エピローグ -1



『一人では、成し遂げられないことだった』


 事件から数日後。

 ズラリと並ぶ報道陣の前で、ルーク・エイカーは演説していた。


 見る者に不安を感じさせないように。

 感情を隠した笑みを浮かべて。

 唯一無二の『最強』として、語りかける。


『魔術師たちによる未曾有のテロ。大戦以降では最大規模の戦いがそこにはあった。多くの被害が出たが……治安維持隊、そして市民皆さんの協力により、事態は解決を見た』


 ホログラムウィンドウに映るルークの姿は、いつも通り自信に満ち満ちていた。誰もが確信してい

ることだろう。彼の力により、敵は打倒されたのだと。


「ま、九割は正しいわよねぇ」


 第一高校の廊下を歩きながら、ヴィクトリアはあくびを浮かべる。ウィンドウでニュースを見ながら歩く異形の怪物に、すれ違う生徒たちはぎょっと目を見開いた。


「この会見の裏でも色々政治的な動きがあったんでしょうけど。米軍の件は同盟破綻につながりかねないし、いろいろと隠蔽するんでしょうねぇ。……ま、アタシには関係ありません」


 ウィンドウを消去する。

 ふと前へ目を向けると、着物姿の女が教員に食って掛かっているのが見えた。


「だ・か・ら! まず手始めにこの学校をCOOLにするのが私の使命! ルーク・エイカーからの許可も取ってあるのだよ!!」

「そのエイカーさんが止めるよう言ってるんですよ。まったく……」


 初老の教員はヴィクトリアの姿を確認すると、にこやかに言った。


「ヴィクトリアさんですね? このお方を預かっていただけませんか?」

「えぇ。いいわよぉ」

『変人』の扱いに慣れているなと、自分のことを完全に棚に上げながらヴィクトリアはアケミの首根っこを掴んだ。


 アケミは「あう」と猫のように吊り上げられる。ヴィクトリアは教員に軽く会釈し、アケミと並んで歩いていった。


「うぅ……ここからアケミのCOOLな計画が始まる予定だったのに!!」

「しばらくは目立たないようにした方がいいわよん? ルーク・エイカーはアタシたち『人間』を庇護するつもりのようだけど、それにも限界があるでしょうし。その、NAAでしたっけ? アナタが率いていた団体も崩壊して、味方はもういないのよねん?」


「みんな、私のこと嫌いだったんだぁ!!」

「嫌いと言いますか、利用していただけといいますか……」


 ウィンドウを消去する。彼女にとって、政治は眺めるものであり、参加するものではない。

 彼女はあくまで傍観者。

『化け物』共の中でもがきあがくのは、もう飽きてしまっていた。


「そういえばアケミたち、どうして学校に連れてこられたワケ?」

「パーティ会場がここだからですわ。それに、ルーク・エイカーの本拠地ですから」

「え? あいつ教員なの?」

「……まだ生徒です」


「マジで!? 大人だと思ってた!!」

「大人は協力関係にあったというだけで、アタシたち『人間』を守ろうとはしませんわ。清濁併せ持ちながら、自身の目的を第一とする。……もう少し、子供でいてもいいと思うんですが」




「ルーク・エイカーのおかげで、すべて解決ってか。テロリストはうち滅ぼされた。事態を知る人間が少ないのを良いことに英国も米国もトンズラ。あの騒乱の責任はすべて大尉殿に押しつけられた。まったく、美しい結末だなあ、オイ」

「……何が言いたいの?」


 第一高校校舎の最北端。

 ルーク・エイカーのプライベートルーム。


 机に紙皿やコップを並べながら、露藤ハルはやや眉をひそめた。彼女の足元には、真新しいワンピースを着たマリがひしとしがみついていた。

 対する御影カオリは、ソファにふんぞり返り、口の端を持ち上げる。


「別に。言葉通りの意味だ。実際、アイツはよくやったと思うぜ? 手に届く範囲の知人を守るだけでも、精一杯になるのが普通だ。おまけに戦後の後始末まで任されている。」

「でも、なんか嫌味っぽい言い方じゃなかった? だいたい君、敵側の人間だったんだよね? どうしてここにいるわけ?」


「戦争を通じて固い絆が結ばれたのさ」

「…………そう」

「何だ? 俺がアイツの本名を教えられたことが、そんなに気に入らねえのか?」


 皿を並べる少女の手が、ピタリと止まる。

 カオリはクスクスと肩を揺らしながら笑うと、ソファから立ち上がった。


「心配するな。お前は相原の幼馴染なんだろ? テメエらの友情が壊れるなんて、万に一つもありえねえさ。仲良くしていこうぜ? なあ」

「……君の態度次第だと思うけど」

「そうかい。じゃ、よりよい関係を築くために、一つ質問したいことがあるんだが」


 ハルのすぐ目の前まで近づき、マリの頭を軽く撫でながら、御影カオリは目を細めた。


「お前さ。そんなに、いいヤツなわけ?」

「は?」

「ルーク・エイカーにとってお前は聖域と言っていい。だがヤツは、お前が治安維持隊の特殊部隊に所属してることを知ってんのか、オイ?」


「認知はしてる」

「相談はしなかったってか」

「……力が欲しかった。守られてばかりは、嫌だったから」

「あっそ。それじゃ、もう一つ。アイツのトラウマの件だが――」


 ハルの眦が、ナイフよりも鋭く尖る。

 カオリは反射的に両手を上げて、


「おいおいおい……やっぱ覚えてんだろ、お前?」

「彼、君にそんなことまで話したの?」


 沈黙が流れる。

 氷のように冷たい眼差しが、カオリに突き刺さる。カオリは思わず唾を飲み込み、能力仕様まで検討し――


【…………】


 二人の服の裾を、マリがぎゅっと掴んでいた。

 マリはいつも通り無言のまま、二人を見上げている。カオリは肩を竦めた。


「悪かったな。他人の領域ウソに踏み込みたくなる、俺の悪いクセだ」

「……他言無用」

「まあ、いいけどよ」

「それと、もう一つ。カケルはもう、僕に謝ってる」


 あんぐりと口を開ける傭兵を放って、姉妹は仲良くパーティの準備を進めていく。

 カオリは苦笑を浮かべ、ゆっくりと首を横に振った。


「なるほど。こりゃあ、俺の負けだな」

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