interlude
都心は喧騒に包まれていた。
それは多忙と繁栄に満ちた賑やかさではなく、恐怖と不安が支配する禍乱に他ならなかった。
駅では大勢の人々が詰めかけ、その大半が通信端末を手にどこかへ連絡を取ろうとしており、高速道路では許容範囲を超えて埋め尽くした車両があちこちでクラクションを鳴らしていた。
まだ治安維持隊の正式発表はなくとも、この国民総メディア社会において情報をせき止めるなど不可能に等しい。武装集団の出現で既に都心は大混乱になっていた。
だがそんな中、多くの人の流れの隙間を縫うように移動する影があった。
路地裏を素早く、足音無く動く者達。
迷彩柄で身を固め、ヘルメットとゴーグルをかけた十数人の彼らは、日本という平和国家にあるまじき武装の数々を背負っていた。
「全体、止まれ。これより本部との通信を開始する」
比較的広めの場所に着いたところで部隊のリーダーと思しき者が部下達に命令を下した。彼は部下の一人が差し出した通信機を受け取り、口元へ近づける。
「こちらデルタリーダー。デルタ隊は所定の位置に到着した。オーバー」
『こちら本部。了解した。レーダーで時空穿孔を確認。推定出現座標を送信する。オーバー』
「了解。民家人がいた場合はどうする?」
『【素体】は我が国の重要な財産だ。幸い、この混乱でもみ消せる。多少の犠牲は許容する。あらゆる手段を用いて奪還せよ』
「……、了解。治安維持隊との取引は……」
「――なにをコソコソと隠れて動き回ってんだ、えぇ? 軍用犬(ウォードッグ)さんたちよ」
声が路地裏に響き渡った。
部隊員が素早く銃を構えて四方に向けるが、誰も見当たらない。やがて一人が上を見上げて「上だ!」と叫んだ。追随して全員が一斉に銃口を空に向ける。
路地裏を構成する建物の一つ。
背の低い二階建ての商業ビルの屋上に、その少女はいた。錆びた柵に腰かけた彼女は、眼下の迷彩服たちを小馬鹿にしたように唇を歪ませている。
「――遅えよ、馬鹿ども。犬の癖に鼻が利かねえのか、オイ」
風になびく、癖の少ない黒の長髪。
着崩した制服の上に羽織ったパーカー。
溢れんばかりの力を滲ませる鳶色の瞳。
「御影、カオリ……!」
部隊の誰かが思わずといった風に呟いた。その声を聞き、少女――御影カオリは笑みを深いものにする。部隊長が通信機を握りながら頭上に呼びかけた。
「異端の傭兵が一体何の用だ! 誰に雇われてここに居る!」
「誰にでも良いし、俺がどこに居たって関係ねえだろ」
だけどよ、と柵の上で器用に片膝を立てたカオリは、すっと目を細める。
「――お前らがここに居るのはなんでだろうなあ、アメリカの兵隊さんよ。アンクル・サムを主張するのに迷彩服は似合わないぜ。星のシルクハットでもかぶったらどうだ、オイ」
「……我々の調査の邪魔をする気か」
「どう考えても違法調査だろ。ま、俺には関係ねえし見逃してやらねえこともねえが……もののついでだ、代わりに一つ訊きてえことがある。なに、ちょっとした探し物だ」
御影カオリは柵の上で立ち上がり、腰に手を当てる。
「俺は今、とある本を探している。古くて貴重な魔導書さ。もしかしたらその辺で見かけてねえかと思ってよ。何か知ってたら――」
ぱん、と乾いた破裂音が路地裏に響いた。部隊の一人が発砲した音だった。
「なっ……」
無言で合図を送った部隊長は頭上の光景に狼狽する。
「――教えて欲しいと思ってたんだが」
ぎゃぎぎぎぎぎぎぎぎ、と。
放たれたはずのライフル弾はカオリに当たる直前で、異音を放ちながら静止していた。
カオリが止まった弾丸を指でぴんと弾くと、弾丸はあり得ない勢いでどこかへと飛んで行った。余裕を湛えた表情でカオリは兵士たちを見下ろす。
「どうやら無理らしい」
「う、撃てッ!!」
部隊長の指示と共に十丁以上のライフルが一斉に火を噴いた。幾重もの弾丸の雨が迫る中、御影カオリはにやりと嗤う。呼応するように風が吹き、長い黒髪が蠢き始める。
「――戦闘開始」
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