第二章 Boston_Tea_Party
第二章 Boston_Tea_Party -1
第二章 Boston_Tea_Party
高速道路は二分されていた。
一方は都外へ脱出するもの。
一方は都心へ向かうもの。
前者はクラクションと車列で埋め尽くされ、後者は年期の入ったゴミが都市風に煽られている。そんな対象的な高速道路の後者、つまり都内へと向かう道路上を一つの車が疾走していた。
流線形のフォルムをした銀色の車体。
治安維持隊が擁する最新型の自動操縦車である。
「……繋がりませんね」
「やはりそうですか」
助手席に座っている少年の呟きに対し、運転席に座る男が応える。
少年の持つ通信端末には『
「――こちらもダメのようです。地図は内蔵式なので本部まで行くには困りませんが、とにかく通信網が全て死んでいます。治安維持隊の通信はかなり広範囲に対応していますから、それも通じないとなると……」
「都内全体に強力なジャミングが発生している、ってことですか」
少年――ルーク・エイカーは肩の認識票(ドッグタグ)に『佐崎』と記された男に尋ねる。
佐崎は「おそらく」と答え、手持ち無沙汰ぎみにハンドルを握っている。
ルークもまた通信端末を仕舞い、息を吐いてシートに身を沈めた。
『
もはや国家の危機と言って差し支えない状況だった。
(どうしてだ)
しかし、ルークが考えていたのは別のことだった。
(どうして彼らは『本』を求める……?)
ルークは顎に手を当てて思考する。
そもそも、今日という日は最初からおかしい。入学式で暗殺されかかり、校庭には隕石が落ち、都心には武装集団が現れ、その集団は自分の持つ『本』が標的であるという。
(本当、意味分かんないな……どうしてこうなったんだよ)
ルークはフロントガラスの向こうに映る都市の遠景を見つめながら考える。
入学式の暗殺。あれは恐らく突発のものだろう、とルークは当たりを付ける。
少なくとも治安維持隊の通信網に割って入れるほどの技術を持った連中がすることではない。
では、隕石と彼らの関係性はどうだろう。
これも関連性は薄いように思える。あれほどの規模の破壊を人の手で行えるなら、わざわざ武装勢力を都心に展開する理由が分からない。
まして、こんなジャミングを仕掛ける必要もない。
薔薇十字軍の男は言っていた。
もう少し喋りたかったが、そうもいかないようだ、と。
つまり最後の通信切断は彼らによる回線の遮断ではなく、この大規模な通信妨害によるもの。今この国で彼ら以外にそのようなことをする能力がある者達は――――
(……まさか)
ルークは脳内でなるべく考えないようにしていた領域に指を伸ばす。
(
そう考えれば、この都市レベルでの電波障害にも納得がいく。
何せ本職だ。
彼らが今どれくらいの戦力を引っ張ってきているのかは知らないが、これくらいのことが出来ても全く不思議ではない。
だがしかし、そうだとしても動機が不明だ。
彼らとて武装勢力が都内に現れたことは知っているだろう。
だというのに、都市機能を麻痺させるような電波妨害を行ったのは一体何故か。通信の口ぶりでは米軍と彼らが協力している気配はみられなかった。
(なんにせよ、まずは本部に行って治安維持隊と……)
と、そこまで思考したところで、ルークは窓の外の景色がおかしいことに気づいた。
「……佐崎さん。ここはどこですか? 本部の方向とは違う気がしますけど」
ルークは窓ガラスに顔を近づけ、隣に座る警備隊長に尋ねる。
自動操縦車はいつの間にか高速を降りており、寂れた工場区画の方に向かう公道を走っていた。ルークの記憶ではこんな道は通らない。
やがて銀色の車体は市街地を突っ切り、土木系企業の倉庫と思しき建物の裏側へと来たところで停止した。
「佐崎さ、」
運転席を振り返り、そして。
目の前に向けられた銃口に、言葉を止めた。
「――――」
問答無用。
余計な動作は一つもなかった。
引き金引かれた瞬間、辺りに乾いた破裂音が響き渡った。
「――――ッッ!!??」
但し、それは火薬によるものではなかった。
「な……、銃がッ!?」
クラッカー音と煙が発生し、引き金を引く直前の拳銃が一匹のカラスに変化する。反射的に手放した途端、カラスは爆発して車内に羽根がまき散らした。
「く……ッ」
『どーも』
佐崎は目を剥く。
気づいた時にはもう遅かった。
羽根まみれの助手席は既に空白だった。声のした方を急いで振り返ってみれば、運転席側の窓の外にはいつの間にか笑顔のルークが手を振っており、今にも立ち去ろうとしている。
「く……ッ」
慌てて佐崎は外に出ようとドアノブを掴み、そして扉がぴくりとも動かないことに気がついた。確かにロックは外れている。だというのに、取っ手をいくら揺すってもドアは固いまま鎮座している。
「な、なぜだ! なぜ開かな――がッ!?」
直後、後頭部に強い衝撃が走り、ドアの窓ガラスに額から激突した佐崎はそのまま意識を失った。ドアにへばりついた男はずるずると壁を滑り、やがて動かなくなった。
しん、と車内に静寂が戻る。佐崎が銃口を向けてからものの数秒の出来事だった。
「ふ、ふぅううぅ――……」
「マ、マジで危なかった……もう、何なんだよ……」
正直、タイミング次第では普通に死んでいた。
カラスの幻覚でとっさに手を離してくれたから良かったものの、勢いで引き金を引かれてそのままデッドエンドという可能性もあったのだから。だが拳銃という鈍器を手に入れたお陰で事が簡単に済んだ。
あとは自分の姿を消し、外に幻覚を出現させて相手を外に向かせれば良い。
「ハルの言い分も否定できないな」
最強の超能力者ルーク・エイカーはその実、銃弾一つで死んでしまう存在なのだから。
ふう、と息を吐いたルークは横で伸びている佐崎に目をやった。
(……治安維持隊の回線が割り込まれる時点で疑うべきだったな)
治安維持隊は腐っても日本で最もセキュリティの堅い機関だ。世界レベルの電子防壁をそう易々とクラッキングできるなら、もっと致命的なアクションが出来る。
百歩譲って可能だったとしても、都内の全部隊に向けて何十本もあったであろう緊急回線の内から、ルークが側にいる部隊のものをピンポイントで探し当てるなど不可能に等しい。
第一高校の警備に当たっている部隊がどこかなど、内部情報でしかないのだから。
ルークは目を瞑ってシートに寄りかかる。この一瞬でどっと疲れた気分だった。
一息つきたい所だったが、状況は休息を許してはくれないようだった。
電動エンジンとブレーキの音。装備や武装がガチャガチャと騒音を立てる気配が車を取り囲む。目を開けると、ライフルを構えた治安維持隊員が八方から銃口を向けている。
「普通に生きたい人生だった……」
そうでなくとも、暗殺など一日一回で十分だった。
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