第五章 Welsh_Crusader -6
野次馬が大通り周辺に集まる中、それに反するようにひっそりと人気なく静まった場所があった。
この国の中枢が集合する場所。
公理議事堂前である。
その誰もが見たことがある建物の前に、彼らは集結していた。
「中尉……その、良いのでしょうか……指揮官を一人戦場に置いて我らがこんなところで……」
「その指揮官の命だ。始めからプランにあったものだ。それに、ここも紛れもなく戦場だ」
部下の発言に粛々と返すマーキュリー。
だが心境は彼とて同じだった。前線指揮官であれど小隊くらいは率いるものだ。予備の鉈を担いだ彼は目を瞑り、背後の兵士たちを振り返る。
「総員、聞け! 我らはこれより議事堂及び官邸周辺に身を隠す!
「「「了解!!」」」
マーキュリーは頷く。
ここに集った者は己も含め、全員が虚のような親の屍を見送った者達だ。大尉が居なければ野垂れ死にしていた者も多い。必ずや恩返しをしなくてはならない。
「マ、マーキュリー中尉!! 議事堂に……議事堂の上に誰かいます!!」
部隊員の一人が声を上げた。
「なに……!?」
全員が一斉に神殿じみた建造物の頂点を見上げる。
一体どうやって登ったのか。
そこには吹く風に半纏を靡かせ、腕組みをして仁王立ちする狂人の姿があった。夕刻を背景になお燃える深紅の髪に、五芒星を宿す琥珀の瞳を持つ女。
「はっはっは!! COOLの申し子アケミちゃんisバック!! 溶鉱炉は最高だったぜ!」
呆気に取られる魔術師たちの視線の先で、日光アケミは今まさに唸りを上げて議事堂に墜落しようとしている巨大な潜水艦を見上げる。
「ぬ、ぬぅ! 思ったよりもデカいな!! だがしかぁあし、この日光アケミ! 期間限定の正義のミカタ!! COOLに議事堂が潰れるならいざ知らず、斯様なCOOLならざる鉄塊に、COOL JAPANの未来が潰えるのは見過ごせぬ!!」
「な、何をしようとしているのだ、あの女……!」
着弾まであと数秒足らず。巨大な体に豪風を纏わせ迫る空の船に、日光アケミは手をかざす。
「祭りに
100mに届く巨大な弾丸を波紋が包んでゆく。それは現実と夢の狭間、忘れられた夏の帰り道をひたすらに走る彼女にのみ許された蛍火の輝き。
瞬間。
議事堂の空に、COOLが弾け飛んだ。
◇
夕焼け空に、巨大な花火が上がる。
鉄塊が全てを砕く破壊音は無く、祭りの余韻のような蒼風のみが、離れた戦場にまで届いた。
『――戦空艦クロムウェル、大破・消失しました……!』
「……ッッ!!」
『更にクロムウェルを破壊した謎の女が本隊と戦闘を開始! クロムウェルを止めた謎の能力によって、こちらが押され気味になっています……!!』
部下からの報告に幼女の思考に空白が生じる。動きが止まった一瞬の隙を逃さず、御影カオリの拳が大尉の肩に突き刺さった。
「ぐッ、う……ッ!!」
回転しながら飛ばされた大尉は空中で体勢を整えて着地する。幻覚の向こう側で、ルーク・エイカーが喜びの声を発する。
「日光アケミ――本当に、本当にやってくれたのか……」
「日光、アケミだと……治安維持隊本部を骨抜きにした女か! なぜ奴がクロムウェルを……お前たちとは敵対関係も良い所だろうが!!」
「それでも彼女はやった! 関係よりも優先するべきもののために!」
御影カオリが目の前で拳を構える。
幼女は咄嗟にマスケットを突き付け、魔弾を放つ。赤い弾道は傭兵の額に命中し――彼女の幻影を破壊した。
焦って誘発されたミスに顔を歪めた大尉は直後、破壊された幻覚の足元に隠れるようにしゃがんでいた気配に気付いた。
幻影の破片の中から現れたルーク・エイカーは、幼女の顔に手を伸ばす。
「――そういう時代に、きっと変わったんだ」
少年の手のひらがアイアンクローのように幼女の顔を掴む。なぜ彼が、と困惑したゼロ秒後、大尉は
「しまっ――――」
「『
一瞬にして視界が真暗に包まれる。
平衡感覚は失われ、音はハウリングし、感覚が暴走している。ぐらりと地面が傾くような錯覚の中、幼女は己の不覚を悟った。
非接触で見せられる幻覚でさえ、魔術で破壊しなければならなかったのだ。
もし直接接触すればどうなるかなど火を見るより明らかだった。
魔術は繋がりがネックだと言ったのは誰だったか。
彼の能力を軽視するあまり、その本質を見逃していたのだ。
「…………」
だが。
その致命的な失敗よりもなお、強く彼の心中を焦がす衝動があった。
(時代――時代が、変わっただと……!?)
幼女はルーク・エイカーの言葉を思い出す。
変わった?
時代がか?
歪みから生まれたこの極東の時代が、変わったと?
ふざけるな。
一体何が変わったのか。
誰が変えた。
何を変えた。
否、否だ。一人の妄執によって捻じれた時代を埋葬するのは、他ならぬ
紺色の髪が青白く燃え上がる。
最初は床に引きずる程伸びた魔力の証も、もはや腰に届かない程度になっている。残存魔力ももう僅か。
だが構わない。
この身を炉にくべようと、指先が届けば、それで。
「――――――――」
「離れろルーク!!」
完全催眠を直接当て、勝利を確信したルークに御影が背後から声をかける。空間を蹴って加速した彼女はルークの襟首を掴み、強引に大尉から引き離した。
「げほっ、何をするんだ御影……」
「いいから! 来るぞ!!」
喉が締まって文句を口にしたルークは、珍しく焦燥しているカオリの叫びを聞いて口を閉じた。催眠にあてられて体勢を崩した大尉は顔を上げ、何も見えないはずの双眸を輝かせる。
「――
小さな口が呟いた瞬間、戦場は赤色に染まった。
「なんだ、これは!?」
ルークは周囲を見回して驚愕に喘ぐ。戦場を囲むように展開されていたルークの黒い嵐。その更に外側から、大通り全てを包み込む暴風雨がドーム状に吹き荒れている。
「これ、全部血液か……!?」
「ルーク!!」
カオリが体中を叩く赤い霧を見て戦慄の言葉を口にすると同時に、背後から盾を持った露藤ハルが飛び出し、二人の前に立ちはだかる。
硬い鉄板に魔弾が轟音を立てて突き刺さり、三人は盾ごと後方に後退させられた。
「くッ……」
「まさか……血液の霧で一帯を包んで、把握してるっていうのか!?」
片腕一本で盾を支えたハルを助け起こしながら、ルークは赤い視界の先で立ち上がった幼女の姿に、悲鳴を上げた。隣の御影カオリが忌々しそうな顔で呟く。
「どうやらそうらしい。まずいな……このまま規模が大きくなれば観客も死ぬぞ」
ルークは赤色の嵐、その中心地を見つめた。
『彼』の姿はもはや見えない。
だが、彼は倒れなかった。
ルークの幻覚を直接喰らったというのに、彼は踏み止まった。
「…………」
「ルーク」
「…………御影。数分で良い。時間を稼いでくれ。それからハル、まだ動ける?」
「――、分かった」
「勿論……でも、何をするつもり?」
二人の問いに、ルークは目を細めた。
「僕に、考えがある」
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