第二章 Boston_Tea_Party -7


 治安維持隊本部は悪夢に包まれていた。


『『『COOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOLッッッ!!!』』』


 ズンッッッ……! 

 本部ビル全体を揺るがす振動に、忙しく駆け回る隊員たちは不安げに天井を見上げた。最上階の司令室で指揮を執る古参の司令官は卓上で揺れるコーヒーの液面に顔を強張らせていた。


『第四隔壁、並びに第五区画が破られました!!』『司令官、例の集団が第三階層を突破しまし、うわああああああああッッ』『司令! ご指示を!! ひっ、来た、来たぞッ!!』

「……、……!!」


 鳴りやまぬ警報。

 展開される度に絶望的な現場状況を伝えては次々とノイズに消えてゆくホログラムパネルの数々。

 大通りに展開させた歴戦の部隊は全て返り討ちに遭い、治安維持隊は遂にその戦線を本部まで後退し、籠城戦を強いられていた。


「なぜ、なぜこうなったのだ……!」


 初老の司令官は握った拳をわなわなと震わせる。


「我々は都内に現れた武装勢力から首都を、人々を守るために集結したのだ! 彼奴等の凶弾を胸に受け、それでもなお国を護るために立ち上がったのだ!! 日光アケミ軍団などという意味不明な集団を相手するために武器を取ったのでは――ッ!?」


 明らかに近くで起こった大きな揺れに、職員や隊員たちはたたらを踏む。

 机にしがみついてバランスを取った司令官は倒れたコーヒーカップに悪態を吐き、通信担当の隊員に怒鳴る。


「――何が起きた! 現場報告は!!」

「だ、第六、及び第七隔壁を突破されました……連中が、間もなくここに到着します……!!」

「く……ッ」


 かつてない状況、かつてない危機に司令官は怒りを抑えるかのように俯き、歯を食いしばる。やがて彼は憎々し気に顔を上げ、自分の指示を待っているその場の全人員に向き直る。


「総員、戦闘準備! あるだけの武器を武装しろ! もはや退路もない、ここで迎え撃つ!! 資材や機器に構うな!! 能力者もそうでないものも、全力で以て奴らの撃退にあたれ!」


 握った拳を机に振り下ろす。


「相手はNAAと名乗るふざけた自称アーティスト集団! つまり構成員は民間人!! だがしかし制圧に当たって相手の生死は問わん! 責任は私が取る! 実弾の発砲も許可する! あらゆる方法を使って彼らを撃滅しろ!!」


 生死問わず、という言葉に隊員たちの顔がさっと強張る。

 だが同時に、最早手段を選んではいられない状況であることも彼らは悟っていた。


「我々が本来相対すべき相手は都内の武装集団だ! ここで我らが落ちれば、奴らが無傷で野放しとなる! なんとしてでもNAAを、」


 撃退せよ、と命令しようとした、その直前で。


「HEY!! ARE! YOU! COOOOOOOOOOOOOOOL!!??」


 司令室の正面扉、つまり、最後の防壁が爆発によって吹き飛んだ。同時に強力な衝撃波のようなものが扉の向こうから発せられ、司令室にいた隊員たちを諸共になぎ倒した。

 床に這いつくばった司令官は頭を押さえながら起き上がり、


「な――ッッ!?」


 身に着けた治安維持隊の装備が、ファンシーな柄の和服へと変化していることに気づいた。



「こ、これは……!!」


 それだけではない。

 コーヒーカップは湯呑に、リノリウムの床はあちこちが畳に、カーボンのデスクは木製のちゃぶ台へと変化している。それは他の治安維持隊員も同様のようで、司令室中のあちこちで悲鳴が上がっていた。


