前は誰も知らない、強力であっても表舞台に出てこなかった無名の悪魔と契約したのだ」


 淡々と語る大尉。人々の歓声も遠く、三人は彼の話に耳を傾けた。


「基本的に人間は名の知れた悪魔としか契約が出来ん。そもそもとして召喚できないからだ。喚べたとして低級の使い魔が良い所だろう。そもそもお前は魔術師ですらない。なのに、どうして力を持った悪魔と契約できたのか? それは『本』が悪魔を喚ぶ書だからではない」


 幼女はルークを指さす。


「お前が手に入れた『本』……

「え――――」

『……!』


 ルークは困惑し、カオリは通信越しに歯を噛み締め、ハルは黙りこくった。


「悪魔の世界だけではない。その『本』には複数の世界を繋げる『窓』としての能力がある。例えそれが、でも、だ」


 三者三様の反応をよそに、大尉は語り続ける。


「この国の魔術は、一度死んだ。あらゆる霊地は源泉との繋がりを物理的に断たれ、もはや魔導の気配は姿を消した。だが島の深淵に眠る魔力の泉、源泉はまだ死んではいない……! 『本』を使い、大深と地上を繋げれば、この島を再び神秘満ちる大霊地へと戻すことが出来る!!」


 大尉は双眸を燃やし、彼の極東に咆哮する。


「私は失われし聖地を奪還する!! 歪み生まれた時代を破壊し、新たな時代をここに顕わす!! それが我ら薔薇十字軍ローゼン・クルセイダーの進む道だ!!」


 しん、と沈黙が下りた。

 ルークもハルも喋らなかった。なぜならこの先の事態を決定するのは、ただ一人なのだから。


『そうか……』


 御影カオリは言葉を切る。

 ドンッッ!!! と轟音が響き、地面が揺れた。天から大通りに何かが落下した衝撃によるものだった。大尉は後ろで起きた爆発に、ゆっくりと振り返る。


 もうもうと上がる粉塵を切り裂き、少女の影が現れる。


「――それなら俺はアンタの敵だ、大尉」


 異端の傭兵、御影カオリははっきりと、そう宣言した。

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