第一章 empty_jewel box -3
『――
声が、響いた。
一瞬、本部の司令官の声かと思ったルークは即座にその可能性を否定する。口調も声も態度も、自分が知る治安維持隊本部の司令官とは何もかもが違う。
顔を上げたルークは異常に気が付いた。
「ルークさん!」
切羽詰まった声で佐崎が叫ぶ。
彼の右腕に展開されているパネルに異常が起きていた。半透明のウィンドウは所々にブロックノイズが走っており、通信にはバチバチと不快な異音が混じっている。
(クラッキングか――!)
ルークは内心で驚愕する。
通常回線ならともかく、これは治安維持隊本部との特殊回線だ。
一般のそれとは比べ物にならないほど強固な通信に対して、相手は易々と割り込んできている。
絶句したルークをよそに、声は続ける。
『危機的状況において最悪を即座に予想し、優先順位を選択する判断力は流石だ。我々もその有能さに是非とも報いたいところなのだがね。残念ながらこちらにも色々と事情があるのだ』
質の悪い通信越しでもよく通る低いハスキーボイス。歳のほど、五十代後半ほどの男性だろうか。それは老獪な雰囲気でありながら、どこか力強さを残した声だった。
「――、――」
佐崎が何かを言おうとしたのを、ルークが右手を上げて制する。
発言からして、この声はほぼ間違いなく件の武装集団のものだろう。しかも、口ぶりから察するに指揮官クラスの人間だ。
緊急通信が行われたのは一分前。
武装集団が確認されて間もないはずだ。治安維持隊もほとんど情報を掴んでいない状態だろう。そんな情報的優位にあって、わざわざ敵の首魁自ら声をかけてきた、ということは。
『我々の名は、
堂々たる口調で、男は名乗った。
同時にルークは確信する。
これは、宣戦布告だ。ルークの額に汗が伝う。
(こいつら……!)
都内に現れた武装勢力が宣戦布告をしてきた。
それはいい。ある意味当然なことだ。彼らは外から攻めてきたのではない。既に国内に現れ、武器を携えている。するならむしろ遅すぎると言える。
だが、
(
内閣府でも治安維持隊でもなく、たかが超能力者育成高校の生徒会長である自分に、わざわざ通信をクラックしてまで行ってきた。
つまり彼らはルークに対して用があった。
誰と交渉するよりも真っ先に、ルーク・エイカーへの宣言を優先したのだ。
「……その名前、英国の魔術師かな」
ルークは平静を装いつつ、落ち着いた口調で相手に尋ねる。
こちらの内心を知ってか否か、相手はどこか愉快そうに返答してくる。
『その通りだ、生徒会長殿。我々は魔術師を中心に構成された特別武装隊。
知らない方が珍しいだろう、と思わず言いそうになるルーク。しかし下手を打って弱みを見せる訳にもいかない。無駄な会話は避けるべきだ。
『単刀直入に言おう。我らの目的は、とある書物の奪還にある』
「――――」
「書物……?」
佐崎が訝し気に眉を顰める。
無理もない。
他国の首都に攻め入り、武装集団として展開して宣戦布告を行い、それほどまでして手に入れようというのが一冊の本ではまるで帳尻が合わない。
密かに国立国会図書館にでも盗みに入った方がどう考えても早い。
『君ほどの人物なら知っているだろう、ルーク・エイカー。かつて英国が保有し、とある時期を境に消失したとある魔導書だ』
「……、魔導書。何のことかな」
黙っていてもメリットはない。
心臓が早鐘を打っているのを自覚しながら、ルークは培ってきた演技力を総動員し、極めて冷静に訊き返した。
「意味がわからない。君たちの本当の目的は何だ?」
『――君には是非とも我々に、その書物の提供に協力して貰いたい』
茶番には付き合わないとばかりに無視されるルーク。至極当然だ。これはあくまで宣戦布告であり、彼らは仲良く会話をしに来たのではないのだから。
(とぼけても無駄、か。時間稼ぎは見透かされている。……ああもう、柄じゃないんだけどな)
ならば、とルークは再び口を開く。
「そちらの言う本とやらについて、私は全く知らない。しかし、
『……』
こちらも宣戦布告を返すまで、と。
生徒会長、ルーク・エイカーは超能力者の頂点として、堂々とした口調で言葉を放つ。
「いかなる存在であろうと、私たちはその存在を許しはしない。あらゆる力、あらゆる方法を用いて、私たちは抵抗を示す」
凛とした声が場に響く。
「ここは極東日本、超能力者の国。お前たちのような魔術師に、居場所は無いと思え」
断固たる宣言。しん、とその場が静まり返る。
『く……』
一拍置いて、笑い声が響いた。
『くくく、……くっはっはっはっは!!』
心底愉快そうな哄笑が辺りに反響する。相手はひとしきり笑った後、
『――そうだ。
「……」
『それでは失礼するよ、生徒会長殿。もう少し楽しくお喋りしたいところだったが、生憎とそうもいかないようなのでね』
ばづんっ!! という音と共に通信が遮断される。
残るのは沈黙と、パネル一面の砂嵐のみだった。
「……ルークさん」
佐崎が静かに名を呼んだ。
ルークは目を瞑り、開いた。彼は佐崎に向き直り、決意に満ちた瞳を向ける。
「治安維持隊本部に向かいます。状況を確認しなくては」
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