第二章 Boston_Tea_Party -3


 露藤ハルは遊んでいた。


 人の気配がなくなった住宅街の一角にある昼過ぎの公園。

 具体的な現在位置がどこかはさっぱり分からないが、恐らく西側の一区画だろうとハルはあたりを付けていた。


 校庭から謎の少女にワープ(?)で飛ばされ、謎の通信障害で通信デバイスも使用できず。仕方がないので、とりあえず一緒に砂場で遊ぶことにした。


 彼女の名前は『マリ』だという。

 名前を尋ねると無言で砂場に指で『Mari』と書いたので、以降そう呼んでいた。


「マリ……マリ、ね」


 シャベルを手に、ハルは知れず声を漏らした。名前を呼ばれたかと思って振り返った少女に、ハルは「なんでもない」と手を振った。


 どこかで聞いたことのあるような名前だった。

 いや、名前というか――この少女がマリである、ということにキーがあるような……。


「――っていうか、なんか凄いことになってない? 砂だよね、これ」

【…………】


 ぽんぽん、とバケツで積んだ砂を小さな手で叩くマリ。


 その彼女の目の前には、二メートルに達しようかという巨大な建造物が作られていた。

『すなのおしろ』を作っていたはずなのに、どうしてこうなったのか。


 しかも造形のレベルが尋常ではない。素材が砂と水な関係上、ある程度簡略化されているが、目を凝らすほど細かい意匠が見て取れ、なおかつ機能的な近代建築モダニズムの気配を感じさせるそれは、


「サグラダ、ファミリア……」


 建築家アントニ・ガウディ作。

 スペインはバルセロナに建つカトリックの長堂式協会バシリカ

 正式名称は聖家族贖罪協会といい、建設開始は19世紀末まで遡る。長年建造が難航していたが、半世紀ほど前に150年以上の時を経て完成されたスペインが誇る世界文化遺産である。


「ほんとに砂と水しか使ってないんだよね、これ……」


 無表情に砂を掘り進めるマリを見てハルは呟いた。

 目を離したタイミングで生コンクリートか粘土を導入したとしか思えない。もし20世紀のスペインに彼女がいたら、50年くらいは工期が縮まったのではあるまいか。


 やがてすっと少女は立ち上がり、手に着いた砂を払った。どうやら完成したらしい。


「おぉ~」


 ハルはぱちぱちと手を叩いた。

 ふんす、と心なしかマリも胸を張っているようである。


 ハルは彼女にサグラダファミリア(砂製)の隣に立つように手で指示し、端末を操作してカメラを起動する。是非ともこれは写真に収めなければ、と端末を構えたところで、


「……あれ?」


 デバイスの横に撮影モードで展開されたホログラムパネルを見て、ハルは眉を上げた。

 マリの姿が映っていない。移動したのかと思ってホログラムから視線を外してみると、ワンピースの少女は動かずきちんと立っている。


「――、――――」

【…………】


 無言で静止してしまったハルに、マリは僅かに首を傾げた。

 パシャリと旧式のシャッター音が端末から響く。ハルはカメラモードを終了してアルバムを開き、撮影した写真を確かめる。

 だが写っているのは見事な砂の城だけで、やはりそこにはマリの姿はない。


「どういうこと……?」


 ハルが写真を拡大しながら困惑した声を出す。


【――――】


 と、マリが白髪を翻して勢いよく首を回した。

 合わせて視線を追うと、彼女が見ているのは都心部の方向だった。程なくして遠くからサイレンのような音が僅かに響き始める。

 直後、爆発のような音と煙がビルの間から上がった。


「……!」


 ハルは反射的に身構える。

 地表から伝わるこの振動には覚えがある。

 明らかに事故や自然現象のそれではなく、軍事的な行動によるものだ。逡巡した後、ハルは立ち並ぶ高層ビルを見つめ続けるマリの元へと歩み寄る。

 身体をかがめ、声をかけながら砂にまみれた手を取った。


「悪いけど、ちょっとだけ移動するよ。ここは少し、危ないかもしれない」

【…………】


 声をかけるとマリはハルを見上げ、無表情のまま顔を前に戻した。

 特に抵抗する様子はないと判断したハルが歩き出すと、白髪少女もてくてくと歩を進め始める。公園を出る直前、彼女は立ち止まって振り返り、砂場の方に向けて人差し指を振った。


 砂上の楼閣は糸を切ったかのように崩れ落ちた。


「……、行くよ、マリ」


 ルークと合流しなくてはならない。

 内心にじわじわと沸き上がる不安を感じつつ、露藤ハルは歩みを再開した。





「隊長!! 連中、全く止まる気配がありません!!」

「本部に発砲許可を申請しろ!! シールドも役に立たん!!」

「し、しかし小隊長殿、相手はどう見ても……」

「構わん! 相手は明らかにこちらに向けて侵攻している!! 何より――アレを止めるにはどのみち大規模な兵装が必要だ!!」


 太陽が中天を過ぎた昼過ぎの大通り。

 多くの人で賑わっているはずの繁華街には今、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されていた。武装集団が遂に武力を以て侵攻を開始した――のではなく。


