第二章 Boston_Tea_Party -5
一斉掃射だった。
ドガガガガガガガガガガガガガ!! と、ルークが後ろに飛び込んだ車体に大量の銃弾、いや魔弾が雨と突き刺さる。
襲撃者たちからすればここが正念場である。理由は分からないが大量のルーク・エイカーは消え去り、夜も惨劇もなくなっている。
「うぉおおお! 弾幕を絶やすな、弾が無くなっても魔弾を撃ち続けろ!! 体内魔力が無くなるまで撃ちまくれぇええ!!」
「二陣を構成しろ! 後衛は貫通術式弾を装填する! 前衛はそれまで撃ち続けろ!!」
「「「了解!!」」」
圧倒的効率と役割分担を一瞬でこなす魔術師達。
いま彼らの間には、かつてないほど強い絆の灯が輝いていた。ハリウッド映画化上映全米涙待ったなしの連携っぷりである。
「仲間っていいなあ、うん……」
その様子を車越しに聞いていたルークは遠い眼をしてうんうんと頷く。
さしもの強化車両も集中射撃は堪えるらしく、段々と装甲が飛ばされていくのが見えていた。
「僕も……もっと友達が欲しかったな……」
先ほどまでドラム並みのビートを刻んでいた心音はなりを潜め、不安と恐怖に荒れ狂っていた心は冷たい湖面のように凪いでいる。
人間の精神は死を前にするとこれほどまで穏やかなものになるのか、とルークはひとり感心した。山の修行僧が死ぬ寸前まで己を追い込むのも頷ける。人という生き物は
そうして至ってみれば、世界はこんなにも美しく。
絶え間なく背中から響く銃撃音も、もはや小雨のように静やかで――
「貫通弾、撃てッ!!」
ッドンッッ!!
「っぎゃあああああっ!!??」
轟音と共に衝撃が走り、車体が横にスリップする。
前のめりに転んだルークが銀の車両を振り返ると、自分が背を付けていたすぐ横に巨大な穴が開いているのが見えた。
「穴を開けたぞ!! 次は炸裂術式を組め! 車体ごと奴を吹き飛ばす!!」
「相手は動いていない、落ち着いて魔弾を構築しろ!!」
位置がバレている以上、幻影を出したところで意味はない。
やはりこの状況を自分でどうにかするなど土台無理な話だったのだ。相手をやっつけてついでに情報をゲットしよう、なんて色気を出さず、ルーク・エイカーの威厳なんて捨てて素直に逃げていれば良かった。
「…………ハル」
ルークは最期に一人の少女を思い浮かべる。
白髪で、大雑把で、いつも自分を気にかけていた彼女。最後に話したのはなんだったか、もう少し彼女の言うことを聞くべきだった。
「炸裂弾、構築完了!!」
「よし、撃てぇぇえっ!!」
魔術師たちがボロボロになった車体に向けてライフルを構える。
地面に伏すルーク・エイカーが死を悟った瞬間、
「――ぉぉぉおぉおおおおおおおお、ッらぁぁああああああッッッ!!!!」
旋風があった。高い空からまっすぐに、雄叫びが降った。
「ッ!?」
炸裂魔導弾を放とうとしていた魔術師達は頭上を仰ぎ、降り注ぐ陽の光に目を眩ませた。
燦々と輝く陽光を背に、『彼女』は空を切り裂いて地上に着弾した。
「――ッはぁあっっ!!!」
倉庫裏、地面を均すために敷かれたコンクリートがまるで薄氷を砕くかのように破壊され、空中に巻き上げられる。
魔術師達は衝撃波に吹き飛び、ルークの隠れる自動車も空中に飛ばされ、倉庫の壁に激突した。
「ハ、第一高校の校庭を再現しようと思ったが、これだけの勢い付けてもうまくいかねえな。ありゃやっぱ規格外のエネルギーだったってコトか」
もうもうと辺りに充満していた粉塵が、破壊痕を中心に一気に晴れる。
「よ、生徒会長。加勢に来たぜ」
クレーターの中心に立った少女はポケットに手を突っ込み黒髪をなびかせ、少し離れた所で立ち上がったルークに顔を向けた。
「流石はルーク・エイカー。これだけの衝撃波を起こしてノーダメージとはな」
言われ、ルークは盾にしていた車が目の前に無い事に気が付いた。どうやら運よく身代わりになって衝撃波を受けてくれようだ。
「き、貴様……!!」
「ん?」
背後から聞こえてきた、絞りだしたような声に少女は意外そうに眉を上げて振り返った。
「なんだ、まだ意識があったのか。……意外と丈夫じゃねえか」
凹んだフェンスの下で、よろよろとライフルを手に立ち上がろうとする襲撃者たちの姿があった。
少女が起こした衝撃波に巻き込まれたが、フェンスに激突して止まったらしい。相当な勢いで飛ばされたようで、頑丈な治安維持隊の装備もあちこち欠けている。
傷だらけになった身体を引きずり、魔術師はライフルの砲身を淡く光らせる。ルークは隠れていて全く気が付かなかったが、やはり彼らはライフルに魔術の類を行使しているようだ。
「貴様、タダでは済まないぞ……!」
「ハ、誰に向かって口効いてんだ、オイ」
向けられた殺意に対し、嘲りを返す少女。
「く……撃てッ!!」
苦しさを滲ませた号令に合わせ、銃口が火を噴く。立ち上がれるほどの気力が残った魔術師は僅か三人。手にしたライフルに残弾は殆どなく、彼らの魔力もほぼ底をついている。
それでも人ひとりを殺すには十二分の火力。だが、
「――――」
音を超えて接近する魔弾に少女は口端を上げ、ぱちんと指を鳴らす。
「……!」
次の瞬間、眼前で起こった現象にルークは目を見開いた。
銃弾が、円を描いていた。
迫った弾丸は全て少女に当たる前にその弾道を変え、まるで衛星軌道上に乗ったかのように彼女の周囲を高速で廻り始めた。
どんなに撃とうと変わらない。銃弾は全て当たることなく、衛星の仲間入りを果たすだけだった。
やがてなけなしの弾丸も魔力も尽き、魔術師達は地面に膝を付いた。
「もう終わりか? これで終わりか? ならば、俺の方から終わらせてやろう」
ひゅんひゅんと周囲を回転する数十の銃弾を携え、少女は余裕そうな様子で彼らに語りかける。その後ろ姿に、ルークは思わず見惚れていた。
黒くたなびく長い髪。
弾丸で出来た何重もの光の環。
自身の能力に一切の不安と疑問を抱かず、胸を張って襲撃者に対面する立ち姿。
「それじゃ、仕舞いだ」
腕が振るわれる。
軌道上にあった弾丸は一斉に整列し、そして一直線に元の持ち主へと放たれた。弾丸は彼らの足元へ着弾し、地面をえぐり、爆発する。
「があああああああっ!!」「ぐわああぁっ!!」
悲鳴を上げ、今度こそ魔術師達は動かなくなった。
「ま、これくらいにしといてやるよ」
少女はそう呟き、横たわる彼らにくるりと背を向けた。
ルークは呆然とこちらを向いた少女を見つめる。
(……本物だ)
戦場にあって損なわれぬ堂々たる立ち振る舞い。全ての態度や仕草から滲み出る、圧倒的な余裕。そしてそれに見合うだけの確かな実力。
彼女こそが本物。
この少女こそ、まさしく『超能力者』だった。
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