第二章 Boston_Tea_Party -4



 治安維持隊がCOOLな地獄に吞まれつつあった頃。


「う、撃て! 撃て撃て、撃ちまくれ!!」「クソッ、なんで弾丸が当たらない! 簡易式とは言え魔弾だぞ!!」「あ、あああああ、腕が、俺の腕がああああ!!」

「ま、また増えたぞ! 畜生、結界術式でもねえ、投射魔術でもねえ!! なんなんだよこれはああああああああああああッッ!!!」


 郊外の工場倉庫裏では、また別の地獄が展開されていた。


『ははははははははははは、どうした、まだ私は立っているぞ!』『私を倒すのだろう、私を殺すのだろう』『大義があるのだろう、泥中を這うに足る理由があるのだろう!』『本とやらのため、お前たちは死力を尽くさねばならないのではないのか!!』


 反響する声と声。

 空を暗く包む影の帳。

 いずこから落ちてくる泥は次々と形を持ち始め、何人ものルーク・エイカーへと変化してゆく。


 もはやどれが本体なのかも分からない。いくら目の前の標的を撃ち抜こうが切り裂こうが、次の瞬間には既に新たな分身が現れている。

 治安維持隊の恰好をした襲撃者たちは完全に錯乱状態に陥っていた。


「た、助け、ひ、ひぃいいいあああああああ――――ッッ!!!」

「おい! くそっ、くそぉおおおおおおッ!!!」


 仲間の一人に何人ものルーク・エイカーが群がっているのをただ見る事しかできず、魔術師の男は魔弾を目の前に迫る人型の泥へと放つ。顔を吹き飛ばされてなお、ルーク・エイカーは声を発する。


『君たちは何者だ?』『どうやって防壁を突破した』『なぜ本を求める、なぜこの国を襲撃する』

『その装備を身に着けていた、本来の持ち主は今どうしている!』


「駄目だ、も、もう……」


 既に半数はやられてしまった。

 迫るルーク・エイカーの軍団を捌き切れず、囲まれてしまい、そのまま触手のようにのたうつ黒い蔦に締め上げられる。

 殺さないのは慈悲ではなく、捕虜として生かし、拷問によって情報を吐かせるために違いない。


 哄笑するルーク・エイカーの軍勢。その影は既に数十を超えている。


「畜生、なんでこんなゆっくり殺しに来てんだよ……! こんなことが出来るなら、俺たちを即死させるくらい、訳ねえだろうが……ッ!!」


 そう、悲痛に叫ぶ兵士の声に。


(それが出来ないから頑張ってんだけどね……)

 車体の後ろにしゃがんで隠れるルークは遠い眼をしながら心の中で返答した。


 どんなに幻覚を見せようが、いつまで経っても被害を受けなければおかしいと勘づかれてしまう。そのため、車内で襲われた時のように何かで殴るかして気絶させる必要があった。

 しかし、


「――ひっ!」


 そろそろと車の影から顔を出した瞬間、すぐ目の前の地面に流れ弾が命中する。思わず漏らしてしまった声に慌てて口を手で抑える。


「ぐわあああああっ!! やめろ、やめろおおおおっ!!」

「もう予備弾薬がねえ! 畜生!!」

(ふぅ……)


 ……あの銃弾飛び交う中を、どうやって殴りに行けというのか。

 額に浮いた汗をぬぐうルーク。先ほどからこんなことばかりで背中は冷や汗でびっしょりだった。戦場カメラマンやリポーターはこんな環境を潜り抜けているのか。


 銀色の車体に寄りかかり、息を整える。

 幸い、車は彼らが乗って来た分も含めて三台あり、遮蔽物として利用すればそこそこ移動が可能だ。幻覚で位置を誘導し、近くで倒れた襲撃者の後頭部めがけてコンクリート片でも投げれば非力なルークでも倒すことが出来る。安全かつ確実。実にロジカルかつ合理的かつ理にかなった作戦だ。


 ……地道すぎるという欠点を除けば、ではあるが。


『愚かなる襲撃者たちよ』『哀れなる魔術師たちよ』

『なぜ私を襲撃した』『目的はなんだ』


 そのためこうして合間合間で質問を並べて時間を稼いでいるのだが、


(流石に時間がかかり過ぎてるな……)


 八人ほどいたうち、三人を気絶させ、一人を今誘導している。戦意を完全に消失させるにはあともう一人ほど倒しておきたいところだ。


『私はルーク・エイカー。最強の超能力者。いかな魔術、いかな戦力を用いたところで』

「うおおおおおおおおおおおっ!!」

『私に勝利することは絶対に叶わ――――は?』


 ぽーん、こん、こん。

 魔術師の一人がやけくそで投げたグレネード。闇雲に投げられた手榴弾(パイナップル)は、予想よりも大きな弧を描いて飛び、並んでいた治安維持隊の車の屋根を乗り越え、


「――――」


 丁度、瓦礫を構えていたルークの側に落ちた。


「うヌォぉおおおおおおおおおおおおおお―――――――――――――――――ッッ!!??」


 ルークは車体の影から無敵ローリングよろしく前転付きで飛び出す。

 直後、閃光と爆発音が辺りを包んだ。


 だが流石は治安維持隊の強化車両。グレネードの爆圧程度では多少動いた程度でびくともせず、盾としてルークを守った。

 立ち上がったルークはびっ、と襲撃者たちを指さす。


「――何物騒なもん投げてんだよお前らぁぁあああッッ!! 殺す気か!?」

「「「……………………」」」


 しん、と痛いほどの沈黙が昼過ぎの倉庫裏に流れる。


「あ、あれ……? 蔦が消えてないか……?」「こっちもだ! 体を動かせる!」

「黒い泥もねえ!!」「分身も消えてるぞ!」


 惨劇のただ中にいたはずの犠牲者達が歓喜の声を上げる。

 一方、ルークエイカー(3ダース)に敗北しつつあった魔術師達はなぜか姿を消した軍勢と、突然車の後ろから現れてこちらを指さす、ただ一人のルーク・エイカーを呆然と眺めた。


「…………」

「…………じゃ、そういうことなんで」


 すっ、と片手を上げ、ルークは後ろ歩きで車両の方へ帰ってゆく。

 魔術師達は顔を見合わせ、


「撃てぇ――――ッッ!!!」

「うわぁああああッッ!!!」


 一斉掃射だった。

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