エピローグ -2
「アナタたちの負けだ。公理評議会」
『…………』
生徒会室。
ルーク・エイカーの通信相手は、彼の問いかけに沈黙を返す。
ルークは人差し指で机を叩きながら淡々と言った。
「あの『魔導書』の存在を知っているのは、私と、あの事件の『解決』に関わったアナタだけだ。つまり、『魔導書』の情報を米軍に流したのは公理評議会で――」
『口を慎みたまえルーク・エイカー。政府機関を疑うのか?』
「疑わざるをえないのが現状です」
ウィンドウの男が睨みつけてくるのに、ルークは柔和な笑みを返した。
「まだ子供だった私に、貴方は接触した。私は『魔導書』の存在を貴方に明かしました。貴方は私に、『魔導書』を大切に保管するよう告げた。思えばおかしな話です。『最強』の片鱗を見せていたとはいえ、子供である私に重要書類を任せるなど、ありえない話だ。貴方は本の内容さえ確認しなかった。……悪魔が怖かったんだ」
当時は自分が頼られているのだと錯覚した。
既に子供にはあまりにも大きすぎる責任を負っていた少年には、正常な判断を下すだけの余裕がなかった。
そして『魔導書』の存在は、多忙な日々で忘却に沈んだ。
だが。
過ちを乗り越えた以上は、元凶だろうと利用する。
「貴方はあの本を切り札として温存した。それも、公的には存在しないと偽れる形で」
『ナンセンスな話だ』
「そうでしょうか? 米軍は私に接触してきましたが……それより先に、評議会と接触していたのでしょう。あわよくば私にすべての責任を押し付ける気でいた」
『評議会がそのようなリスクを負う理由がないだろう』
「大ありでしょう。露藤姉妹への人体実験。それを主導したのは、評議会なのだから」
今度こそ、評議員の顔色が変わった。
時間をかけて『最強』の地位を築き上げ、その過程であらゆる責任を背負い込み。見たくないもの、目を瞑っていたかったものに向き合わされた。
裏社会の暗部を、これでもかと見せつけられた。
そしてその闇に対抗するには、ハリボテの『最強』であろうと保ち続けるしかなく。
数多の『事件』を解決するには、あまりにも無力だった。
「米軍が私を脅したのではなく、米軍が評議会を脅していた。露藤マリの存在は超能力発現人体実験の証拠となりかねない。露藤ハルを有する治安維持隊が政治的カードを手にしてしまうかもしれない。だから貴方は、情報を米軍に漏らした。違いますか?」
『何か証拠でもあるのかね?』
「敵の拠点だった飛行船――潜空艦でしたか。は、木っ端みじんになりましたが生徒会を動員してそれなりの量の資料を回収させることができました。楽な仕事でしたよ。誰かさんのせいで、治安維持隊は機能不全に陥ってましたから。あ、中身は私しか知りませんから安心してください」
『でたらめだな』
「しかるべき場所に提出してもいいんですよ? それと、私が『魔導書』を手にしていることをお忘れなく。どこかに渡ったらまずいでしょう?」
『…………』
窒息しそうなほど重苦しい沈黙の中、ルーク・エイカーは口の端を持ち上げる。
悪魔のような笑みを浮かべる少年に対し、議員は諦めのため息を吐いた。
『……要求を言え』
「日光アケミとヴィクトリア・ヴァンピレス・サキュバーの両名を賊討伐の功労で無罪とし、第一高校に編入。
『……グレーゾーンの協力者を自陣に加えて戦力増強。自分に都合の悪い情報はすべて秘匿したうえで、『魔導書』等は切り札として持ち続ける、か。随分と『大人』になったな、ルーク・エイカー! だが覚えておけ。お前の独裁は子供のやり方の延長、いつか必ず限界が――』
通信を切断した。
ルークの表情が消える。
両手で顔を覆い、深々とため息を吐いた。彼以外人気のない、ガランとした生徒会室は、無駄に広く思えた。再びの呼び出し音が鳴り響く。ルークはのろのろと顔を上げ……そこに表示された見覚えのある番号に、知れず顔を綻ばせた。
「やあハル。どうした?」
『歓迎会の準備ができた』
「ああ。もうそんな時間か」
『ねえ、カケル』
「ん?」
『僕は……』
ハルはしばしの間迷うように目を泳がせていた。やがて彼女は肩の力を抜くと、ウィンドウ越しにルークのことをまっすぐに見つめてきた。
『僕はさ。いろいろと間違えたり、後悔したりもして。いつでも、前を向けるわけじゃない。それでも……みんなで笑ってられるのは、幸せだと思うんだ』
「――何だいきなり」
『別に。ちょっと思っただけ。ヴィクトリアさんにも優しくしてあげて。話すといい人だし、一応、恩人だし。アケミさんは……よくわからないけど』
「ま、話してみればそうだろうなあ」
『もう一つだけ。……後悔してる?』
その端的な質問は、大きな重みを持って、少年の臓腑に落ちた。
そっと目を瞑る。
成功と過失。その両方を考える。
「わからないよ。僕はただ、必死だった」
『……そう』
「でも、一つ、確信を持って言えることがある。……君たちに会えてよかった」
心からの言葉だった。
気がついた時には、口にしていた。
今なら、『嘘』に向き合えるかもしれないと。
根拠もなく、そう思えた。
「僕からも話したいことがたくさんある。けど……ひとまずは、歓迎会だ。事件解決の功労者として迎え入れる特待生たちに、挨拶しないとね」
皆が、集まっていた。
飲み物の入ったグラスを持った彼らはそれぞれの面持ち、それぞれの態度でこちらのことを待っていた。
彼らはバラバラで。
偶然同じ場所に集い。
それぞれの意志を持って争い。
自分勝手に、世界を引っ掻き回した。
それは『個』の在り様。
この時代を自然に生きるものたちの足跡。
だけど。
もしも、何かの気まぐれでその足跡が重なることがあるのなら。
それが生み出すキセキは、確かにある。
それはきっと、目に見えず、感知も出来ず、触れずとも壊れてしまうような、繊細なもので。
何よりも、代えがたい
グラスを掲げる。
得たものは、この手にある。
相原カケルは、心からの笑みを向けた。
「乾杯だ。諸君」
the End.
催眠術師は夢を見る ~最強超能力の生徒会長は様子がおかしいようです~ @Akamine_No_NUM
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