第五章 Welsh_Crusader -5
幼い少女の姿をした男は、彼女の宣言を聞いても驚くことなく微笑を返していた。
それは諦観のようでもあり、また仄かに寂寞感を含んだような表情でもあった。
ルークは御影の立ち姿に感涙しそうになるのをぐっとこらえ、幼女の後ろ姿に声をかける。
「終わりだ、大尉! 人質が居なくなった今、お前に勝ち目はない!」
「……、見くびられたものだな。あの少女はただの餌に過ぎない。私がお前たち三人を相手して敗北すると、そう思っているのか?」
「いいや、僕たちはお前に勝利する必要なんてない」
「なんだと……?」
首を振って否定するルークに大尉が目を細める。直後、腰の通信機から声が入った。
『大尉殿! 首都に多数の治安維持隊の軍団が入ったとの報告が来ました! 北部と西、二方面から高速接近中!! 北方向の軍はあと数十分でそちらに到着します!!』
「なに……!?」
「
露藤ハルが鮮血を腕から滴らせながら立ち上がる。彼女は左手に金属を呼び寄せ、盾を構築する。戦えずとも時間稼ぎ位は出来ると、そういう意思の表れだった。
「どうする、大尉。俺は傭兵だ。小綺麗な戦いよりも汚ねえ時間稼ぎの方が経験は多いぜ」
「――――なるほど、時間稼ぎか」
堪えるような笑い声が幼女の口元から漏れた。追い詰められているはずの大尉は、歯を剥き出しにした今までに無い凶暴な笑みを見せる。
「マーキュリー!!」
『は、はッ!!』
大尉は腰の通信機をひっ掴み、部下の一人に通信をかける。
「もはや後はない! 人質はおらず、あと半刻と待たず超能力者の軍勢が押し寄せる! だが我らは勝たねばならない! 勝利無くば死の覚悟で貴官らは船に乗った! この国に聖地を取り戻すまで、魔術の時代を作るまで――
『はッ!! その通りであります、
「我々に退路は不要――であるならば、奴らに
「は……!?」
「大尉、何を――」
幼女は手袋に包まれた小さな手を天にかざす。
囲む三人はその先の空を仰ぎ、彼の発言の意味を全て察した。雲を切り裂き、天に横たわる巨大な武力。今まで忘れていたのが不思議になるほどの長大な影。
「第二魔導巡洋型潜空艦クロムウェル、再起動!!」
ヴゥン、と。遥かな空からでも聞こえる、巨大な起動音。やがてゆっくりと、砲台が狙いを定めるかのように戦空艦は回転し始めた。その挙動を見上げ、御影カオリは呟いた。
「オイ、まさか……」
「そもそも、なぜ私が一人で交渉に臨んだと思う? 必ず戦闘になるテーブルに、指揮官一人で席についたと思う? 私がこの事態を予見していないとでも思ったか!!」
高らかに吼える幼女に、通信機から焦った声が聞こえる。
『な、なりません大尉殿!! あの艦には、あの艦には貴方の元の――』
「構わん!! 元よりこの戦いが終われば炉にくべる予定だった残骸よ!! どうせザミエルの七発目の魔弾を身代わりに受けまくってボロボロだ!」
『大尉……』
「あの艦は私一人で動かせる! 残存兵員は全て議事堂前に集結しているはずだ! 文字通り特大の弾丸をくれてやる! それを合図に攻め落とせ!!」
「――大尉ッッッ!!!」
音が弾けた。
地面を蹴った御影カオリが加速した拳を振り下ろし、それを大尉が強化した左手で受け止めた音だった。
「悪足掻きだ!! こんな時間稼ぎに、一体何の意味がある!!」
「悪足掻き! 果たしてそうかな!? ここで君たちを打ち負かせば、『本』を手に入れることなど造作もない!
「……ッ!」
図星を突かれたカオリは怒気に顔を歪め、防がれた拳に更なる圧力をかけた。ミシミシと左腕が軋むのを自覚しつつ大尉は笑みを浮かべたまま、右手のマスケットを傭兵の額に突き付けた。
「く――」
「御影!」
殆どゼロ距離の魔弾を間一髪で避けたカオリは、声をかけてきたルークに叫び返す。
「こいつは俺がなんとかする! お前らはあの潜空艦を止めろ!!」
「止めろって……」
ルークは上空を見上げる。
巨大な艦は今まさに、重い音を立てて空を滑り出している所だった。
大きすぎて目視だと実感できないが、あれはもう既に相当な加速が付いている。それにあの巨体では途中で破壊しても破片が周囲に落ちるだけで甚大な被害が出る。
「くそっ!! ハル! 彼女を援護してくれ!」
「分かった……!」
ルークは能力を発動し、分身を幾つか寄越した後、ポケットから通信機を取り出した。
(頼む……誰でも良いから出てくれ……!)
それは治安維持隊のもので、偶然拾ったものだった。
傷だらけの通信デバイスに一縷の望みを賭け、ルークは全体通信をかける。増援はあと数十分で到着するとのことだが、議事堂はここから十分も無い距離だ。とても間に合わない。
誰か、誰でも良いから通信機の近くに超能力者が居れば――――
「お願いだ、頼む……ッ!!」
『……………………あぃ』
「ッ!! つ、通じた!! おい! こっちの声が聞こえるか!!??」
『…………ぅあーぃ……聞こえてやすよー……日光アケミちゃんでぇー……す』
ルークは膝から崩れ落ちた。
なぜ、なぜよりにもよってお前なのか。
通信が繋がったこと自体奇跡だと言うのに。まるで福引で一等を引き当てたのに景品がポケットティッシュだったかのような落差だった。
『くぅーる……』
しかも何やらとんでもなく落ち込んでいる様子である。
話に聞いていた狂人・騒音・奇天烈ぶりは一体どこへ行ったのやら、聞いているだけで体温が下がりそうだった。
『へへへ……あっしはどうせ駄目なんでさぁ……。いや、こんなことになるなんて思わなかったんですよう……楽しい事がしたかっただけなんですぅ……本当なんですぅ――……』
いや、とルークは思い直す。
あの巨大な戦空艦を止めるのは実力のある超能力者でも難しい。ならば、超能力者を超えたデタラメなら、せめて可能性はあるのではないだろうか。
「日光アケミ!! 君は今、どこにいる!?」
『ふぇえ……? なんかよく分からん、神殿みたいな建物の前……の車……?』
間違いない、公理議事堂だ。
ルークは僅かな希望を託すべく通信機を掴み直す。
「聞いてくれ日光アケミ!! 今、君の目の前にある政府中枢に巨大な潜水艦が墜落しようとしている!! 落ちればこの国は終わる! それを止めることは出来るか!!!」
『むり。くーるが足りないんだもん……』
「……ッ、君の目的は、この国をCOOLにすること、だったな」
『そだよ。でももうムリだもん。出来ないもん』
「……、良いのか?」
『なにがよ』
「潜水艦を止めなければ、この島は魔術一色に染められる――先を越されても良いのか?」
『……ふぅん?』
通信機の向こうで、何かが変わる気配がした。
『――――それはCOOLじゃないな』
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