第二章 Boston_Tea_Party -2



 治安維持隊本部はてんてこ舞いだった。


 東京全域への強力な電波妨害によって指揮系統は半壊、目下の武装勢力の動向も掴めずにいた。

 本部中で人員が慌ただしく駆け回っている中、とある司令官が隠された部屋で一人、秘匿通信を行っていた。


 彼は壁に展開された『SOUND ONLY』のホログラムパネルに噛みつく。


「――どういう事だ! なぜ引き渡しの場所に現れない! 定刻はとっくに過ぎているぞ!」

『現在、そちらの首都には正体不明の武装勢力が現れている。【素体】の取引は双方に万全の状態が望ましい。現状で確実な取引が行えるとは思えない』


「取引時間は本来正午に行われる手筈だった! 我々は二度も変更を受け入れた! そちらが遅らせている間に武装勢力が現れたのだぞ!!」

『武装勢力は日本の管轄であり、責任はそちらにある。我々は無関係だ』


 短い言葉を重ねる相手に対して、初老の司令官は目を細める。


「では、なぜ東京都全域にジャミング電波を出した」


 ぴたりと押し黙る気配があった。


「こちらが解析を全く進めてないとでも思ったのかね。電波の発信場所は貴艦から発生しているとの結論が先ほど出た。これは明らかな妨害行為だ。米軍の総意と捉えざるを得ないぞ」

『…………その発言は両国にとって望まない結果を生むことになりかねない。今回の取引は双方の協力関係強化のためのもののはずだ』

「我々としても是非そう願いたいものだ」


 吐き捨てるように返した司令官は、ふと気づいたようにマイクに向き直った。


「――今日の正午過ぎ、我が国の高校の校庭に隕石と思われる落下物が飛来した」

『…………』

「だが、ただの隕石ではないと現場からは報告されている。落下物の痕跡がまるでない、極めて特殊なケースに見えると」

『…………』


 相手は無言を貫いている。

 これか、と司令官は確信する。ほんの揺さぶりのつもりだったが、どうやら当たりらしい。


「確か、電波障害のタイミングは丁度その直後だったな」

『…………』

「隕石の落下に関して、そちらの【素体】に何かしらの影響があったのではないのかね? 少なくとも、我々との取引に不都合が生じ――」


 ぶつん、と秘匿通信が切断され、ホログラムパネルが強制終了する。

 司令官はしばらく立ったままの姿勢で固まった後、近くにあった椅子を引き寄せ、勢いよく腰を落とした。ぎぃ、と背もたれを軋ませ、司令官はため息を吐く。


 これで米軍に一定の借りは作れたように思う。

 しかし、だからと言って彼らがジャミング電波を解除することはないだろう。少なくとも彼らの状況が改善するまで続けるのは間違いない。

 司令官は隠し部屋に設置されたカウンターデスクを指先で叩く。


「ルーク・エイカー……」


 彼に会わなくては、と初老の司令官は思う。


 今回の取引の発端でもある彼と、一度協議する必要がある。何より武装勢力の問題を解決するにはもはや治安維持隊だけでは困難なものになりつつあるのが現状だ。


「……情けないものだな。国と人々の治安を守る我々が、その対象である学生に頼るなど」




「――なっさけねえなあ、オイ。もうちっと粘れよ。それでも世界の警察か?」


 火薬の匂いが充満する路地裏。

 漂う硝煙の中、愉快そうに嗤いながら御影カオリは死屍累々と転がる米兵たちを足蹴にする。弾痕だらけになった壁を背に、カオリは近くに積んであった資材に腰を下ろした。


「なあアンタもそう思うだろ? 


 カオリが虚空に向けて呼びかける。

 すると、彼女の対面の壁にじわりと赤い液体が浮かび始める。血液のように見えるそれは、するすると壁をのたうち、文字を描いてゆく。


『そう言ってやるな、御影カオリ。彼らとて、とばっちりも良い所だろう。任務中に突然、異端の傭兵に鉢合わせたのだから』

「しかし連中、なんでこんな市街地をコソコソと移動してやがる。『本』の取引を行う人員には見えなかった。こいつらだけじゃねえ。他の場所でもチラっと見かけたぜ」

『ふむ――』


 文字を描く血液は、指揮者の思考を反映したように動きを止めた。


(古くせえ魔術だな……)


 カオリは蛇のように壁に張り付いている液体を眺めながらぼんやりと思った。通信機が使えない現状では仕方がないが、それにしたってもう少しなかったのだろうか。


(十五世紀か、十六世紀くらいの術式か……? 詳しくは知らねえが)


 と、血液が動きを再開した。


『順当に考えれば、米軍と極東との取引に何かしらの支障が出ていると考えるのが自然だ。強力なジャミング電波、そして『何か』の捜索に小隊を複数導入している』

「『本』との取引材料を探してる、ってコトか? なんぞ強力な合成獣キメラでも取引材料に持ってきて、逃げられたとでも? ンな間抜けな話あるか、オイ」

『まあ現段階では判断できない。とはいえ、場合によっては彼らも我々の脅威と成り得るだろう。積極的に調査する必要はないが、目にしたら報告してくれたまえ』


 りょーかい、と返事するカオリ。


「そういや、例の生徒会長サンの方はどうなった」

『ああ。丁度さっき、罠にかかったとの報告があった』

「そうかい。んじゃ、俺が向かえば良いんだな?」


 そう言って立ち上がるカオリ。

 彼女は顔にかかった長髪を払い、外壁に切り取られた空を見上げ――そして一気に跳躍した。


 一度地面を蹴っただけで少女の身体は十メートル近い高さまで到達する。オフィスビルの屋上に着地したカオリはもう一度ジャンプして給水タンクの上に立ち、眼下の街並みを見渡した。

 ずる、と屋上の床に赤色の文字が浮かび上がる。


『念を押すが、最優先は『本』の確保だ。ルーク・エイカーとの戦闘は極力避けた方が良い。なにせ相手は極東最強の超能力者だ。どんな能力を持っているかも分からない以上、正面切って戦うのは賢い選択ではない』


 カオリは文字列を横目で見てにやりと笑う。


「機嫌良さそうじゃねえか。そんなに気に入ったのか、ルーク・エイカーを」

『何、少しばかり懐かしい気分になっただけだ。かつての光景を、かつてのこの国を思い出してな。私の少ない血も滾るというものだ』


 そうかよ、とカオリは短く返す。続けても面倒なことにしかならなそうだった。

 老人の昔話は付き合うだけ損である。


「ところで、第一高校に変なモンが落ちたようだが、ありゃなんだ」

『知らん』

「……もう少しないのか、オイ」


『ないものはない。だが――ひょっとすると、アレこそが米軍に関わるものの可能性はある。しかし我々の艦でも詳しい観測が出来なかった以上、言えることは少ない』

「分かったよ。じゃ、予定通り俺はルーク・エイカーの元へ向かう」

『了解した。状況が動いたらまた声をかけてくれ』


 血文字はそこまで描いたところで、砂にしみ込む水のように屋上の床に消えていった。


「……さて」


 御影カオリは顔を上げて極東の街並みに目を戻す。


(不思議なモンだな)


 ふと思う。

 異端の自分を迫害し、裏社会を歩み、最後には飛び出した国。異端の傭兵として世界を飛び回り、そして自分は今、かつての故郷に害を為さんとする魔術師達に協力している。

 思ったより感慨も湧かず、しかし。


「……ま、なるようになるだろ」


 少女は行くべき場所への最短ルートを定め、戦乱渦巻く都市へと飛び降りていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る