『いっくぜええええええええええええええ、もう一発だッッ!!』

「「「COOOOOOOOOOOOOOOOOL!!!!」」」


 巨大なメガホンからびりびりと鳴り響く号令に合わせ、白いコートに身を包んだ人影たちが呼応するように空に叫ぶ。地面に設置された大筒が晴天に向かって火を噴く。


 ひゅううぅうう、と気の抜けた音の後、爆音と共に巨大な花火がぱっと咲いた。

 COOOOOOOOL、と白コートたちが再び歓声を上げる。


 都内に出現した武装集団を撃退するべく本部に集結していた治安維持隊は今、突如として現れた謎の信仰集団、日光アケミ軍団NAAにその戦線を崩壊させられつつあった。


「夢でも見てるのか、俺……」


 暴動制圧用の電子銃を持った隊員の一人が、昼間の空に花開く火花を見て呆然と呟いた。

 彼らとて大都市を対象にしたテロの対策訓練は受けている。ましてここに居るのは本部直属のエリートばかりだ。

 だがしかし、目の前に繰り広げられている光景は彼らをして己の頭を疑わせるものだった。


 提灯を片手に凄まじい士気で進撃してくる白コートたち。

 何故か街のあちこちに現れてくる赤色に輝く巨大な鳥居。

 次々と和風の装飾に彩られてゆく商店街の建物。

 シュルレアリスムに傾倒した絵本か、或いは誇張された現代風刺画のようなありさまだった。


「――おい、しっかりしろ!! 前、来るぞ!!」


 口を半開きにしてぼうっと空中を見上げる隊員に、仲間が慌てて駆け寄り肩をゆする。はっと気が付いた隊員だったが、未だにどこか夢心地なようで目付きは泳いだままだった。


(くそっ、このままでは保たないぞ……ッッ!!)


 部隊に指示を送りながら、小隊長は唇を噛んだ。

 NAAと名乗る集団は別段、強力な火器で武装している訳ではない。むしろ釘バットや木刀、鉄パイプといった前時代の不良のようなふざけた装備である。


 テロとも呼べぬ、精々が暴徒といった者達への対処など本来ならテロ鎮圧用の装備でも過剰なほどだ。人数も装備も練度も当然上。だというのに彼らが押されているのは、


『も一回いくぜええええええええッ!! 我呼び起こすは失われしCOOL JAPAN!! 神秘とロマン溢れる文化よ、今ここにもう一度再臨したまえ!! JAPANにCOOLを!! 世界にCOOLを!!』


 白コートたちの後方中央でメガホンを構える半纏姿。赤い髪が燃えるように輝き始め、彼女の周囲に浮かぶ小型の鳥居たちが急速に回転を始める。


「く、来るぞっ!!」


 既に半壊状態の治安維持隊の面々が恐怖に顔を染める。


「畜生、さっきもこれが使われたんだ! みんな、重い武器は捨てて後方に退避しろ! 持っていても無駄だ、使!!」


 逃げ惑う治安維持隊に追い打ちをかけるように、日光アケミが雄叫びを上げる。


『『愛し懐かし我らが祭囃子AKEMICHAN CHO COOL』――――――――ッッッ!!』


 轟!! と不可視の波動が日光アケミを中心に広がる。

 効果は即座に現れた。治安維持隊から悲鳴が上がる。


「うわああ、俺の拳銃が扇子になってる!?」「最悪だ、装備が全部着物になっちまった!」

「装甲車が人力車になっています!!」「くそ、ライフルが和傘に……!」

「予備弾薬が旅行先の売店で売ってる『なんかカッコいいキーホルダー』になってやがる!」


 慌てふためく治安維持隊改め和装コスプレ集団にNAAが迫る。


『これがっ!! COOL!! だっ!!』

「「「COOL! COOL!! COOL!!!」」」


 拡声器越しに声を轟かせる日光アケミ。

 日本の最高戦力たる治安維持隊が、素人で構成されたよく分からない集団にボコボコにされてゆく。もはやそれは一方的な蹂躙だった。

 果たして、死屍累々が積み上がる大通りでNAAが快哉を上げる。


「「「COOOOOOOOOOOOOOL!!!!!」」」


 COOLは止まらない。


『まだまだぞ、君たち!! アケミたちのCOOLはこれからだあっ!!』


 日光アケミは大通りの先にそびえる建造物を指さし、メガホンに吠える。


!! この国の中枢、人々を非COOLに陥れる悪しき権力の元を絶ち! JAPANを真にCOOLな国にする足がかりとするのだっ!!』



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