「うわぁあああ、なんで浴衣なんて着てるんだ!」「私の髪が舞妓になってる!?」

「靴が下駄に、歩けない!!」「推しのストラップが歌舞伎モノに、ああ……」

「く、構えろ! なんとしてもここで――」


 腰から拳銃を抜いた治安維持隊員は、自分が持っている物がけん玉であることに気づく。

 周囲を見回してみれば、どこもかしこもそんな状況だった。


 隣では隊員がライフルが和傘に代わったのに気づかないまま構えており、向こうでは電子警棒のつもりなのか、右手に煙管を握っていた。


「あ、ああ……」


 ざん、と。

 絶望に拍車をかけるように、破壊された扉の向こうから人影が歩み出た。

 後ろに幾人もの白コートたちを従える、サイズの合っていない和装に身を包んだ背の低い女。


 ともすれば少女とすら呼べそうな彼女は、近くのデスク(ちゃぶ台)へと飛び乗り、眼下の治安維持隊員たちへ向けて両腕を広げてみせた。


「――この国には、『カッコよさCOOL』が足りない」


 日光アケミは演説を始めた。


「かつてあった栄光。西欧が黄金の国ジパングと呼び、追い求めた理想郷としての輝き」


 和装にさせられた治安維持隊員は揃って困惑した。

 突然何を言い出しているのだ、コイツは。


「NINJA、SAMURAI、KATANA……外国で神秘を交えて語られ、羨望されていた素晴らしき文化の数々。本来は時代を超え、世代を超えてもなお色を失わぬはずであった、麗しきCOOL・JAPAN……」


 アケミが額を押さえるオーバーリアクションで悲しそうに首を振ると、背後に控える白コートの軍勢もまた「Oh……」と悲嘆の声と共に俯き、溜息を吐いた。


 治安維持隊員は皆揃って口を半開きにして硬直していた。

 きっ、とアケミは視線を鋭く、顔を上げる。


「それはなぜか!! 我らが背負うべき日の丸はなにゆえに消え去ったのか!!」


 半纏を翻し、日光アケミは下駄を鳴らす。


「日本政府! すなわち霞が関!! それこそが諸悪にして絶対の根源に他ならず!! このJAPANからCOOLを失わせた張本人ッ!!」


 ゆえに、


「アケミたちは取り戻す! 遠く語られてきた偉大なるCOOLJAPANを!! 百花繚乱COOLが街を彩り、花鳥風月COOLが吹き乱れ、千紫万紅COOLが空を舞う、素晴らしき文化を――魂を!!」


 日光アケミは広げた両腕をすっと被害者たちに差し伸べるように前に向ける。


「……判るだろう、治安維持隊諸君。君たちも――本当はCOOLを求めているんだ……」


「「「んな訳あるかぁ――――ッッッ!!!」」」


 ほぼ全員が声を揃えて吠えた。

 絶望していたはずの彼らの目には、再び炎が宿っていた。

 図らずとも日光アケミの演説によって、治安維持隊の心は戦意を取り戻したのだ。即ち、


「全員立ち上がれ!! ここで奴らを絶対に潰すぞ!!」

「武器なんているか! 素手でやるぞ!!」「推しのグッズをよくも……!!」


 こんな奴らにここを落とされてたまるか、と。


 日光アケミは次々と立ち上がる治安維持隊たちに困惑したように身を引いた。


「え、あれ……なんで……?」


 ことここに至って反抗してくる理由がアケミには分からなかった。冴えない装備も持ち物も全てCOOLにしてあげて、更にはCOOLで感動的な演説までしたというのに。


「総員、戦闘準備!!」


 司令官が声を張り上げる。


「近くに居る者と最低五人で方陣を組め! 非戦闘員は防御に徹しろ! 傘でもテーブルでも扇子でも良い、手に取れるものはなんでも利用して武装しろ!!」

「「「了解!!!」」」


 即座に行動を開始する治安維持隊たち。

 ここが分水嶺。

 まさしく国家の明暗を分かつ運命の分岐点である。


「仕方ない……残念だけど、アケミ達の前に、COOLの前に立ちはだかるものは打倒さなければならないっ!! NAA日光アケミ軍団、構え!!」


 日光アケミが腕を前に振りかざす。治安維持隊が雄叫びを上げる。


「「「――うおおおおおおおおおおおおおッ!!!」」」

「その身にもう一度COOLを味わうといい! 『愛し懐かしAKEMICHAN我らがCHO祭囃子COOL』――――ッ!!」  



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